実家で暮らす親が弱ってくると、子は焦ります。どうやって看ればいいんだろうと。特に、コロナのような状況だと、帰省することもままならない。とはいえ、子には子の生活があるので、簡単にUターン介護などできません

 なかには、「うちの親は言葉にしないけれど、内心、僕のこと(私のこと)を『親不孝』と思っているだろうな……」と申し訳なさそうに話す人もいます。

独立したことは親の喜びだったはず

 筆者はこのテーマを30年近く追っています(1996年には遠距離介護を支援するNPO法人パオッコを設立しました)。が、昔も今も変わらず、子からもれてくる「親を放置しているようで心苦しい」という声……。

 けれども、子が実家から独立した当時(進学、就職、結婚など)、親は目を細めて誇らしく送り出したのではないでしょうか。そして、別に暮らすようになって数十年が経過。親子といっても、価値観や生活スタイルは違っています。親が老いたからといって同居することが互いの幸せにつながるのでしょうか。

「同居」=「親孝行」「別居」=「親不孝」という考え方は、刷り込まれたイメージでしかありません。これまで通りの生活を維持したほうが“お互いの幸せ”という考え方もあると思います。

毎週のように往復3時間はツライ

 マチコさん(60代・東京)の両親は隣県で暮らしています。2人とも、もうすぐ90歳です。「実家まで1時間30分の距離。往復で3時間ですよ。けれども、両親は、私が隣に住んでいると思っているんです」とマチコさんは怒ります。

 両親は身のまわりのことはできるのですが、しょっちゅう「電球が切れた」「衣替えをしなければ」「腰が痛い」と電話をかけてくるそうです。結局、マチコさんは毎週のように実家に通っています。ときには、仕事が終わってから行くことも……。

 ある日、ついにマチコさんは両親に向かって叫ぶように言いました。「ムリ、行けない。頻繁に呼びつけないで。私だって、シンドイの。私だって、60歳を過ぎて体力は衰えているの」と。

 すると、父親は怒鳴ったのです。「この親不孝者。通いが嫌なら、こっちで暮らせ」と……。

 こんなに頑張ってきたのに、“親不孝”と怒鳴られたことに、マチコさんは「がっくりきた」と言います。かといって、同居などすれば、仕事を継続できなくなります。「別々に暮らしているから、うまくいっている。冷たいようだけど、同居すれば、私はストレスでつぶれる」とも言います。

 ここまで読んで、「このクソ親父!」とマチコさんに加勢している方もおられるかもしれません。しかし、こうして怒鳴る親はまだ良い方です。厄介なのは、独特の言い回しで、子に罪悪感を植え付ける親です。例えば、「ああっ、情けない。子どもに見捨てられた。こんなことなら早くお迎えが来てほしい」「死ねということか」などと言われると、子としては、怒鳴られる以上に心が痛みます。「子どもの世話になるつもりはないんだよ。放っておいてくれていいんだよ」と言いながら涙を流されたりすると、心臓をえぐられるような気持になります。

“世間”から背中を押されることもある

 マチコさんの父親に対して、「クソ親父」と思う人ばかりではありません。

「もう90近いんでしょ。お気の毒。一緒に暮らしてあげればいいじゃない」とサラッと言う人も一定数います。それは、親世代に限ったことではありません。年代に関係なく、「孝行のしたい時分に親はなし」ということわざを出し背中を押してきます。

 生まれてきた以上、必ず親はいます。だからこそ、誰しも、「親子」の問題については、自分なりの“モノサシ”を持っています。けれども、100組の親子がいれば100通りの関係性があり正解はありません

子が頻繁に行けない分はサービスを利用

 他人の意見は参考にはなるけれど、鵜呑みにする必要はないでしょう(この記事に関しても参考程度に)。

 長生きの時代となっています。いま90歳の親も、この先、支援を要する期間は10年、15年と続くかもしれません。マチコさんの両親が100歳になったら、マチコさんも後期高齢者です。

「ムリ、行けない」という言葉を飲み込み続けるとマチコさんのほうが先に倒れてしまうかも。マチコさんが倒れたら、マチコさんとその両親を誰が看るのか……。

 ムリのない範囲で顔を見せ、プロの手を借りながら(サービスを使いながら)その生活を応援するほうが互いの幸せにつながるのではないでしょうか。サービスの利用の仕方がわからなかったら、親の地元の地域包括支援センターで相談してください。

 親が「マチコも限界なんだ。サービスを使おう!」と考えてくれればしめたもの。サービスを利用しながら自立して暮らしていけるなら、親不孝どころか“親孝行”な選択だと思います。