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横浜市長選は稀にみる大混戦に 衆院総選挙や参院選も絡んだ「神奈川政争」の行方は

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
横浜みなとみらい地区を象徴するランドマークタワー(提供:アフロ)

 任期満了に伴う横浜市長選挙が、8月8日(日曜)告示、22日(日曜)投開票の予定で執行されます。この横浜市長選挙、衆院選前最後の大型選挙とも言われていますが、横浜だけでなく政界が注目する選挙になりつつあります。横浜市長選挙が大混戦となっている理由と「神奈川政争」の行方について、敢えて政策論点ではなく政局視点から解説していきたいと思います。

横浜市長選挙立候補予定者は現時点でも10人

 横浜市長選挙には既に立候補を表明した9人にくわえ、松沢成文参院議員(前神奈川県知事)が立候補の意向があると報道されており、今日20日にも記者会見を開いて出馬を表明する見込みです。改めて、現時点で立候補を予定している人を一覧(五十音順、敬称略)にすると下記の通りとなります。

太田 正孝 75 横浜市議

小此木八郎 56 前国家公安委員長

郷原 信郎 66 弁護士

田中 康夫 65 元長野県知事、元参院議員

坪倉 良和 70 水産仲卸会社社長

林 文子  75 横浜市長

福田 峰之 57 元衆院議員

藤村 晃子 48 動物愛護団体代表理事

松沢 成文 63 参院議員、前神奈川県知事

山中 竹春 48 元横浜市立大教授

 この10名を見るだけでも、現職市長のほかに大臣経験者、知事経験者2人(含む現職参院議員)、衆院議員経験者、現職市会議員と公職経験者がずらりと並ぶメンバーですし、公職経験の無い者の中にも国政政党の推薦者や度々国政級選挙に立候補と噂される者もおり、錚々たる顔ぶれであることがわかります。

 横浜市長選挙の立候補予定者説明会は7月17日に開催されましたが、この説明会にはこの時点で表明をしていた9陣営に加えて更に8陣営、実に17陣営が参加しています。立候補予定者説明会に出席して立候補をしないこともできますし、その逆(立候補予定者説明会に出席せずに立候補すること)もできますが、いずれにせよ稀にみるだけの多数の候補者が戦う大混戦の選挙になることは間違いない情勢です。

予想される「再選挙」の仕組みと日程は

 これだけ立候補予定者が多いと気になるのは、当選人が1回で決まるかどうかです。

 というのも、公職選挙法では選挙の当選人を決定する方法について規定していますが、市長選挙は定数1のため、当然、得票数が1位だった候補者が当選人になります。ところが、当選人は「1位」であることだけが条件ではなく、実は「有効投票総数の25%(4分の1)」の得票を獲得しなければ、1位であっても当選人になることができません。具体的には、公職選挙法の下記条文の定めの通りです。(太字装飾は筆者による)

第九十五条 衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙においては、有効投票の最多数を得た者をもつて当選人とする。ただし、次の各号の区分による得票がなければならない。

一 〜 三 省略

四 地方公共団体の長の選挙 有効投票の総数の四分の一以上の得票

 この「有効投票総数の25%(4分の1)」というのが少ないように見えて、実はかなり大変なことです。最近では千葉県市川市長選挙(2017年10月)で新人5人が立候補したところ、村越祐民氏が1位となったものの得票率が23.61%となり、当選人がいなかったために再選挙(2018年4月、村越祐民氏が当選人)となりました。また、政令指定都市では札幌市長選挙(2003年4月)で、候補者が7名立候補して上田文雄氏が1位となったものの得票率が21.7%となり、当選人がいなかったために再選挙(2003年6月、上田文雄氏が当選人)となりました。理論上、立候補者が5人以上であればこの規定により再選挙となる可能性があるわけですが、5人や7人の立候補者でも再選挙となった事例があるところ、現時点でも10人の立候補が見込まれていることから、再選挙との観測が強くなっているという流れです。

 それでは、仮に横浜市長選挙が再選挙となった場合に、いつ再選挙が行われるのでしょうか。林文子横浜市長の任期は2021年8月29日ですが、8月22日予定の投開票日で当選人がいなかった場合には、8月30日以降は市長不在となり、市長職務代行者(一般的には副市長)がその職務を代行します。選挙の投開票日は8月22日ですが、この後14日以内に横浜市選挙管理委員会に対し異議申立が行われなかった場合には、再度、選挙管理委員会を開催して、横浜市長再選挙の日程を決めることとなります。公職選挙法では、再選挙について「これを行うべき事由が生じた日から五十日以内」(第34条)と定められていますから、いずれにせよ10月中に行われる可能性が高いと言えるでしょう。

 なお余談ですが、獲得得票数が「有効投票総数の10%(10分の1)」に達しない場合には、供託金没取となります。供託金没取の場合、供託金240万円が没取されるのにくわえて、公費負担となるはずのポスター制作費や証紙ビラ印刷費、選挙運動用自動車の費用も自腹になります。政令市で最も人口の多い横浜市(今年4月現在、人口約377万人)の市長選挙ですから、選挙にかかる費用も大きなものであり、仮に再選挙となった場合の各陣営の負担額は大きく膨らむことになります。もちろん、投開票事務にかかる市の選挙執行費用も大きく膨らむことになります。

参院選の枠増や衆院選が事態を更に複雑に

 ところで、この横浜市長選挙には松沢成文参院議員(前神奈川県知事)が出馬の意向を表明しています。松沢氏が横浜市長選挙に出馬をすれば、告示日に立候補届出をすることにより、参議院議員の職は自動失職となります(もちろん、それより前に辞職をすることもできます)。ただ、これだけでは公職選挙法第113条第3項の規定(「参議院(選挙区選出)議員(在任期間を同じくするものをいう。)の場合には、通常選挙における当該選挙区の議員の定数の四分の一を超えるに至つたとき。」)に該当しない(神奈川県は改選定数4)ため、参議院議員補欠選挙は行われません。一方、来年行われる参議院議員通常選挙で神奈川県は定数5枠を争うことになります(本来の次点たる「5位」候補だけ、任期3年で当選となります)。

 また、横浜市長選挙に立候補を表明した小此木八郎衆院議員の選挙区である衆院神奈川3区に、中西健治参院議員(神奈川県選挙区)が転出して立候補するとの報道があります。自民党としては、仮に小此木氏が当選し、衆院神奈川3区に中西参院議員を転出させる場合には、来年の参院議員候補を再度検討する必要があります。

 さらに今年は衆院選の年でもあります。衆院議員の任期満了は10月21日、その選挙日程はまさに首相のみぞ知るところですが、横浜市長選挙が再選挙となれば、この衆院選の日程と重複する可能性も十分にあるでしょう。

 そもそも菅首相自身が神奈川2区(横浜市西区・南区・港南区)選出の衆院議員です。今回の横浜市長選挙では地元の自民党地方議員も小此木氏支援・林氏支援に割れていますが、菅首相自身が横浜市長選挙への態度を表明していません。第5波を受けた緊急事態宣言は当初から8月22日と比較的長めに出されましたが、この8月22日こそ、横浜市長選挙の投開票日であり、首相が東京から応援演説に行かなくて済むための口実づくりではないか、との観測すらあります。

 いずれにせよ、8月22日の横浜市長選挙で当選人が決まらなかった場合、IR賛否など政策的な合致点を個々の候補者が考慮した上で「再選挙挑戦」「選挙戦撤退」を挑むことが考えられますが、各陣営の選択肢としては更に「(今秋の)衆院選鞍替え」「(来夏の)参院選鞍替え」という選択肢もあるというのが、横浜市長選挙の事態を複雑化している要因と言えます。

選挙は再選挙含みも、林市長を中心に情勢は流動的か

現職林文子氏が25%確保できるかどうかが大きな鍵となるだろう
現職林文子氏が25%確保できるかどうかが大きな鍵となるだろう写真:つのだよしお/アフロ

 最後に情勢です。既に複数の情勢調査の「数字」が出回っていますが、現段階ではここまで述べてきた「再選挙」の可能性も十分にある展開と言えます。特に主力候補級がそれぞれ10%台の得票を確保することで、林市長が25%を確保できるのかどうかに注目が集まると言えるでしょう。

 IR賛否が焦点の一つになる格好ですが、7月10、11日に神奈川新聞社とJX通信社が合同で実施した市民意向調査では、「強く反対」「どちらかと言えば反対」の合計が70.67%、「強く賛成」「どちらかと言えば賛成」の合計が21.47%と反対が大きく上回っています。 一方、立候補予定者のIR賛否も、反対派が賛成派を上回っており、結果的にIR誘致反対票をIR誘致反対を掲げる多数の候補者が取り合う形となっています。一方、IR賛否だけが市長選の焦点ではないにしろ、単純計算ではIR賛成派をまとめたところで市長選の最低得票数(25%)には届かないため、現職である林氏がどこまで票を確保できるかが鍵となるでしょう。

 仮に再選挙となった場合は、衆院選の動きにもよりますが、IR反対派を中心に(様々な駆け引きの上で)候補者調整が進むことになるでしょう。これまで再選挙となった事例では、得票下位の候補者が撤退し、上位の候補者の支持を表明する形となる傾向がありました。いわゆる予備選挙のような様相となることが想定されますが、衆院選と日程が重複すれば国政選挙との絡みから国政政党の推薦状況などにより情勢が1回目の選挙から大きく変わる可能性もあります。いずれにせよ、再選挙含みが濃厚の横浜市長選挙は候補者同士の駆け引きにも注目してみていくと面白いでしょう。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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