市長選挙で相次ぐ「給付金公約」問題と、政策本位選挙の限界

特別定額給付金は国から一律1人10万円が支給され、大きなインパクトを与えた。(写真:森田直樹/アフロ)

コロナ禍の選挙で相次ぐ「給付金支給公約」

 今年10月から11月に行われた自治体首長選挙では、「市独自の給付金を支給」という公約を掲げた候補者の出馬する選挙が注目を集めました。生活困窮者のみならずほとんどの市民が「独自の給付金」をもらうことに喜ぶことは間違いなく、投票行動の大きなインセンティブになったことは間違いありません。一方、予算の組み直しや基金の取り崩しといった財源確保には議会の承認が必要で、議会が非協力的であったりするなどして実現不可能に近い公約のまま選挙戦を勝ち進んでしまうケースも見られました。「給付金公約」を掲げる選挙の問題点と、政策本位の選挙が抱える「限界」についてみていきたいと思います。

 冒頭、市民に対して給付金を支給することを公約や政策として掲げた選挙が注目を集めたと言いましたが、具体的には下記に列挙するような選挙が話題となりました。

10月の岡崎市長選挙で当選した中根やすひろ氏の選挙公報(岡崎市選挙管理委員会HP)
10月の岡崎市長選挙で当選した中根やすひろ氏の選挙公報(岡崎市選挙管理委員会HP)

 愛知県岡崎市長選挙(10月18日投開票)では、3選を目指した無所属現職の内田康宏氏を無所属新人で元衆院議員の中根康浩氏が破り、初当選を決めました。中根氏は「新型コロナウイルス対策として全市民に一律5万円を給付」と公約に掲げましたが、当選後に財政調整基金や特定目的基金を廃止して給付金の原資に充てる方向に、同日選で選出された市議が反発。11月18日の岡崎市議会本会議で、当初の「一律5万円」の補正予算は否決されました。中根市長は給付先を低所得者に絞るなど再検討をする以降を表明しています。

 愛知県豊橋市長選挙(11月8日投開票)では、無所属新人の鈴木美穂氏が、当初は「全市民に5万円を給付する」公約を掲げていたものの、告示直前に開催された市長選の公開討論会で、「考えるところと方向性が違ってきたので、公約から外したい」と述べたほか、地元紙の取材に対しても「全市民への5万円給付しか見てもらえず、他の政策が消えてしまっていた。違和感を覚え、取り下げる決断をした」と答えるという事案がありました(選挙結果は落選)。前掲の岡崎市と地理的にも近く、また中根市長の当選によって5万円給付という公約の威力が明らかになったことで便乗したとの見方があった一方で、実現可能性が問われていた時期とも重複したことから、最終的に政策取り下げの判断に至ったものとみられています。

11月の丹波市長選挙で当選した林時彦氏の選挙公報(丹波市選挙管理委員会HP)
11月の丹波市長選挙で当選した林時彦氏の選挙公報(丹波市選挙管理委員会HP)

 兵庫県丹波市長選挙(11月15日投開票)では、元丹波市議会議長の林時彦氏が同じく「全市民に5万円給付」を公約にして当選しました。財源については選挙戦の焦点となっていた市役所統合庁舎整備計画の凍結を訴え、これによって5万円給付に必要な財源の大半を、「庁舎整備事業基金」から賄う方針を示しました。議会では統合庁舎整備計画に賛成する議員も多いことから、予算案が否決された場合には地方自治法に基づく議会解散も検討することを示唆するなど、対立構図となる可能性が強まっています。

5月の小田原市長選挙で当選した守屋てるひこ氏の選挙公報(小田原市選挙管理委員会HP)
5月の小田原市長選挙で当選した守屋てるひこ氏の選挙公報(小田原市選挙管理委員会HP)

 このほか、選挙公報に「ひとり10万円」と記載した内容が、市独自の給付金ではなく国の特別定額給付金を指していると弁明した神奈川県小田原市長選挙(5月17日投開票)や、公約ではなく既に実行に着手している「千代田区特別支援給付金(1人12万円)」が、自身の政治スキャンダルを隠すための政策ではないかと指摘を受けた東京都千代田区長選挙(2021年1月31日投開票予定)など、コロナ禍における自治体独自の給付金公約・政策はトレンド化しています。

公約が達成されなければ市長は辞職すべきか

 さて、実際に選挙戦で打ち出した公約が守られないことがわかった場合、当該公職者はどうするべきでしょうか。

 政策や公約を投票の判断材料とした有権者からすれば、政策実現の可能性が無くなった時点で、有権者の負託に応えられなかったのだから、辞めるべきだ。との声があるのは自然なことです。大阪都構想住民投票では2度の否決において橋下元大阪市長の政界引退や、松井大阪市長の政界引退など、「実現できなかった責任としての退任」をするケースもあります。

 ただ、公職者が辞職をすれば、首長であれば直ちに補欠選挙が行われることになります。前掲の岡崎市長選挙や丹波市長選挙は、わずか1ヶ月以内に選挙が行われたばかりであり、再度選挙を行うことは行政事務的なコストも大きくのしかかりますし、有権者の理解が得られないかもしれません。選挙戦前後には政治的空白が生まれがちですが、コロナ禍の現状において中長期の政治的空白を生む連続選挙の実施は避けるべきとの意見も多くあるでしょう。首長の提案(予算案)を否決した議会を地方自治法に基づいて解散することも、同様の理由で忌避される可能性があります。(前掲の岡崎市長選挙は岡崎市議会議員選挙も同日日程で執行されているため、議会を解散すればわずか1ヶ月足らずの任期で再度選挙を迎えることになります。議席獲得の状況が大きく変わらないことが想定され、行政の無駄遣いとの指摘を受ける可能性が高くなります。)

 また、多くの場合、「公約」は一つではないはずです。例えば大阪維新の会も「大阪都構想」が一丁目一番地の政策であったとはいえ、教育や医療、福祉政策など様々な政策も打ち出していました。目玉政策や一丁目一番地政策の否定は確かに大きい判断軸ではあるものの、唯一の判断軸にもなりえないはずですから、その他の政策の実現可能性も踏まえて任期を全うするなどの選択肢も現実的には残されるはずです。

 仮に市長がこだわりのあった政策が実現できず、それにより市政が大きく停滞したり、議会と執行部との対立が決定的になってしまって市政運営に大きな支障が出るようなことがあれば、現実的な打開策として市長の辞職なども選択肢としては残ります。ただ、いずれにせよ辞職からの再選挙にかかる人的コスト、経済的コスト、政治的空白と天秤にかけるという考え方は持つべきでしょう。

選挙は「全権委任」であることを思い出す

 今年はコロナに始まり、コロナに終わる一年でした。多くの自治体首長をはじめとする政治家が、コロナ対策に奔走しました。ただ、(コロナ禍において行われた選挙で当選した政治家を除いて、)コロナ前に選挙に当選して現職に就いていた政治家は、コロナに関連する公約を以て信任されたわけではなく、任期中に新たに発生した課題に対して「従前からの信託に基づいて」政務にあたっていることになります。何が言いたいかというと、選挙戦における「政策や公約」は万能ではなく、選挙後に新たに発生する未知なる事象に対応する政策にまではコミットできない以上、「政策のミスマッチが将来にわたって起きない」という保証はどこにもないということです。

 筆者は、とある自治体選挙に向けての打ち合わせで、候補予定者と小沢一郎衆議院議員との挨拶に同席する機会がありました。この時に小沢一郎議員が「選挙とは、任期4年の全権委任だ」と候補予定者に諭していたのが強く印象に残っています。4年という任期の間に、大災害や疫病など想定しない出来事が発生するかも分からない。その時にリーダーを誰にするのか、というのが選挙だという趣旨だったと記憶しています。まさに東日本大震災や新型コロナウイルス感染症で、「リーダーシップ」や「情報発信力」がクローズアップされた政治家と、そうでなかった政治家との違いのポイントとも言えるでしょう。

「政策本位」一辺倒が正しいとは言い切れない

 ここまで公約や政策の実現可能性についてや、想定されていなかった事象に対する政策に対する限界について説明をしてきました。これまで説明してきたことを踏まえて筆者が最も伝えたいことは、選挙が必ずしも「政策本位」一辺倒であるべきではないということです。選挙コンサルタントが「選挙が政策本位である必要が無い」などと言えば、それは問題のように聞こえるかもしれません。然しながら、「政策本位」至上主義からは脱却するべきだと考えています。

 仮に「政策」だけを主軸に考えるのであれば、政策立案に優れた者が選出されるはずです。しかしながら、政策は実行に移して初めて意味があるものになりますから、訴えた政策を実行する実行力が問われます。議会を通す必要がある内容であれば議会との折衝力も問われますし、国などとの交渉力が必要なこともあります。

 選挙コンサルタントをしていて特に重要視しているのは、有権者と公職の候補者との間の「特性同士のマッチング」です。例えば、「状況に応じて政策は臨機応変に変えていくべきだ」と考える人と、「状況に関係なく一度訴えた政策は初志貫徹すべきだ」と考える人は、イデオロギーに関係なくそれぞれ一定数いて、いずれも正しい主張のように思えます。ここの考えが一致すれば、政策の一致不一致に拘わらず親近感が湧くこともあり得ますし、その一方で政策の内容に関係なく、「融通が利かない人だ」とか「すぐに意見をひっくり返す人だ」といった印象を持てば、自然と応援しなくなるでしょう。協調性を重要視するかどうかや、ストレスに対する耐性があるかどうかや、社交性があるかどうか、などといった観点は政策の中身やイデオロギーとは離れたところで、応援する政治家を決定する因子になり得ます。同一の政党に所属する国会議員でも、ひとりひとりの行動特性が異なることから、ファン層が微妙に異なることとも、これらから説明がつきます。

 本来は、こういった人間性や行動特性も鑑みて候補者選定を行うべきなのです。しかしながら、現代の選挙においては、「政策マッチング」などに代表されるように、政策本位選挙こそが美徳であり理想だと考える風潮があります。筆者は、選挙における候補者選定ポイントのうち、「政策」は重要ではあるものの一要素に過ぎないと思っています。実現可能性を疑わざるをえない政策や公約を頭から信じて鵜呑みにせず、候補者の人間性や行動特性にも目を向けて、「任期中の全権委任」ができるかどうかを考えた投票行動が有権者には求められているのではないのでしょうか。筆者も選挙コンサルタントとして、政策だけでなく候補者の人間性としての魅力や行動特性を訴える選挙を心がけていきたいと考えています。