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コロナ自宅療養患者やホテル待機者の郵便投票が可能に 郵便投票の仕組みを解説

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 新型コロナウイルス感染症のために自宅療養を余儀なくされている人や、入国後の隔離・停留待機中の人を対象としたコロナ患者郵便投票法案(正式名称:「特定患者等の郵便等を用いて行う投票方法の特例に関する法律」)が15日、国会で可決成立しました。

 今年は衆議院議員総選挙が行われることが決まっており、また7月4日投開票の東京都議会議員選挙や、全国8つの政令市長選挙が行われるなど、まさに選挙イヤーです。感染拡大期には多くの自宅療養者が出たことを踏まえて成立した法律で、選挙における「投票」はどのように変わるのでしょうか。

自宅療養者やホテル待機患者の投票に大きな支障

 我が国で最初の新型コロナウイルス感染症患者が発生してから、まもなく1年半が経とうとしています。これまで大きな感染拡大の波を幾度となく乗り越えてきましたが、そのコロナ禍であっても選挙は延期や中止などなく、通常通り行われてきました。

 ところが、感染拡大にあたっては、受け入れ病院のキャパシティの問題などから、入院先調整や自宅療養で長期間外出ができないケースが続出しました。現在も無症状者や軽症者を中心に自宅療養となっている人がいます。そういった人たちは、原則として外出ができないことになっていますので、仮に居住地域を選挙区とする選挙が行われた場合にも投票ができないこととなります。

 同じくコロナ禍で行われた2020年のアメリカ合衆国大統領選挙では、郵便投票が拡大された結果6500万人以上が郵便投票を行い、最終的な投票率は66.7%と歴史的な高投票率となりました。我が国では米国のような積極的な郵便投票には否定的な意見が多いものの、先述のような外出のできない人の公民権を実質的に制限するこの問題を衆院選まで無視するわけにもいかず、対象と方法を議論した上で、今国会で特別法として成立させたものです。 

今通常国会で紆余曲折の末に可決

 今通常国会での可決には、紆余曲折がありました。

 当初、この法案は自民、公明、立憲民主、共産、維新、国民民主の各党と参院会派みんなの党による議員協議会で事前合意をしたものでした。立憲民主や国民民主は濃厚接触者も対象とするように要望したのに対し、与党は濃厚接触者の認定には相応の時間がかかり、保健所業務が負担することなどを理由に難しいと返答し、今後の課題として棚上げすることで合意しました。

 ところが、衆院に法案が提出されると、政治倫理確立・公職選挙法改正特別委員会への付託を立憲民主と共産が拒みます。立憲民主は当初合意していたものの、法律の公布から施行までの期間を5日間としたことに、東京都議選に向けて与党が組織戦で有利に進めるためだと反発し、反対に回ります。同様の主張に加えて、請求用紙や投票用紙をポストに投函することなど実務上の懸念を表明した共産党が反対したことで、与党対野党の構図が固まりました。

 さらに8日の衆院本会議では、条文中で「条」となっているべき箇所が「項」となっている箇所が見つかり、急遽採決を見送る事態も発生。通常国会会期末が目前に迫るタイミングで参院に送付されました。参議院でも衆議院に引き続き、立憲民主と共産が反対をしましたが、15日の参院本会議で賛成多数で可決・成立します。まさに会期末を翌日に、東京都議選の告示日を10日に控えたギリギリのタイミングでもありました。

 与党が今国会での成立を急いだ背景には、組織戦を中心に「入れたいのに入れられない」票を投票に繋げるための法整備だったのでは、とみる観測があります。東京都議会議員選挙はコロナ禍ということもあり、各陣営とも浮動票の動向が読みづらく、固定票である後援会や支援組織を1票も漏らさずに確実に得票に繋げたいと考えるのは当然の心理でしょう。衆議院議員総選挙についても同様で、今年11月までには必ずある衆議院議員総選挙までに、コロナ禍が完全に終わっている保証はなく、同様の理由から法整備を急ぐ必要があると判断されたのでしょう。筆者は選挙プランナーとして選挙の現場に携わっていますが、実際にコロナ禍の選挙では選挙期間中に体調不良となり投票所に行くことを諦めるような話も何度となく聞きました。候補者からすれば「どうしても欲しい1票」、有権者からすれば「どうしても入れたい1票」のための特別法は、完璧な形は難しいにしても必要なものだったと感じています。

万が一のとき、郵便投票をするための流れは

郵便投票までに、事実上2回の投函作業が有権者に発生する
郵便投票までに、事実上2回の投函作業が有権者に発生する写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 成立した特別法は、6月25日告示となる東京都議会議員選挙には施行されていることになります。それでは、実際に郵便投票はどのような流れで行われるのでしょうか。万が一、コロナ感染者となり自宅療養となった場合を想定した流れを見ていきたいと思います。

 郵便投票を行うためには、①投票用紙の請求②投票用紙の到着③郵便投票という3つの流れがあります。いずれも電話やメールではなく、郵送によって手続きを行うことになります。詳しく見ていきましょう。

 コロナに感染した軽症者や無症状者といった自宅療養者や、入国後の隔離・停留者は、郵便投票をしたいと考えた場合、①保健所等から交付される外出自粛を要請されていることや、入国後の隔離・停留措置を受けていることがわかる文書を、居住している市区町村選挙管理委員会に郵送して、選挙の「投票用紙」と「投票用封筒」を請求します。

 次に、②市区町村選挙管理委員会は①の請求に基づいて、当該選挙の「投票用紙」と「投票用封筒」を郵便により選挙人に送付します(このとき、必ずしも住民票のある自宅ではなく、隔離・停留中のホテルに送付することもできます)。

 そして、③選挙人は、届いた投票用紙に自宅などで候補者名を自ら記載した上で、自署した投票用封筒にその投票用紙を入れて市区町村選挙管理委員会に郵便により送付します。これで郵便投票が完了となります。

 文書の流れとしては①、②、③と「1.5往復」となり、有権者には2回の投函作業が発生します。一見、非効率的にも見えますが、不正選挙を防止する観点から実際に自宅療養や隔離・停留措置が行われていることの確認や、二重投票の不正防止も踏まえると、致し方ない制度とも言えます。投票の権利が民主主義の根幹をなす貴重な権利であることを踏まえれば、効率よりも確実性をとる必要があるのは当然と言えるでしょう。

実際にこの制度を利用して投票をしようと考えた場合には、居住する市区町村に設置されている選挙管理委員会に電話をした上で、郵便投票制度を利用したい旨を説明すれば、事務的な流れについて説明をしてもらえるはずです。なお、この制度の対象者はあくまでコロナ感染が確定して自宅療養となっている人で、いわゆる濃厚接触者は対象にならないことには注意が必要です。

まだまだ山積する投票の課題

 しかし、この郵便投票法も必ずしも万能ではありません。国会審議でもいくつかの問題点が指摘されています。

 まず第一に、そもそも前述のように2回の郵便投函作業が自宅療養者に可能か、という問題があります。同居家族に投函を依頼できる場合はともかく、一人暮らしの場合、軽症者とはいえ体調に異変のある人がポストに2回投函するために外出できるのでしょうか。日本には郵便ポスト​が18万1,523本(平成29年版 情報通信白書)ありますが、必ずしも徒歩圏内にあるとは限りません。

 第二に、「1.5往復」する郵便送付の日数です。東京都議会議員選挙は告示から投票日まで9日間、衆議院議員総選挙は12日間ですが、その他の選挙では短い場合5日間というケースもあります。選挙期間中に体調不良となり自宅療養となった場合では、郵便投票の送付が間に合わない事態も想定されます。もっとも、期日前投票制度がこれだけ普及している今、コロナ禍だからこそ「選挙は投票日にこだわらず早い時期に投票」するべきとも言えるでしょう。

 第三に、宿泊療養者へは宿泊施設で期日前投票・不在者投票が行われている現状から、手間などの違いによる公平・平等性の問題があります。共産党は選挙期間中に自宅療養者も一時的に宿泊療養すれば投票できると意見するなど、投票機会の平等性を担保するよう審議で意見しました。

抜本的な解決にはネット投票しかない
抜本的な解決にはネット投票しかない提供:PantherMedia/イメージマート

これらの山積する諸問題を根本的に解決するには、インターネット投票の実現が鍵となるでしょう。諸外国でもまだ実現している例が非常に少ないインターネット投票ですが、立憲民主党と国民民主党は11日に「インターネット投票の導入の推進に関する法律案」(インターネット投票推進法案)を衆議院に提出しました。この法律案では、最終的にインターネット投票を実現することを目的としており、在外投票や新型コロナの宿泊療養者及び自宅療養者の投票についてインターネット投票を早期実施、令和7年(2025年)の参議院議員通常選挙での本格施行を狙うものです。

 ネット投票の実現には本人確認の問題(なりすましの防止)や、操作性などユーザビリティ視点での公平・平等性、さらには悪意ある攻撃や外国からの攻撃に対応するセキュリティの担保、停電や通信障害といったトラブル時の対応など多岐にわたる問題を乗り越えなくてはなりません。茨城県つくば市や東京都町田市など自治体単位でネット投票の実現に取り組む動きもある中で、アフターコロナの選挙業界が抜本的な改革に繋がるかどうかにも注目したいと思います。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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