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テレワーク普及のコロナ禍で選挙カーは逆効果? それでも陣営が呼びかけ続ける理由

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
有権者からの苦情も多い選挙カーは果たして選挙に必要なのか(提供:R_design/イメージマート)

選挙カーに関するツイートが話題に

 東京都議会議員選挙が6月25日に告示され、7月4日に投開票を迎えます。序盤のピークである土日を終え、選挙戦は中盤に入っています。

 平日ともなると、これまでは朝夕の駅頭演説に加えて、昼間は自宅で過ごす高齢者や主婦に政策を訴えるために選挙カーが住宅街に入るなどといった選挙戦が一般的でした。ところが、今年はコロナ禍という状況で人々の人流も大きく変化しています。

 昨日28日、Twitterでは「選挙カーの候補者さんへ。以前は家にいる老人や主婦層へ訴えてたかもしれませんが、今は在宅勤務中の人も多いです。WEB会議やってます。あとは分かるよな?」というツイートが大変多くシェアされ、話題となりました。

 人によっては不快な気持ちにもなる選挙カー、コロナ禍では逆効果になるようにも思いますが、それでも多くの候補者が今日も選挙カーを走らせているのも事実です。なぜ選挙カーは無くならないのでしょうか。

公職選挙法ではどう決められているのか

公職選挙法で選挙カーの運行についても細かく定められている
公職選挙法で選挙カーの運行についても細かく定められている写真:アフロ

 選挙カー(公職選挙法では「選挙運動用自動車」といいます)が候補者の名前を喋りながら走る行為(公職選挙法では「連呼行為」といいます)は、公職選挙法第140条の2で定められています。

公職選挙法 第百四十条の二

何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説(演説を含む。)の場所においてする場合並びに午前八時から午後八時までの間に限り、次条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上においてする場合は、この限りでない。

2 前項ただし書の規定により選挙運動のための連呼行為をする者は、学校(学校教

育法第一条 に規定する学校及び就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な

提供の推進に関する法律第二条第七項 に規定する幼保連携型認定こども園をいう。

以下同じ。)及び病院、診療所その他の療養施設の周辺においては、静穏を保持す

るように努めなければならない。

 要約すると、選挙カーは午前8時から午後8時までの間は連呼行為ができる。ただし、学校及び病院、診療所などの療養施設の周辺では静穏を保持する努力義務がある、とされています。

 従って、学校や病院などでは静穏を保持する必要はあるものの、それ以外の場所では午前8時から午後8時までの時間制限はあるものの、選挙カーを走らせることが可能となっています。コロナ禍ではあるものの、各陣営はこの法律に則って選挙カーを回しているということになります。

無視できない「単純接触効果」

 ただ、法律ではそう定められてるとはいえ、今どき選挙カーの効果があるのか、という疑問も多くあると思います。

 選挙カーは果たして意味があるのかを紐解くためには、「単純接触効果」に触れざるを得ません。「単純接触効果」はザイアンスの法則とも呼ばれるもので、人や物、サービスに何度も接触することで、その回数が増えれば増えるほど好意度が増していくという法則です。

 「単純接触効果」は、長期間で行うよりも短期間で集中的に行う方が、より効果を発揮すると言われています。典型的な例がテレビコマーシャルで、同じ時間帯で毎日数分でも接触することで、商品名や企業名を記憶し、生活者が好意を持つ傾向にあることがわかっています。

 選挙カーも同様です。東京都議会議員選挙も数多くの選挙区がありますが、多くの選挙区では、1日あれば(少なくとも国道・都道レベルの)主要道路を走ることは可能でしょう。同一政党から複数人立候補している場合などは、地区割り(テリトリー)などが決まっている場合もあり、選挙カーが回る地域も限られ、結果的に同じ選挙カーに何度も何度も出くわすことがあり得ます。その結果、心理的な変容として、候補者に対する好感度が増したり、得票そのものが増える効果が期待できるとされています。

 なお、実際に選挙カーの走行ルートを記録し、その沿道に住んでいる有権者にアンケートを行った結果から「選挙カーは立候補者の好感度を上げる効果はないものの、得票そのものには効果がある」という三浦麻子教授(社会心理学)の研究論文が選挙業界では有名で、ニュースにもなりました。興味がある方はぜひ一読されることをお勧めします。

選挙コンサルタントという立場からみた選挙カー 

 筆者は選挙コンサルタントとして、数多くの選挙事務所で選挙にかかわってきました。その経験からいっても、選挙カーは必要だと感じています。

 選挙期間中は、選挙の投票依頼目的での「戸別訪問」ができません。買収などの温床とならないように定められた条文ですが、そのために住宅街を回るためには、選挙カーで回ることぐらいしかできないのも実情です。

 選挙事務所に詰めていて、確かに選挙カーがうるさいという苦情が来ることもあります。ただ、実はそれは非常に稀で、どちらかというと熱心な支援者から「○○候補の選挙カーは来たけれど、あなたの選挙カーが来ないよ」というような苦情の方が多いのも実情です。弊社では選挙カーが今どこを走っていて、今日はどこの道をどう走ったのかを記録するGPS軌跡アプリも候補者陣営に提供していますが、どれだけ細かく選挙カーを回すことができるのか、というのが選挙戦の大きな要素であることも事実です。

 ごく稀に、選挙カーを使わずに、「選挙カーを使いません!」というマークをポスターに入れるなどして、その点をアピールする候補者もいます。選挙カーの連呼行為で迷惑を受けたことがある方や子育て中の方などを中心に、この点が響くこともありますが、他の候補者が選挙カーを使っていては、結果的に「騒音問題」は解決せず、一種のアピールにしかならないとの指摘もあります。

コロナ禍で選挙カーの運転にも変化

 コロナ禍で選挙カーに変化はあるのでしょうか。もう1年以上続くコロナ禍では、東京都議会議員選挙に限らず、数多くの選挙が行われてきました。

 筆者が選挙コンサルタントとして関与した選挙では、特に選挙カーの戦術について2つの提案を候補者にしています。

 一点目は、選挙カーを午後8時まで回さずに、午後6時半から7時頃までにすることです。緊急事態宣言やまん延防止が出されている地域では、外食をせずに勤務先から自宅に直帰する方が多いのが実情です。そのため、得票数が少なくても当選する一般市議会議員選挙などを中心に、早い時間に街宣活動を終わらせて、電話作戦に切り替えることを勧める場合もあります。

 二点目は、選挙カーの音量調整です。選挙カーの音量は、常に一定というわけではありません。例えば鉄筋コンクリート造の住宅が多い住宅街と、木造造の住宅が多い住宅街とでは、声の聞こえ方が全く違います。東京都議会議員選挙が行われている現在は、比較的気温も高く、またコロナ禍ということもあり換気のために窓を開けている家庭も多いのが実情です。これらを考えれば、音量を絞って回すことも必要になってくるでしょう。

SNSに主戦場を移動する候補者も

候補者によっては、SNSを主戦場とする選挙戦術も見受けられる
候補者によっては、SNSを主戦場とする選挙戦術も見受けられる写真:アフロ

 今回のコロナ禍においては、いわゆる街宣活動をウェイトを下げて、その分SNSに注力している候補者も多くみられるようになってきました。東京都は、沖縄県に次いで平均年齢の若さが2位タイですから、特にネット選挙の効果が出やすいとも言われています。街頭演説や演説会の回数を減らし、または密にならないように集客や動員を制限する一方、その様子をSNSでライブ配信する候補者も数多く見られるようになってきました。

 選挙カーの連呼行為が効果をもたらすかどうかは、受け手であるひとりひとりの捉え方の問題であり、必ずしも全員にとって同じ意味にはならないのです。重要なことは、選挙カーの連呼行為を聞いて「熱心な候補者だな」と響く有権者もいれば、候補者や陣営がSNSで情報発信をしているのを見て「熱心な候補者だな」と響く有権者もいるということです。選挙運動は必ずしも最適解を求める行為ではなく、時にはデメリットを承知で活動を行わなければならない場合もあります。

 コロナ禍で生活様式にも変化がある中で、候補者陣営にも変化が見えてきました。選挙戦も今日29日で折り返しとなりますが、選挙コンサルタントとして、コロナ禍における各陣営の変化や取り組みにも是非注目して欲しいと思います。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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