「Go To トラベル」見直しで更に深まった中央と地方の溝、その根本的原因を探る

「Go To トラベル」キャンペーンが岐路に立たされています(写真:西村尚己/アフロ)

 コロナ第三波による「Go To トラベル」政策の見直しが波紋を広げています。国は「都道府県に判断して欲しい」と主張する一方、地方は「国が責任を負うべきだ」と訴え、対立する構造が鮮明になってきました。緊急事態宣言の解除においても同様の対立構図が生まれた根本的原因も含めて考えていきたいと思います。

 公共交通機関や航空業界・宿泊業界といった旅行業をはじめや、飲食店や物販店などに経済的な恩恵をもたらすことを狙った「Go To トラベル」政策が鳴り物入りでスタートしたのが7月22日。来年1月31日までという事業期間の道半ばで、コロナ第3波によりコロナ関連の経済対策における目玉事業は大きな転換点を迎えることになってしまいました。「Go To トラベル」事業の総予算は(事務局経費なども含んで)約1兆1千億円というこれまでの経済対策事業から考えればまさに空前絶後の事業が、まさに今、大きな壁にぶつかろうとしています。

 「Go To トラベル」事業の推進と感染拡大防止との両立をどのようにバランスするかは、まさに政治家の政策意思決定であり、政治責任論にも直結します。ところが、国も都道府県も、この「Go To トラベル」に関する政策の意思決定について、責任は相手方にあると主張する状況が続いています。

国と地方それぞれの主張は

 国の、「Go To トラベル」の運用見直しに関する姿勢は、政府コロナ対策を実質的に統括している西村康稔経済再生担当相による「誰よりも現場の状況を一番良く分かっている知事に、まずはしっかりと判断してもらいたい」(22日)という発言に現れています。日本全国一律で同じ感染状況ではないことや、都道府県毎や地域毎の特性などを鑑みて判断して欲しいという趣旨を含んでいることが前提にあるでしょう。

 では地方の意見は「国に責任を負ってもらう」という点で一致しているのでしょうか。GoToトラベルの見直しに対する知事の意見をつぶさに観察すると、わずかながらも温度差があるのを感じることができます。

 感染者数の最も多い東京都の小池百合子都知事は「国に判断する責任がある」(24日)と発言し、吉村洋文大阪府知事は、「国が最終判断すべきだ」としつつ、「聞かれた時に『知りません』というのは無責任、意思表示はすべきだ」とコメントしています。また、愛知県の大村秀章知事は「国の事業として基準は示してもらわないと対応できない」、北海道の鈴木直道知事は「最終的に国が判断する」「知事か国かと言っているうちにどんどん判断が遅くなる」とそれぞれ発言をしました。

現実を見据える知事、主張を訴える知事

 それぞれの知事のコメントから一貫して見えてくるのは、最終的な判断は国が負うべきだという「姿勢」です。その一方で、都道府県が国の判断にどの程度関与するのかや、国と都道府県の責任問題を焦点化するか、もしくは一刻も早い判断のために責任所在論の焦点化を避けて現実的な対応を取るか、という点においては若干の差があると言えるでしょう。特にこれからのシーズンが最も注目される北海道は、札幌市を中心とした新規感染者数が(直近1週間あたりの人口10万人あたりの感染者数で東京都や大阪府の2倍近くと)急激に増加しており、重症患者の数こそ比較的抑えられているものの、「ステージ3」の状況にあることから医療供給体制の逼迫が現実のものになっています。国と地方の責任論の前に現実的な意思決定をしていきたい鈴木知事の思惑がコメントからは透けて見えます。

 一方、東京都は「Go To トラベル」事業開始当初は感染拡大の状況にあると判断されて対象地域から除外され、10月から対象地域に追加されて事業が開始したばかりでした。この除外や追加を決定したのが政府だったことから、再度の除外を都の責任とすべしという国の意見に対する小池都知事の反発は強く、現時点においても折り合いがついているようには見えません。責任論に終始している姿勢を問題視する声もありますが、意思決定のプロセスはそのまま政策責任の所在であり、または財源の問題にも繋がりますから、一筋縄で「政府のいうがまま」という訳にはいかないのも納得がいく話です。

 また、大阪府は、5月の緊急事態宣言の解除においても「国と地方の意思決定」について西村大臣と揉めた過去があります。大阪府が独自の休業・自粛の数値基準「大阪モデル」を打ち出した5月5日の記者会見で「「具体的な基準を示さず、単に宣言を延長するのは無責任だ。具体的な指標を全国に示してもらいたい」と発言したのに対し、西村大臣が「休業の要請・解除は知事の裁量。解除する基準は当然ご自身の説明責任」「都道府県の裁量・権限の拡大を主張しながら、自身の休業要請の解除の基準を国が示してくれというのは矛盾。仕組みを勘違いしているのではないか」などと発信し、大阪都構想住民投票を前にした国と地方の権限と責任論も相まって注目を集めました。都構想住民投票の結論は出ましたが、吉村知事に対する人気は今も健在で、今後またこの問題が先鋭化する可能性も十分にあるでしょう。

根本的な原因はどこにあるのか

 これら一連の国と地方の衝突の根本原因はなんでしょうか。答えは今回の新型コロナウイルス感染症感染防止施策のもととなる「新型インフル特措法」にあります。同法においては、外出自粛の範囲や期間、適用される施設の業種などは各知事が決定する権限を有しています。ところが、政府は基本的対処方針に基づいた「総合調整」によって、知事に指示を出す権限を一応は有しており、国と地方による(自粛や政策取りやめなどといった)私権制限や経済不況を招く可能性のある後ろ向き施策のチキンレースとなっているのが実情です。都道府県知事が判断をしても、国が知事に対して指示を出す権限がある様子を小池都知事は4月の記者会見で「社長と思ったら中間管理職になった感じ」と表現しましたが、この状況は今春から何も変わっていません。

特措法改正という立法措置の責任所在は内閣と国会にある

 今開かれている臨時国会は12月5日で閉会をする見込みであり、来年1月の通常国会まで1ヶ月程度の冬休みに入る見込みです。しかしながら、足元を見渡せばコロナの感染拡大状況は第一波、第二波を超える第三波が到来しており、医療供給体制の逼迫などといった懸念が指摘されています。臨時会ではコロナワクチン接種に関連する法案こそ可決成立しましたが、この特措法における国と地方の権限問題は4~5月に課題が見えたにも拘わらず、9月の臨時会や10月から開かれている今臨時会でも改正の具体的な動きがありませんでした。

 特措法の改正案という法案提出の権限を有しているのは内閣と国会のみで、知事にはありません。更に逼迫した状況下でも国と地方の責任論が続かないよう、政策決定プロセスと責任の所在の明確化をするための立法措置の責任が、内閣と国会に問われています。