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「毒親」介護に見切りをつけた60代女性 「距離を置くのは、意外に簡単だった」#令和の子#令和の親

太田差惠子介護・暮らしジャーナリスト
イメージ画像(写真:イメージマート)

「還暦」「古希」を迎えても

 おとなになっても親との関係に悩む子は少なくありません。しかも、長寿となり、子といっても「還暦」(60歳)どころか、「古希」(70歳)を迎えた人もいます。そんな人たちから、「親よりも長生きしたい」という切実な声を聞くことがあります。2022年9月1日時点の100歳以上の高齢者の数は9万526人。1963年にはわずか153人だったのが、右肩上がりに増え続けています。

 それは、「看取ってあげたい」という優しさからではなく、「親から解放されたい」という叫びにも似た声です。親は歳を重ねても、丸くなるどころか、元々の個性が強調され……。いくつになっても、子供の頃からの親子関係は維持されたまま。「60代、70代になってまで、親の顔色を伺いながら『子』を演じ続けるのは辛い」と思うのは、当然といえるかもしれません。

 筆者がyahooニュースで書いた「『そりの合わない母親』の介護に見切りをつけてもいい? 頑張ることに疲れた」(2022,6,5)を読んだ女性ノブヨさん(60代・仮名)と話す機会がありました。

 親子関係の良好な方から見れば、冷たい内容の記事に見えたかもしれませんが、受け取り方は人それぞれ。ノブヨさんは「勇気づけられた」と言っていました。

 ノブヨさんの母親は実家で1人暮らしです。90代ですが、身のまわりのことは自分でできます。子供のころから、母親との関係は重苦しいものでした。「母親のことを好きではない、とはっきり認識したのは、50代になってからでした。”毒親“という言葉を耳にするようになり、本を読み、これだ、と頭にかかっていた雲が晴れたような気持ちになりました」と話します。

「毒親」とは

「毒親」という言葉は、アメリカのセラピストであるスーザン・フォワードが1989年に出版した書籍で登場しました。学術的な言葉ではありませんが、日本でも翻訳・出版され、広く知られるようになりました。『毒になる親 一生苦しむ子供』 (講談社+α文庫)の紹介文には、下のように書かれています。

●子供が従わないと罰を与え続ける「神様」のような親

●「あなたのため」と言いながら子供を支配する親

●おとなの役を子供に押しつける無責任な親

●脈絡のない怒りを爆発させるアル中の親

「毒になる親」に傷つけられた子供の心は、歳を重ねても癒されない。

良好な親子関係の人には理解されない

 歳を重ねても癒されない―。その通りなのかもしれません。ノブヨさんも古希が近づいてなお、「子」であり、母親との関係に苦しみを抱えていました。

「子供の幸せを考えない親はいない」「年老いた親のことは大切にしなければいけない」などの社会通念に縛られ、がんじがらめになっている人もいるでしょう。

 年齢を重ねるに従い、同世代の友人・知人の親はじょじょに亡くなり……。親を亡くした人からは、「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉を突き付けられ、親に対して優しくすることを促されることがあります。悪気のない(善意の)忠告なのだと思いますが、言われた方は、親を嫌う自身に罪悪感がわき、また苦しむことに。

「同居してあげなさい」などと言われ、落ち込んでいる人もいます。

 子もシニアと呼ばれる年齢になると、焦りを感じることがあるようです。「親が100歳超生きたら、もしかすると自分が先に亡くなるかもしれない」と……。ノブヨさんは、「あの親の生きていない世界で生きてみたい」と言います。「きっと、母親が亡くなってはじめて、私は解放されるのだと思います」とも。ノブヨさんの母親は、「あなたのため」と言いながら干渉、支配するタイプだそうです。

 しかし、ノブヨさんは、最近、考え方を変えました。「母が亡くなるのを待つのではなく、自ら自由になろうと思ったのです」と話します。

「母親と私はそりがあわない」と認めたうえで、母親が世話になっている地域包括支援センターに電話。「実家に行くと体調が崩れるので、通いをやめる」と宣言したのです。叱られることを覚悟していましたが、拍子抜けするほどあっさり「わかりました」と言ってもらえました。ただ、「何か変化があったら連絡するので、対応できる範囲で対応してほしい」と頼まれたそうです。

自分自身を追いつめない

 実家を出てから数十年、ノブヨさんは、「次は、いつ実家に行こう」と予定を考えるのが習慣となっていました。頭から母親のことが消えることはなかったと言います。行ったら行ったで、ずっと母親の機嫌が崩れないよう、気を遣い続けます。

「帰省しない」宣言をしてからは、実家のことを考えなくてよくなりました。「半分くらい、解放された気分」とノブヨさんは微笑みます。

 知人から母親のことを聞かれると、以前は深刻な表情で「1人暮らしだから、心配で、頻繁に帰省している」と言っていました。親のことを放置しているわけではない、と世間に向かって「良い娘」を演じていたのかもしれません。ノブヨさんがそう言うから、相手は「心配ね、同居してあげたら?」と言ったのではないでしょうか。

 最近は、「90歳を過ぎているけど元気なの。好きに楽しく暮らしているわ」と言い方を変えました。すると、相手から同居を勧められることはなくなりました。

「案外、自分で自分を追いつめていたような気がします。もう母からの電話にも出ません」とノブヨさん。

 さすがに90歳を超えた母親は、電話がつながらないからと、電車に乗ってノブヨさん宅までやってくることはないそうです。

自分の人生を大切に生きるために

 親子関係は100組いれば100通り。ノブヨさんのケースが、誰もに当てはまるものではないでしょう。「そんなに簡単ではない」と言いたい人もいるかもしれません。

 それでも、親との関係性に苦しんでいる場合、「やさしい子でなくても良い」と意識的に向き合い方を変えてみるのは悪くない選択だと思います。親の人生と子の人生は別物です。曇り空の隙間から、少しずつでも光が差し込んでくるかもしれません。

介護・暮らしジャーナリスト

京都市生まれ。1993年頃より老親介護の現場を取材。「遠距離介護」「高齢者住宅」「仕事と介護の両立」などの情報を発信。AFP(日本FP協会)の資格も持ち「介護とお金」にも詳しい。一方、1996年遠距離介護の情報交換場、NPO法人パオッコを立ち上げて子世代支援(~2023)。著書に『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第3版』『高齢者施設 お金・選び方・入居の流れがわかる本 第2版』(以上翔泳社)『遠距離介護で自滅しない選択』(日本経済新聞出版)『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』(共著,KADOKAWA)など。

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