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東京五輪へ向かう、陸上男子短距離。100mより決勝進出の可能性が高い、110mハードルへの期待。

折山淑美スポーツライター
2020年日本選手権男子110mハードル決勝の金井大旺(右)と高山峻野(左)(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 東京五輪で活躍が期待される、陸上男子短距離。金メダルを狙う4×100mリレーや100mだけではなく、今年に入って決勝進出への期待が大きく膨らんできているのは男子110mハードルだ。

世界への接近

 その予兆が見えたのは、19年世界選手権だった。6月には13秒36の日本タイ記録を2回出し、その後も2度の日本記録更新で13秒25にまで記録を伸ばしていた高山峻野(ゼンリン)が、予選を全体5位の13秒32で通過すると、準決勝は序盤からリードする走りを見せた。

「3台目まで力を全く使わずに行けたのでもっと上げられると思ったが、体感したことがないスピードだったので踏切が近くなってしまった」と、5台目でミスをして6着に止まった。それでも各組2位以外の、記録上位2名の決勝進出者の2番目が13秒36だっただけに、ミスがなければ確実に決勝進出を果たせていた力を見せた。

 コロナ禍の昨年も、前日本記録保持者の金井大旺(ミズノ)が13秒27の他に13秒3台前半を2回出し、高山も13秒34と高いレベルを維持していた。だが今年はそれが、さらに加速している。

 4月の織田記念では、今季を競技生活の最後の年と決めている金井が、昨年の世界ランキング4位、19年でも7位に相当する13秒16の日本記録を樹立。さらに5月の関東インカレでは、織田記念で東京五輪参加標準記録(13秒32)に0秒01だけ届かなかった泉谷駿介(順大)が、予選で13秒30を出して金井と高山に次ぐ3人目の標準突破者となった。さらに決勝では、ハードル間の走りが詰まってしまって難しくなる追い風5・2mの条件の中で、参考記録ながらも13秒05を出して身体能力と技術の高さを証明する走りをした。

 その日本チームのレベルアップの流れを、日本陸連の桜井健一オリンピック強化コーチはこう説明する。

「16年リオデジャネイロ五輪に矢沢航(デサント)が、参加標準記録を突破して出場したことで全体の意識が変わり、翌年の世界選手権は4人が標準記録を突破して目標だった3名のフルエントリーが出来た。そこから18年には金井が日本新を出し、19年にはその記録に高山と泉谷が並び、さらに高山が13秒30,13秒25と日本記録を更新するいい流れが作れた。金井と高山の競り合いだけでも記録は伸びたと思うが、そこに高校時代は混成種目をやっていた、運動能力の高い泉谷が110mハードルに参戦してきたことで、選手たちにはさらに大きな刺激になったと思います」 

 泉谷は高3の17年に、インターハイを制した8種競技と3位だった三段跳びでは同年の高校ランキング1位で、110mハードルは3位。さらに大学1年ではU20世界選手権の110mジュニアハードル(シニアより7・6低い)で銅メダル獲得と実績を残している選手だ。そんな彼の存在が、東京五輪を狙う他の選手たちの気持にも火をつけた。

技術種目としての取り組み

 近年の日本選手の記録向上の理由のひとつには、用具の変化もある。桜井コーチは「僕たちの頃はハードルのバーが木製だったのでぶつかると減速したし、血が出たり腫れたりするのでみんなぶつからないように跳んでいました。でも今は材質が変わって、ぶつかっても減速しにくくなっているし、それほど痛くない。それで以前より低く突っ込んで跳べるようになったと思う」と言う。

 一方、世界を見れば、世界記録は12年に12秒80まで行ったが、そこからは伸びていない。男子100mの電動計時記録では、1968年メキシコ五輪でジム・ハインズ(アメリカ)が9秒95を出して以来、9秒台は現在まで154人いて世界記録も9秒58まで伸びている。だが110mハードルは、1981年にレナルド・ニアマイアー(アメリカ)が12秒93を出して以来、12秒台には21人しか到達していず、40年間で0秒13しか進化していない。

 その理由を桜井コーチは「今のスピードと技術のバランスを考えれば、技術的には限界値に近くなっているからではないか」と説明する。

 ハードルの高さは106・7cmで、ハードルとハードルの間は9・14m。前のハードルを跳んで着地する位置は1mほど先で、次に踏み切るのはハードルの2m強手前。その間の約6mを3歩で、いかに速く走ってスムーズにハードルを跳ぶかが重要だ。そう考えれば、その難しさもわかる。この種目は100mのように、持っている身体能力を100%使えるわけではない技術種目だからこそ、日本人でも戦える余地が見えてくるのだ。

 現に近年の世界大会の結果を見れば、準決勝で13秒2から3台前半を出せば、決勝に進めている。日本選手もその記録をアベレージにできれば、決勝進出の可能性は大きくなる。

 各選手たちのスプリント能力も上がってきている中、陸連の強化方針として取り組んできたのが、前半から高いスピードで入る展開を身に付けることだった。桜井コーチは「研究論文でも、スタートからの1~4台目までの各ハードル間のラップタイムで、トータルタイムが決まるというのが出ているんです。昔は後半型という選手もいたが、今は前半型ではないとダメ。特に世界大会の準決勝は、同じくらいのレベルの選手ばかりで必ず荒れるから、前半で前に出ていた方が絶対に有利です。もし日本選手が前に出れば、外国選手も焦るとも思う。そこからミスなくいけば、そのままの順位でゴールできる可能性は高くなる」と説明する。

 110mハードルは隣のレーンの選手と腕が接触することもよくある、まさにバトルともいえる種目だ。その中で体格の大きい外国人選手たちを相手に、日本人選手が後半巻き返すというのは至難の業だからだ。

 その方針で基準にしたのが、ハードル間のラップタイムを1秒05をアベレージにして13秒30を出す設定だ。前に出るために4台目まではもう少し速いラップタイムが必要だが、今のトップ選手たちはそこを1秒00~03くらいまで出せるようにもなっている。

「今の金井と泉谷は、入りの3区間のラップタイムはかなり速いので、必ず前でいけると思います。高山も19年世界選手権の時のようなキレがあればリードできますね。ただ、前半リードしても中盤で一度追いつかれる可能性もあるので、その競り合いの中で落ち着いて自分のリズムを維持して後半につなげられるかが重要です」

 この3選手以外にも、6月に13秒35を出した村竹ラシッド(順大)や、昨年13秒39を出している石川周平(富士通)など、参加標準記録を突破して代表争いに食い込んでくる可能性を持った選手もいる。種目の特性としても高いレベルの選手たちと競り合うレースの経験は重要になるが、コロナ禍で国際大会を経験できない中でも複数の選手たちが力を伸ばしてきたことで、国内でもそういうレース経験ができるようになったことも大きい。

 桜井コーチは「17年と19年の世界選手権に続いてフルエントリーが出来、決勝進出という目標を達成できればリオからの強化の集大成になります。現状を見ていればふたり決勝に行ってもおかしくないと思います」と期待する。

 その可能性を見せる日本選手権決勝は、大会最終日の6月27日17時25分スタート予定だ。

スポーツライター

1953年長野県生まれ。『週刊プレイボーイ』でライターを始め、徐々にスポーツ中心になり、『Number』『Sportiva』など執筆。陸上競技や水泳、スケート競技、ノルディックスキーなどの五輪競技を中心に取材。著書は、『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)など。

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