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2018年は派遣や有期契約社員が狙われる?!マタハラ防止施行から1年、動向を専門弁護士に聞いた。

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
右:小酒部さやか(筆者)左:新村響子(弁護士)/撮影:村上岳

昨年1月1日に、マタハラ防止措置義務が企業に課されてから1年。ここ数年の「マタハラ問題」には、どのような傾向が見られるのだろうか。措置義務が課されてからのこの1年、そしてこれからの動向についてはどうだろうか。特に2018年は、非正規の「無期転換ルール」が本格的に始まる。すでに事前の契約切り問題が起きており、非正規へのマタハラも増えると見込まれる。そこで、労働問題の専門である新村響子弁護士にインタビューした。

新村弁護士は、私がマタハラ被害を受けた際の代理人であり、労働審判で迅速に解決してくれた。「マタハラ」という言葉が広まる以前からマタハラ問題の紛争を手掛けており、私の相手会社に交渉して、私がマタハラ防止の活動をできるようにしてくれた陰の立役者だ。

新村弁護士の見解はどのようなものか聞いた。

参考:新村弁護士に支援していただいたマタハラ被害者による合同記者会見

「妊娠は悪いことなの?」職場で「マタハラ」受けた女性たちが深刻な実態を告白

撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士
撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士

●最近のマタハラは、妊娠直後より育休復帰時に起こりやすい。

--私の労働審判が終わったのが2014年6月。翌7月から「マタハラ」という言葉を広める活動を開始し、マタハラ防止の法改正を牽引して、昨年1月施行に至った。ここ数年の「マタハラ問題」の動向は?

新村弁護士:明らかに相談が増えた。小酒部さんの労働審判を担当したとき、私は弁護士9年目だったが、それまでに担当したマタハラ案件は3~4件程度だった。それが今は1年に何件ものマタハラ相談を受けている。

増加傾向はデータ上も明らかで、平成28年度の都道府県労働局雇用環境・均等部へのマタハラ相談の占める割合が35%、セクハラ36%ほぼ同数になった。これまでハラスメントだと気づかず、「自分が悪い」「妊娠・出産・育児で迷惑をかけているから仕方ない」と泣き寝入りしていた人たちが、「これはマタハラではないか?」と気づき始めた。措置義務が法制化されてからは、企業内での研修の取り組みなども広まっている。

厚生労働省平成28年度都道府県労働局雇用環境・均等部での法施行状況より
厚生労働省平成28年度都道府県労働局雇用環境・均等部での法施行状況より

参考資料:平成28年度都道府県労働局雇用環境・均等部での法施行状況

--被害が増えたというより問題は潜在的にあって、それに「マタハラ」と名称が付けられ違法と周知されたことで、声が上がりやすくなった。

新村弁護士:そのとおり。だから『気づいた』のだと思う。

--現在、日本労働弁護団の「女性のためのホットライン」で多い相談内容は?

(※日本労働弁護団のホットライン

新村弁護士:データ分析できるほどの相談件数ではないけれど、妊娠直後というよりも育児休業明けの復職トラブルが増えている感覚がある。私のところにも「君は降格」「仕事を変えられた」「復職明けに退職強要された」など復職トラブルの相談が複数あった。

--妊娠解雇はあからさまだからやらなくなって来ているけれど、復帰したときに「育児しながら働くのは無理なのでは?」とマタハラする。結局、代替要員との入れ替え問題が原因?

新村弁護士:育児をしながら働く女性はいらない、と排除する悪意のマタハラもある一方、中小企業などで復職時の配置先がなくて困ったとか、保育園問題と絡んでいる場合もある。

例えば、最近来た相談では、元々戻る予定だった時期よりも早く保育園が決まり、女性社員が復帰したいと伝えたところ、会社は「え、もう?」と受け入れ態勢がなく困ってしまったという事例があった。

戻るポジションがないので、どこか違う支店に行ってくれないかということになり、すごく遠い支店への配転を命じられた。このように遠方の支店への配転命令は違法なマタハラになる可能性があるが、予想外の事態になかなか対応できない企業の事情もあり、保育園問題とも相まって解決が非常に難しい。

--遠い支店、たとえば通勤時間往復3時間を超えるオフィスに異動という場合、4時間なら違法で3時間なら会社の裁量権の範囲なのかという議論は、このような事例の判例が出来上がって来ないと判断は難しい?

新村弁護士:確かに今後の判例の集積も重要だが、基本は「原職か原職相当職の復帰させるよう配慮すること」と指針*の改正でより明確化されている。だから、あまりに原職と違う業務内容だったり、原職の通勤距離と明らかに違うような長距離だったりすると、今の裁判基準でも違法になる可能性は高いと思う。

(*子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針(平成 21 年厚生労働省告示第 509号))

撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士
撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士

●会社の言い分は「配慮」だが「仕事外し」も違法行為と認識すべし。

--私のところには「配慮」という名の「仕事外し」の相談が続いたことがあった。会社側に「配慮だ」と言われると、労働者側はそれが「違法行為」と認識できないケースが多かった。

新村弁護士:そのケースは確かに多いかもしれない。「配慮」と言って、正社員からパートや契約社員になれという事例もある。けれど「仕事外し」はパワハラの一類型でもあり、「配慮」とは全くの別物。

私の担当案件では、ある有名上場企業で、育児休業を1年取得した正社員・事務職の男性が復職したところ、物流子会社に出向を命じられ、朝から晩までダンボール運びや紙を数えるなどの単純作業を強いられたケースがあった。その人の能力や経験を全く生かすことのできない業務を強いる「過小な要求」は明らかなハラスメント。

このケースは、弁護士が介入したところ、速やかに出向解除となり、元の事務職に復帰できた。

--「君のためを思って」とか「心配してやっているのだ」とかはマタハラの常套句でもある。法律の知識がなく上司が本当に心配してやったとしても、本人の希望を無視しての「配慮」は加害者側も被害者側も「違法行為だ」と認識して欲しい。

参考:仕事外しだとして、会社側と争っているパタハラの事例

三菱UFJモルガン社員が顔出しでパタハラを訴えた。息子の未来のためなら自分はいくら辛くても構わない。

●マタハラは中小企業だけの問題ではないが、小さな会社では人員配置が切実な問題。

--大企業と中小企業の規模別に見られる傾向はある?

新村弁護士:子育てサポート企業として厚労省が認定する「くるみん」や、女性活躍推進に優れた上場企業を経産省が選定する「なでしこ銘柄」を取得し、女性に優しい会社をうたっている有名大企業からの相談もある。中小企業だけの問題ではないことは確かで、企業の規模は関係ないように思う。

ただ、中小企業だと社長さんが「うちの会社には産休制度なんかないから。ブラック企業と呼ぶなら呼んでもらって構わねぇ」と開き直っている「独特の社風」を強いる違法企業もある。

--人員配置の問題は、やはり小さい企業の方が苦労している?

新村弁護士:小さい会社ほど、産休・育休で人が欠けたときの人員補充、戻ってきたときの配置の調整が難しく、マタハラと言われたくないけれどもどうしたらよいか分からないといった切実な悩みを聞く。

--小さい企業がどう対応して行けばいいのか、優良事例が多く出て、その情報を広めていくことが出来たらと私は思っている。

撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士
撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士

●2018年は派遣や有期契約社員が狙われる?!

--正規・非正規の契約別での被害傾向は?

新村弁護士:正規・非正規では、派遣社員など非正規の被害のほうが実態としては多い。厚労省の調査*でも、派遣社員は2人に1人がマタハラの被害を受けたことがあるという結果が出た。

(*労働政策研究・研修機構「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」

--労働契約法18条の「無期転換ルール」が本格的に始まるのが今年の4月以降。労働者派遣法の雇用安定措置の影響が出るのが今年の10月以降。非正規へのマタハラが今年は増えるように思う。

新村弁護士:「無期転換ルール」は2013年に施行され、5年を超えて契約更新した有期契約社員は、今年の4月以降、次回契約更新から無期契約に転換したいという申し込みをすることができるようになる。

--希望して無期契約になれる人もいると思うが、育児を抱える女性は無期限になられても使えないと、契約を切ること(マタハラ)も起こり出す?

新村弁護士:その危険性があるので、該当者は注意してほしい。今、会社が無期転換を避けるために、今年の春で契約打ち切りとか、次回契約不更新にする、契約期間の上限を決める、などといったトラブルが相次いでいる。狙われるのは弱い立場からなので、妊娠とか育児を抱える女性が狙われるケースは間違いなくあると思う。

--この場合は、もし労働者が「それはマタハラだ」と言ったら、労働者に軍配が上がる?

新村弁護士:上がると思う。「マタハラだ」と言える場合もあるし、5年も契約を繰り返していた人は、その後も続けて働く権利があるので労働契約法19条の「雇い止め法理」でも争える。会社が、争われないようにするために、労働者に「次回の更新はしない」という同意書にサインをするよう迫るケースが増えている。絶対にサインしないで弁護士に相談して欲しい。

--派遣社員の場合は?

新村弁護士:派遣法の改正では、1人の人が同じ派遣先事業所に派遣される上限が3年になった。法律が施行されて3年経つのが今年の10月なので、「派遣切り」される人が出て来る。派遣の場合、直雇用の有期契約社員とは違い、続けて働く権利が認められないので、切られたときに裁判で争いにくい。

--3年経ち派遣先で切られると、派遣元の人材会社とも契約が切れてしまう?

新村弁護士:派遣元との雇用が有期契約であれば、雇止めになる可能性がある。法改正では、1.派遣先への直接雇用の申し入れ、2.次の派遣先の紹介、3.派遣元企業で無期雇用、4.教育訓練などの雇用安定措置、以上の4つが派遣元に設けられたが、どれか1つをやればよいとされている。

例えば、教育訓練さえすれば、派遣先の紹介や直接雇用はしなくてもいいことになる。このように雇用が続く保障がない。だから、現実は、雇止め=「派遣切り」が横行するだろうし、妊娠・出産・育児のタイミングで切られてしまうこともあると思う。

--派遣先にも派遣元の人材会社にも3年で切られるのであれば、5年にたどり着かないから、派遣社員の無期転換は成立しないということ?

新村弁護士:5年勤めて無期転換申し込みできる可能性がないわけじゃない。でも、3年の細切れで派遣先を転々とすることになる人も出てくるだろうし、その場合に違法だと争えるケースは少ないと思う。

撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士
撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士

●知らず知らずのうちに加害者になることを避けよう。まずは法律の知識を!

--では最後に、マタハラ・パタハラのトラブルを避けるために気をつけておきたいことは?

新村弁護士:妊産婦や育児・介護休業については、実は様々な権利や法制度が存在するにもかかわらず、それを知らずに(あるいは知っていながら)明らかな違法行為を行う企業が少なくない。労働者も、それら権利があることを知らない。

もっと研修などを行い、法律上の権利制度を学ぶべき。まずはそこからがスタート!

その上で、マタハラ&パタハラ対策で難しいのは、1.人によって感じ方が異なること、2.人員配置など具体的な対応が必要であること。

1.については、キャリア維持に対する意識や希望をきちんと当人から聞くことが大事であり、自分を基準に押し付けることのないように管理職の方々には気を付けてもらいたい。

2.については、現場ではどうしようもないことなので、経営層がきちんと取り組む必要がある。周りの人への負担が、妊婦への不満という形で表れてしまわないように、人が休むことを迷惑と思わず、誰にでも起こりうることとして職場・業務を設計することが求められる。

また、制度を利用する側は、配慮を受けたら「ありがとう」の感謝の気持ちを表すようにして欲しいですね。

--新村弁護士、ありがとうございました。

撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士
撮影:村上岳 取材時の新村響子弁護士

新村響子弁護士 プロフィール

2005年弁護士登録 東京弁護士会 旬報法律事務所 所属

【役職】

日本労働弁護団事務局次長

東京都労働相談情報センター民間労働相談員

東京都ウィメンズプラザ法律相談員

【担当分野・主な著名担当事件】

労働者側で労働事件を数多く取り扱っている。

東和システム名ばかり管理職残業代事件、東京都嘱託再雇用拒否事件、アリさんマークの引越社残業代請求事件、フジクラ追い出し部屋配転事件などを担当。

【著書】

「ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策」旬報社など

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株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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