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なぜ「参議院議員」は、「衆議院議員」に転身を狙うのか

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
(写真:イメージマート)

 6月の通常国会閉幕間際に吹いた衆議院の解散風に伴い、主要政党による衆議院選挙区支部長の選任が相次いでいます。特に自民党の支部長選任では公認争いなどに報道の注目が集まっていますが、一方で複数の政党で「現職の参議院議員が衆議院選挙区支部長に就任」する動きがあります。

 同じ国会議員なのに、なぜわざわざ参議院議員を辞めて、衆議院議員に転身を狙おうとするのか、解説します。

現職参議院議員の衆議院選挙区支部長就任が相次ぐ

 自民党では、現職参議院議員(東京都選挙区)の丸川珠代氏が、衆議院東京7区の支部長に選任されたほか、同じく現職参議院議員(和歌山県選挙区)の鶴保庸介氏が、衆議院和歌山1区の支部長に選任されました。また、現職参議院議員(福岡県選挙区)の大家敏志氏が、自民党福岡県連の実施した党員投票の結果を踏まえ、衆議院福岡9区の支部長に選任される見通しとされています。

 また、日本維新の会も現職参議院議員(大阪府選挙区)の東徹氏が衆議院大阪3区の選挙区支部長に就任したほか、現職参議院議員(比例代表)の梅村聡氏が衆議院大阪5区の党内予備選に立候補をしています。また、現職参議院議員(東京都選挙区)の衆議院選挙区転出の観測が一部新聞で報道されています。

 さらに、日本共産党は現職参議院議員(比例代表)の田村智子氏を衆議院東京ブロックの比例単独で擁立することを発表しています。

 このように、参議院議員から衆議院議員に転身をする動きは、必ずしも特定の政党だけではありません。

 現職の参議院議員は、仮に自ら辞職しなくとも、衆議院議員総選挙に立候補をした時点で参議院議員を失職することになります。上記に挙げた者のうち、現職参議院議員(比例代表)の田村智子氏(日本共産党)や梅村聡氏(日本維新の会)は、「比例代表」のため、それぞれの所属政党内での繰り上げ当選が起きるだけですが、他の参議院議員の衆議院議員総選挙立候補に伴う参議院議員の失職に伴い、補欠選挙が行われる(※)ことになります。

※ただし、参議院議員の補欠選挙には細かいルールがあり、その一つに補欠選挙を実施するのは「欠員の数が当該選挙区の改選議席数の4分の1を超えるとき」とあるため、和歌山県選挙区(改選定数1)や福岡県選挙区(改選定数3)は1人でも欠員が出れば補欠選挙執行事由となりますが、東京都選挙区(改選定数6)や大阪府選挙区(改選定数4)は、同じ改選期の2人以上が失職などで欠員となってはじめて補欠選挙となります。従って東京都選挙区は一部新聞で報道されている日本維新の会の参議院議員の衆議院転出有無が、東京都選挙区における補欠選挙の執行事由発生有無の鍵を握ることになります。

衆参国会議員が、同じ国会議員でも「同じこと」と「違うこと」

 衆議院議員も参議院議員も、国会議員としての待遇はほぼ変わりません。衆議院・参議院ともに国会議員の歳費(給与)は同額で、ボーナス(賞与)や公設秘書の給与なども変わりません。衆参国会議員ともに議員会館に事務室が用意されているほか、宿舎などもあります。

 待遇でないところでの差となると、衆議院と参議院の差としてよく知られているのが、「衆議院の優越」です。衆議院には、参議院に認められていない独占的な権限として、内閣不信任決議をする権限と、予算案を先に審議する権限(予算先議権)が認められています。また、衆議院と参議院の議決が異なった場合においても、予算の議決や条約の承認、内閣総理大臣の指名は衆議院の議決が優先されるほか、通常の法律案も衆議院が出席議員の3分の2以上の賛成で再可決したときには衆議院の議決が国会の議決となります。

 ただ、これらの「衆議院の優越」は議院としての優越であって、議員ひとりひとりへの優越とは言い難いところがあります。それでは、議員ひとりひとりに影響が有ることはなんでしょうか。

 参議院議員の任期は6年、衆議院議員の任期は4年です。衆議院には解散があるため、衆議院議員の任期は4年と言えど、実際の任期はもっと短く、平均すると3年を切るぐらいのスパンで総選挙が行われていると言われています。選挙は大変とよく聞くことを考えれば、選挙の頻度が低い参議院議員の方が、負担が少ないようにも思えますが、それでも参議院議員から衆議院議員に転身するのは、なぜでしょうか。

「代議士」は衆議院議員だけの俗称

 戦前の大日本帝国議会では、国会は衆議院と貴族院から成っていました。貴族院は華族や高額納税者をはじめとする非民選議員(選挙を経ないで選ばれた議員)によって構成されており、選挙によって選ばれた議員は衆議院議員だけでした。そのため、一般国民の「代わり」に、「議会に」送り込まれた「士」が「代議士」であり、衆議院議員の俗称となりました。戦後、日本国憲法下における参議院議員は民選議員となりましたが、この経緯から、現在でも衆議院議員だけを「代議士」と呼ぶ文化があります。

 衆議院議員には、解散総選挙の可能性があると述べましたが、一方で「直近の民意を反映している」ともされ、その点において参議院議員よりも衆議院議員の方が格式が高いと考える節があります。

衆議院転身は、出世のための大きなハードル

 さらに、戦後の日本国憲法下では、(憲法上は総理大臣は国会議員から選ぶという規定により、参議院議員から選出されることは法規上問題ないにもかかわらず)内閣総理大臣は衆議院議員からしか選ばれていません。仮に参議院議員が内閣総理大臣になった場合、参議院議員たる総理が衆議院を解散したとしても、自らが国会議員としての立場を賭すことはなくなり、国民の審判を仰ぐという本題から外れるようにも考えられるほか、ひいては衆議院と参議院の対立に繋がるとも考えられています。

 この先例は非常に重く、党の総裁や代表がその党における総理候補ということを考えれば、党の総裁選や代表選に出馬するのも衆議院議員であることが事実上の条件という考えにも至ります。更に、組閣人事における大臣のうち参議院議員の数についても、法律では特段の定めはないにもかかわらず、通例2〜3名になるようにされているなど、衆議院議員は参議院議員と違う格式があるのが実情です。言い換えれば、参議院議員が党内出世を狙うのであれば、衆議院議員への転身が大きなハードルということになります。

 外務大臣の林芳正衆議院議員も、前回の衆議院議員総選挙で参議院議員から衆議院山口3区に転身した一人ですが、転身出馬の表明記者会見では「戦後の歴史をたどっても、常に衆議院から総理大臣が選ばれている。この国のかじ取りをしていくため、衆議院へのくら替えというハードルを越えなければならない」と述べています。

 なお、このような格式論は、極端に言えば、参議院不要論にも派生することになります。しかしながら、参議院は解散総選挙がないことや、全国比例(比例代表制)があることから、専門性の高い問題に中長期目線で取り組むことができるなどのメリットもあり、衆議院の格式の高さが参議院不要論に直結するものではないと、筆者は考えています。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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