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DeNAがBリーグ川崎で起こしたビール革命

大島和人スポーツライター
クラブのロゴが入ったウエアに身を包むとどろきアリーナの売り子たち:筆者撮影

新オーナーが迎えた川崎のホーム初戦

Bリーグは「夢のアリーナの実現」を使命の一つに掲げている。しかし現状を見ると収容人員、演出環境、アクセスなどの課題を残す施設が多い。プロといえどもいわゆる「公共の体育館」で開催されることが多く、得てしてお客をもてなす発想で設計がされていない。

新しい施設が増えれば状況は間違いなく変わるだろうし、全国から「新アリーナ」の話が聞こえてきている。とはいえ短期的、中期的に考えると「今ある体育館をどう生かすか」という取り組みは重要だ。

そんな中、今季のB1には楽しみな「新人」が登場していた。それはDeNA。川崎ブレイブサンダースを東芝から継承した新興IT企業だ。彼らはプロ野球・横浜DeNAベイスターズの経営改革に成功し、横浜スタジアムはファンを魅了する「ボールパーク」に変わった。Bリーグクラブのオーナーにもなった彼らが、既存施設のとどろきアリーナをどう「夢のアリーナ」に近づけるか--。その一端を我々が初めて目にしたのは、10月12日のホーム開幕戦だった。

ベイスターズの手法も導入

ブレイブサンダースもBリーグ発足後の2シーズンで既に「アリーナ内のプロ化」を進めていたが、更なるバージョンアップがあることはクラブが既に発表していた。今季は「センターハングビジョン」と呼ばれる四面の大型ビジョンが設置され、どの角度からもプレーの再生などを見られるようになる。

ビジョンを活かし、観客を巻き込んで盛り上げる演出はベイスターズのノウハウも活かされる部分だ。例えば開幕戦のハーフタイムに行われた「ファンがフリースローを決めたら売店のポテトが1.5倍の量に増える」というチャレンジは、横浜スタジアムで類似の試みが既にされている。

「これから緊急ミーティングだらけ」

12日の滋賀レイクスターズ戦はチケットが完売。4708名の観客を集め、チームは76-61の勝利で初戦を飾った。ただし元沢伸夫社長が口にした自己評価は厳しかった。

「やりたいエンターテイメントの完成を100としたら50くらい。これから緊急ミーティングだらけです」

開幕戦では例えばオフェンスとディフェンスの音楽を間違える単純ミスがあった。元沢社長は「オフェンスの音楽を何種類か用意しているんですけれど、その使い分けルール自体、考え直さないといけない」とも反省する。

屋内に入ってまず感じたのは「光」「色」の違いだった。ホワイエと言われる物販、飲食に使われる場外のスペースが以前より暗くなっていて、照明も白系の蛍光灯でなく、赤系のものに変わっていた。アリーナ内部もチームカラーのブレイブレッド、ブラック、ゴールドの3色でコーディネートされ、「ホームアリーナの雰囲気」が生まれていた。

カラー戦略にこだわり

川崎ブレイブサンダースの初代社長となった彼はこう口にする。

「今回はカラー戦略にすごくこだわったんです。Bリーグのチームを見ましたが、ホワイエは一番何もされていないゾーンです。コート内はどこのクラブも頑張っていますが外へ行くと急に日常的な空間、市民体育館に戻ってしまうのを感じていました」

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元沢伸夫社長:筆者撮影

演出は尖ったところを残しつつマイルドに

一方で演出のコンセプトはいい意味で「マイルド」だった。音量、照明の変化などは総じて“抑え目”で、家族連れでも違和感なく楽しめるような空間作りがされていた。アリーナの演出は料理と同じで、濃い味付けと薄い味付けに分かれる。例えば千葉ジェッツは「ド派手」で賑やかで味が濃い。ブレイブサンダースは料理に例えるなら出汁はしっかり取っているけれど、調味料は抑え目だ。

アリーナDJが試合開始前、ハーフタイムに流した音楽も、きゃりーぱみゅぱみゅや星野源のような「クラブではかからなさそう曲」が中心だった。

元沢社長はこう説明する。

「バスケットのカルチャーにはヒップホップが合うんですけれど、ゴリゴリのヒップホップで行くとお客さんがついてこない。多少マイルドな範囲で、とはいえ尖ったところは残すようなものをイメージしています」

生ビール販売のために重ねた努力

とどろきアリーナを探索して気づいたのは、プロ野球のような生ビールの売り子さんが客席を回っていたことだ。飲食の充実を競技を問わず、様々なクラブが行っている施策だ。ブレイブサンダースもオリジナルクラフトビールを用意し、ベイスターズと同様のこだわりを見せている。ただ、これは昨年のとどろきアリーナで見なかった光景だ。

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ブレイブサンダースのオリジナルクラフトビール(650円):筆者撮影

元沢社長は“ビール革命”の背景をこう明かす。

「そもそもここでは去年、生ビールを売れなかったんです。川崎市の保健所のルールでした」

衛生、食の安全に関しては「規制を無くせばいい」という安直な話でなく、一定のルールが設定されるのは妥当だ。しかしルールだからと諦めることが是ではない。ブレイブサンダースのスタッフは“体育館の常識”を変えるため、水面下で大きな努力を払った。

彼は続ける。

「僕らは何をやったかというと、手洗い所(注:トイレでなく洗面台的な施設)を我々の費用負担で増設したんです。衛生管理が大丈夫になるようにして、保健所のルールをクリアして、生ビールが売れるようになりました。私も何度か参加しましたけれど、ウチの現場の人間が保健所さんと何十回もミーティングしました。どうしたら生ビールを売れるのかと話し合い、結局4か月くらいかかりました」

粘り強く地道な「カイゼン」に期待

お揃いのウエアを着たビールの売り子が、オリジナルのコップに香り高いビールを注ぐ様子は、横浜スタジアムならば「当たり前」だ。ただし、それをBリーグで実現するためには緻密な下準備が必要だった。夢のアリーナ、スタジアムを実現するためには、そのような粘り強さが必要になる。そこにDeNAがこのクラブを成功させようという“本気”も感じた。

ただし社長が強調するように、2018年10月12日のとどろきアリーナが「夢のアリーナの完成形」ではない。観客の声に耳を傾け、それを反映して改善し続ける地道さも、彼らがプロ野球の世界で実践してきたよきカルチャーだ。DeNA、ブレイブサンダースがこれから見せる変化、適応力にも期待したい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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