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安倍元首相の銃撃、選挙現場からみる「街頭演説の警備が難しい」理由

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
安倍元首相が街頭演説中、凶弾に倒れた(写真:つのだよしお/アフロ)

 7月8日、参議院議員選挙の応援弁士して奈良県内で街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、お亡くなりになられた。選挙戦の演説中に銃撃という極めて卑劣な犯行は断じて許されるものではなく、民主主義の根幹たる選挙を愚弄する行為を非難すると同時に、安倍元首相のご冥福をお祈り申し上げます。

 街頭演説中の銃撃という出来事は、選挙の現場からすればあってはならないことであり、今後の事件検証が待たれるところである。一方、選挙現場からすれば「警備」という言葉では簡単に説明がつかない難しさもある。街頭演説の警備が特に難しい理由についてみていきたい。 

選挙の街頭演説で「裏方」は何をしているのか

 街頭演説で「裏方」の存在が注目されることはあまりない。しかし、応援弁士が入るような大型の街頭演説では、相当数の「裏方」が走り回ることになる。

 まずは選挙運動に従事するスタッフだ。ビラを配ったり、のぼりを持ったりするスタッフは、選挙運動そのものに当然必要であり、聴衆の数に対応するだけのスタッフを用意する必要がある。

 そして動線確保などの一般警備だ。応援弁士の有無にかかわらず、安全確保のために必要な警備は候補者陣営の責任で行われる。トラロープによる動線確保や警棒による誘導が挙げられるだろう。

 夏に行われる参議院議員選挙は「暑さ」との戦いである。看護師などの救護班を用意する陣営もあり、自民党は党幹部クラスの応援弁士派遣の際には、地元の看護連盟と協力して救護班を設置するよう指示が出ている。実際に安倍元首相が銃撃された際には「看護連盟の方!」と叫ぶスタッフと思われる声が録音されている。

 そして、警護対象者の警備である。「警護対象者」とは、文字通り警護を必要とする者であるが、必ずしもすべての国会議員が警護対象者となるわけではない。一般的には与野党問わず政党の代表(党首)、首相経験者のほか、現役の首相、閣僚、与党の党幹部クラス、衆参議長などが挙げられる。これらの警護については、専門のSPがつくほか、地元警察による警備も行われることになる。

警護対象者の警備は用意周到に行われる

 警護対象者の警備では、通常「実査」と呼ばれる現場下見が事前に行われる。要人がどのような動線で移動するのか、車両の乗り降りの場所や徒歩移動の動線、さらに着席する椅子の場所などを地元警察やSP、選挙事務所スタッフなどで細かく確認をするほか、同行する人物などについても詳細の確認を行う。さらに、それを警備計画書の形にして、当日のタイムスケジュール進行と合わせて確認する作業も発生する。警護対象者が現場に来ることの告知(いわゆる「情報解禁」)にもルールがあり、この「実査」や「警備計画」に携わるのも、選挙事務所のごく一部の人間であることが通例だ。交通事情などの急な変更にも対応していく必要があるが、分単位のスケジュールが組まれている首相遊説などでは、数分の早着遅延すら許されないことも多く、関係者がやきもきすることもざらだ。

 しかし、これら相当な作業負荷がかかる警護対象者による応援弁士も、それだけの効果があるから行われる。首相や元首相クラスの遊説となれば、数百人から千人単位の観衆が集まることも多く、高い集票効果が期待できる。選挙において有権者に訴えかける「街頭演説」は無くすことのできない基本の「キ」であり、今回のような銃撃事件があってもなお、なくなることはないだろう。

街頭演説警備の難しさ

街頭演説のイメージ
街頭演説のイメージ写真:イメージマート

 ここまで街頭演説の警備がどのようなものかを説明してきたが、警護対象者が応援弁士で入るような街頭演説の警備は、いったい何が「難しい」のだろうか。

 まず、団体や企業の会合といった通常の警備と異なり、そもそも警護対象者は、街頭演説などで不特定多数の有権者に訴えかけることを目的としている。団体や企業の会合など、身元のわかっている人のみが参加するものと違い、通行人など一般の方も参加される街頭演説では、不審者が入り込む余地は大きい。街頭演説の聴衆ひとりひとりに身分証明を求めたり、手荷物検査を行うことは現実的ではない。

 次に、SPや警察官による警備以外のスタッフは、警備に関しては素人ということだ。街頭演説などの警備は、警護対象者がいなくても動線確保や安全確保などの観点から、通常は選挙スタッフが行うことが多い。そしてこの選挙スタッフというのは、通常は選挙運動に従事している人が充てられることが多いため、結果としてボランティアスタッフなど警備については素人がほとんどだ。

 そして最後に、不審者がいたとしても簡単に声をかけづらいということだ。選挙は公平中立に行わなければならないという大原則に基づけば、警察官は警察官であると同時に公務員でもあり、目の前の選挙現場に安易に介入することは当然躊躇われる。例えば声をかけた不審者が動揺して大きな声を出したりするようなことがあれば、街頭演説自体が止まってしまうことも考えられるだろう。野次を抑えること一つとっても、表現の自由の問題や、選挙の自由妨害になりうるかどうかといった基準に基づく判断が必要であり、犯罪の未然防止と選挙の公平担保という両天秤を推し量って行動判断をするのは、専門家であっても容易ではなく、ましてやボランティアの警備スタッフには無理だろう。

選挙現場が萎縮しないことが大事

 報道では「警備にスキがあったのではないか」とか、「直前の日程変更が警備の緩さに繋がったのではないか」といった解説も見受けられる。事件の全容解明は今後警察が行うものであり、予断を持ってこれらを解説することは差し控えたいが、ここまで述べた通り、警護対象者たる元首相の応援弁士には相当な労力がかかっていることは間違いなく、今回のことで更に警備警護が厳しくなり、街頭演説そのものが萎縮することは避けなければならない。また、有権者と直接対話をし、政策を訴えて、審判を仰ぐことが民主主義たる選挙の根幹であることからも、街頭演説そのものは今後も続けなければならない。

 参院選の候補者らと筆者が話すなかで、「明日の応援弁士が来ることで不安にさせることが申し訳ない」「一般有権者に危害が加わるようなことがあってはならない」「スタッフやスタッフの家族の動揺もあり、最終日をどのように迎えるか再検討が必要」との声も聞こえている。

 各党は銃撃された当日の午後こそ、街頭演説などの選挙運動を一時的に中断したが、多くの陣営は参院選最終日である今日から選挙運動を再開する。与野党関係なく、すべての候補者が一抹の不安を抱えながらも、立候補者の責任を果たすため、今日最終日も街頭に出ていることをぜひ心に留めておいて欲しい。当然、警備警護は強化されるだろうが、我が国は犯罪行為に屈せずに民主主義たる選挙を敢行したという実績を残すためにも、各候補には勇気を持って最終日の選挙戦に望んでいただきたいし、有権者ひとりひとりが、その候補者の責任に応える形で投票にいくことを望むばかりである。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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