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名古屋の放送局がギャラクシー賞2部門で大賞受賞。地方局から秀作が生まれる背景とは?

大竹敏之名古屋ネタライター
名古屋テレビ(メ~テレ)は自衛隊の継続的な取材で、初のギャラクシー賞大賞受賞。

「第55回ギャラクシー賞授賞式」が5月31日に開催されました。同賞は放送批評懇談会が主催し、優れたテレビ・ラジオ番組、放送文化に貢献した個人・団体を顕彰するもの。日本の放送界で最も権威ある賞とされています。テレビ、ラジオ、CM、報道活動の4部門からなり、今年はラジオ部門でCBCラジオの『最期への覚悟』が、報道活動部門で名古屋テレビ放送(メ~テレ)の『変わる自衛隊 地方から伝えた一連の報道』がそれぞれ大賞を受賞。名古屋で作られた番組が2部門でトップに輝くこととなりました。

ラジオの身軽さを活かして取材を続けたCBCラジオ『最期への覚悟』

CBCラジオの『最期への覚悟』は終末医療がテーマ。在宅医療のパイオニアである名古屋の女性医師と、その患者に密着したドキュメンタリーです。自宅で最期を迎える覚悟を決めたがん患者女性と医師のやりとりを丹念に記録し、重いテーマでありながらも温かい人の息づかいを感じられる作品となっています。

「ラジオはテレビと小説の中間のようなメディア。現場の映像をイメージしやすいよう、できるだけ現場の音を録って活かすことを心がけています」とCBCラジオ、菅野光太郎さん
「ラジオはテレビと小説の中間のようなメディア。現場の映像をイメージしやすいよう、できるだけ現場の音を録って活かすことを心がけています」とCBCラジオ、菅野光太郎さん

「10年ほど前から高齢化社会の問題を取材しています。その中で在宅医療に先駆的に取り組んでいる先生が名古屋にいることを知り、5~6年前から継続的に取材してきました」と制作した菅野光太郎さん。この医師に密着した番組はこれで3本目。また自身はギャラクシー賞で何度も受賞歴があり、今回は長く取り組んできた取材テーマで念願の大賞受賞となりました。

ネット全盛のご時世にあって、テレビ、ラジオといった旧来のメディアの制作環境は厳しくなるばかり、ましてや地方局はもともと予算に限りがあり、在京局と比べてハンディがあるといわれます。しかし、ラジオ畑ひと筋20年以上の菅野さんは「地方か東京かに関係なく、ラジオだからこそできることがある」と言います。

「『最期への覚悟』は私が一人で現場で音を録り、編集をおこなっています。ラジオドキュメンタリーは少人数でできるからこそ、予算をあまりかけずに作れるし、臨機応変に対応できる。顔が出ないという安心感から“ラジオだったらいいよ”と協力を得られやすいというメリットもあります。また、ラジオは聴取者との双方向性があり、人との距離が近く、SNSとも親和性が高いメディア。昨今はRadikoによって聴取してもらう機会は大きく広がりました。これからも地域の中のリアルな声を拾って、地域が頑張っている人たちを応援する役割を果たしていきたいと思っています」(菅野さん)

地方ならではの視点で自衛隊を追い続けたメ~テレ

受賞作の中に含まれる1時間のドキュメンタリー番組『防衛フェリー』。民間船が自衛隊の運搬船として活用されている事実に着目し、集団的自衛権のはらむ問題点に多角的に迫った力作(画像提供/メ~テレ)
受賞作の中に含まれる1時間のドキュメンタリー番組『防衛フェリー』。民間船が自衛隊の運搬船として活用されている事実に着目し、集団的自衛権のはらむ問題点に多角的に迫った力作(画像提供/メ~テレ)

メ~テレの大賞受賞作は『変わる自衛隊 地方から伝えた一連の報道』。ひとつの番組ではなく、2014年7月~2018年3月までの間にニュース番組などで継続的に放映してきた報道が対象となっています。

一貫したテーマとなっているのが集団的自衛権の行使容認による自衛隊の役割の変化。ずっしりと重い問題ですが、ローカルニュースらしさを感じられるのが、視聴者が身近な話題と思える取り上げ方。例えば愛知県内の自衛官夫婦の家族団らんの風景をフラットな目線で映し出し、その後海外の紛争地に夫が派遣されると再びこの家族の近況を伝えます。 

メ~テレ報道局の村瀬史憲さん。テレビ朝日・ニュースステーションやNHKのドキュメンタリー番組制作をへて2005年にメ~テレ入社
メ~テレ報道局の村瀬史憲さん。テレビ朝日・ニュースステーションやNHKのドキュメンタリー番組制作をへて2005年にメ~テレ入社

「国会で議論されているどこか遠い世界の問題ではなく、私たちの周りでも起きている問題であること、当事者の自衛官も私たちと同じ一生活者であることを実感してもらいたいと考え、豊川市の自衛隊駐屯地、伊勢湾の海自の掃海訓練などを取材し、なじみのある地名をきっちり入れて身近な問題であることを印象づけようと心がけました」とプロデューサーの村瀬史憲さん。

また、報道取材において、地方局であることは決してハンディにはならないといいます。

「政治的にデリケートな問題の取材は総理官邸から距離がある方がむしろやりやすい。政治家の皆さんもローカルのニュースまでは見ていませんから(笑)。それは半分冗談ですが、自衛隊取材の許可を出すのは東京の幕僚監部で、東京の局の方が有利に見えますが、担当記者が名古屋の自衛隊に足繁く通って“顔が見える関係づくり”に努めたことで、難しい取材が実現したと思います」

今回の受賞作の中には、数分ほどのニュースの他に、30分や1時間にまとめたドキュメンタリー番組も含まれます。そして、この分野こそ地方の放送局が存在感を発揮できる場だといいます。

メ~テレの『シネマ狂騒曲~名古屋映画館革命~』も今回のギャラクシー賞テレビ部門で選奨に選ばれた
メ~テレの『シネマ狂騒曲~名古屋映画館革命~』も今回のギャラクシー賞テレビ部門で選奨に選ばれた

「東京のキー局で作られるドキュメンタリー番組は数えるほどしかない。地方局以上に視聴率が絶対的に重視され、数字が取れないドキュメンタリーに注力できないのでしょう。その点、うちは恵まれていて年に約10本のドキュメンタリー枠があります」

こうした環境から意欲的なドキュメンタリー作品が数々生まれ、今回のギャラクシー賞では若手ディレクターが制作した『シネマ狂騒曲~名古屋映画館革命~』も佳作にあたる選奨に選ばれました。

大賞受賞作は再放送も。良質の番組に広がる視聴のチャンス

そして、栄えある賞の受賞が、全国のローカル局のモチベーションアップにつながることが期待されます。

「(ギャラクシー賞大賞受賞を)“おめでとう”と祝福してくれながら目は笑っていない他局のスタッフも少なくなかった(笑)。これがいい刺激になって、様々な問題により鋭く切り込んだ番組が全国各地で作られるようになることを大いに期待しています」(村瀬さん)

CBCラジオの『最期への覚悟』は6月28日21時に再放送が決定。メ~テレの受賞作中の『防衛フェリー』も8月の終戦記念日前後に再放送に向けて調整が進められています。

普段、日が当たりにくいローカル局制作の良質の番組がコンテストで高く評価されることによって、再視聴のチャンスが生まれ、制作サイドのモチベーション向上で次の名作が誕生する可能性も高まる。視聴率・聴取率という数字だけでは測れない価値に光が当たることで、私たちにも多彩な分野で“気づき”のチャンスにめぐりあえるのではないでしょうか。

(トップ画像と『防衛フェリー』番組画像はメ~テレ提供。他は筆者撮影)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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