XR技術で観光資産の付加価値向上

オミクロン株の流行をはじめ、いまだ予断を許さないコロナ禍の状況。一方で国内では経済再生をにらんだ施策も計画中だ。観光業はその一つで、地元の都道府県のホテルや宿に宿泊する場合、割引や特典がつく「県民割」のエリアが拡大している。新たなGoToトラベル制度についても議論が進められており、事業の再開時期は未定ながら、業界関係者の注目を集めている。

こうした中、XR技術を用いて文化財や観光資産の付加価値向上を進める動きが全国で進行中だ。本コラムでも過去に大阪府堺市による『タイムトリップ堺』、京都府向日市による『AR長岡宮』、愛知県名古屋市による『Go!Go!しだみ古墳群』の事例を紹介してきた。そのうえで、今回は滋賀県彦根市の一般社団法人近江ツーリズムボードが製作した『体感 国宝彦根城』の事例を取り上げよう。

彦根城天守閣(筆者撮影)
彦根城天守閣(筆者撮影)

慶長9年(1604年)に着工された彦根城は、攻撃と防御に優れた設計思想の一方で、一度も戦乱に遭わなかった城としても知られている。明治時代に解体の危機に見舞われたが、往時の面影が良く残る貴重な文化財として保存が決定。昭和27年(1952年)に国宝に指定された。姫路城・松本城・犬山城・松江城と共に、全国で5城しかない国宝天守として、また彦根市のランドマークとして、広く親しまれている。

一方で彦根市を中心とした琵琶湖の湖東エリアは、安土城跡(近江八幡市)や、長浜城(長浜市)を筆頭に、さまざまな史跡が存在する。歴史ファン・戦国ファンならずとも、訪れてみたいエリアだろう。筆者もその一人で、コロナ前の2018年に観光に訪れた。もちろん彦根城も散策していたのだが、今回スマホを片手にアプリを楽しみながら再訪したことで、さらに深く魅力を知ることができた。

本アプリには、守備兵を倒す数を競うミニゲームが3つ収録されており、それぞれ城内の各エリアでプレイできる。写真は第一のチェックポイント「桝形虎口」のゲームだ(アプリ画面をキャプチャ)
本アプリには、守備兵を倒す数を競うミニゲームが3つ収録されており、それぞれ城内の各エリアでプレイできる。写真は第一のチェックポイント「桝形虎口」のゲームだ(アプリ画面をキャプチャ)

360度動画とCGで臨場感を演出

『体感 国宝彦根城』には大きく「解説文を読む」「解説動画を見る」「ミニゲームを楽しむ」「ARアプリ(=井伊直政兜AR)を楽しむ」という4つの楽しみ方がある。このうち「解説文を読む」「解説動画を見る」はアプリをインストールすれば、全国どこでもオフラインで使用できる。観光中もGoogleマップと連動した地図機能を用いて、現地を巡りながら解説などが楽しめる。

続いて「ARアプリを楽しむ」はCGの兜を重ねて自撮り画像を撮影したり、SNSに投稿したりして楽しめるモードだ。全国どこでも撮影できるとはいえ、この手の画像は、やはり現地で撮影したいもの。彦根城の観光中でこそ、真価を発揮するモードだろう。

これに対してミニゲームは、城内の特定スポットでしか楽しめないプレミアムコンテンツだ。プレイヤーは彦根城に侵攻してきた敵兵という設定で、「桝形虎口」「大堀切」「天守閣」で守備側の軍勢と戦っていく。ゲームは画面をタップしながら敵兵を倒していくカジュアルなシューティングゲームで、360度の実写動画とCGが巧みに合成されており、シンプルな作りながら臨場感は抜群。彦根城がもつ軍事要塞としての特徴が、改めて理解できた。

第二のチェックポイント「大堀切」。左右から攻撃してくる守備兵にも注意だ(アプリ画面をキャプチャ)
第二のチェックポイント「大堀切」。左右から攻撃してくる守備兵にも注意だ(アプリ画面をキャプチャ)

最後は天守閣から攻撃してくる守備兵と戦おう(アプリ画面をキャプチャ)
最後は天守閣から攻撃してくる守備兵と戦おう(アプリ画面をキャプチャ)

また、解説動画では名古屋在住のラジオDJ・インバウンド観光アドバイザーで、日本の城郭や甲冑文化にも明るい、クリス・グレンさんによる解説が収録されている。彦根城には攻撃側が攻めにくいように、あえて石段の幅を変えていたり、何重もの防御施設が設置されていたりと、さまざまな工夫が施されている。もっとも、これらは普通に観光するだけでは、なかなか気づきにくい。今回は観光をしながら動画を視聴することで、より深く学ぶことができた。

アプリにはクリス・グレンさんが解説する全11本の動画も収録されている(アプリ画面をキャプチャ)
アプリにはクリス・グレンさんが解説する全11本の動画も収録されている(アプリ画面をキャプチャ)

日本で珍しいDMO主導の観光アプリ開発

本アプリを製作した近江ツーリズムボードは、観光庁の認定を受けたDMO(観光地域づくり法人)だ。観光地域づくりの舵取り役として、産官学民の多様な関係者を巻き込みながら、地方創生にむけた戦略策定を進めている。観光産業だけでなく、さまざまな業態の地元企業が参画しており、彦根市をはじめとした湖東エリアの3市4町が広域連携するプラットフォームになっている点が特徴だ。

同団体の職員で、アプリの製作担当もつとめた小島聖巳さんによると、アプリ製作は平成31年(2019年)度の観光庁による助成事業「広域周遊観光促進のための専門家派遣事業」がきっかけだった。コロナ禍の直前で、全国の自治体や観光地にとって、インバウンド需要拡大のための施策が求められていた時期だ。本事業を通して外国人アドバイザーを招聘し、彦根城についても外国人目線で指摘を受けた。

そこで得た知見が「外国人観光客の多くは、史跡や文化財に関する基本的な知識に乏しいため、日本語の直訳による解説文だけではわかりにくい」こと。そして「史跡や文化財に『ご当地キャラクター』などの付加価値を求める日本人と、当時のままの状態で楽しみたい外国人観光客とで、ニーズに違いがある」ことだった。これを受けて外国人ライターによる解説文を作成するなど、さまざまな観光整備が行われた。

この成果を受けて企画されたのが、本アプリだ。製作には文化庁令和2年度の文化資源活用事業費補助金(文化財多言語解説整備事業)を活用し、総予算は約2300万円にのぼった。内訳は動画制作費・ローカライズ費(日本語・英語・繁体字・簡体字)・企画監修費・アプリ制作費などで、このうちアプリ制作費に関する委託事業費の上限は650万円だった。

なお、近江ツーリズムボードの公式サイトには、開発にむけて実施された公募型プロポーザルの仕様書が掲示されている。「近江ツーリズムボードが別途作成する彦根城の解説動画や解説文がアプリ内で再生できること」「体験者の満足度調査ができること」「AR技術を活用すること」などの文言が並ぶ一方で、ミニゲームの要素は入っていない。事業者の独自提案によるもので、採択理由の一つになったという。

彦根城の注目スポットの一つ、天秤櫓(筆者撮影)
彦根城の注目スポットの一つ、天秤櫓(筆者撮影)

櫓の左右で石の積まれ方が異なる石垣。石垣が積まれた年代の違いによるもので、アプリのおかげで気づくことができた(筆者撮影)
櫓の左右で石の積まれ方が異なる石垣。石垣が積まれた年代の違いによるもので、アプリのおかげで気づくことができた(筆者撮影)

アプリ制作を受託したのは大阪のゲーム開発会社、ジーンだ。仕様書にある「AR等最先端の技術を用いることにより、解説文や動画の内容の理解をさらに深めるアプリの内容とすること」という一文をもとに、ミニゲームを含めた統合型パッケージが提案された。攻防に優れた彦根城の特性を、遊びながら理解させる意味合いが込められたという。ゲーム会社ならではの企画提案力だといえるだろう。

アプリに収録されている、Googleマップを組み込んだ彦根城の周遊マップ(アプリ画面をキャプチャ)
アプリに収録されている、Googleマップを組み込んだ彦根城の周遊マップ(アプリ画面をキャプチャ)

点から線へ、そして面へと施策を展開

小島さんは「映像制作、ローカライズ、そしてゲーム開発と、その道の専門家の力が結集して、クオリティの高いアプリになった」と振り返った。中でもキーパーソンとなったのが、企画監修をつとめたグレンさんだ。「テレビ番組『CASTLE QUEST』(NHK WORLD)で彦根城が取材されたことをきっかけに、本作の製作に参加していただき、2020年9月の近江観光大使に就任いただきました」

『CASTLE QUEST』は、グレンさんが日本の名城を「城攻め」という観点から紹介する情報番組だ。主な視聴者は海外に住む日本人や、日本文化に興味関心のある外国人で、彦根城の特徴を世界に発信するうえで最適な切り口だった。アプリ製作でも映像出演するだけでなく、自ら解説用の映像台本を、英語と日本語で執筆するなど、さまざまな形でかかわったという。

2021年10月末現在のダウンロード数は約1700件。この数が多いか少ないかは判断がわかれるところだ。もっとも、他の自治体主導アプリと同じく、本アプリも「出して終わり」ではない。彦根市と連携し、既存の看板にQRコードを貼るなど、プロモーションの強化が検討されている。また、教育機関におけるタブレットなどの普及にともない、本アプリを小学校の地域学習や調べ物学習に活用してもらう、多言語化された映像パートを用いて、中学校で英語の学習に活用してもらう、などを企画中だ。

また、近江ツーリズムボードでは彦根市を中心に、湖東エリアを舞台としたツアーパッケージ「びわ湖のうえの物語」を展開している。一方で彦根市は滋賀県とともに、彦根城の世界遺産登録にむけた取り組みを進行中だ。『体感 国宝彦根城』もまた、こうした施策の一つに位置づけられている。こうした観光資産を点から線、そして面につなげる施策は、ゲーム会社単体ではなし得ないものだろう。

小島さんは「地元の観光資産に対する熱意、いわば『地元愛』がアプリ開発の成功を左右するのでは」と語った。アプリ開発にかぎらず、地域活性化にはさまざまなステークホルダーが登場する。それらを「三方良し」の精神でまとめるためには、中心となる軸が欠かせない。それが「地元愛」であることに、あらためて気づかされた取材だった。

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