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千利休から茶の湯のおもてなしが受けられる~公共施設では珍しいVR常設展示

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
『タイムトリップ堺』(3DCG画面は堺市提供)

VRで再現された中世・堺の町並みと千利休

中世に貿易港として発展し、千利休を中心に茶の湯文化が華開いた堺。しかし、大坂夏の陣と堺大空襲で焼け野原となり、往年の姿は失われている。こうした中、VR(仮想現実)で当時のにぎわいや、茶の湯文化の魅力を現代に伝える特設コンテンツ「VR体験『タイムトリップ堺』」が2021年4月、文化観光施設「さかい利晶の杜」(大阪府堺市)でオープンした。官民連携で作られた本コンテンツの制作経緯や魅力について、関係者に話を聞いた。

本コンテンツはVRゴーグル「Oculus Quest2」むけの、約9分間にわたるインタラクティブコンテンツだ。館内の旧「利晶の杜シアター」に設置され、同時に12人(コロナ禍により6人に制限)が楽しめる。CGで加工した四季折々の映像が流れる室内に案内された後に、丸テーブルに向かって立ち、指示に従ってOculus Quest2を装着。VR空間内に表示される言語アイコン(日英仏中韓)から、視線認識で日本語を選択すれば、体験開始だ。

コンテンツは二部構成で、前半で天正期(1573年~1592年)の堺の町並みを、音声ガイドを聞きながら俯瞰視点で眺められる。じっと立って眺めるだけでなく、体をかがめたり、左右に動いたりして、視線を自由に移動させることも可能だ。ジオラマと異なり、通りを多くの人々が往来したり、生活を営んだりする様子も活き活きと再現されているため、当時の賑わいが良く伝わってきた。

3DCGで再現された中世の堺
3DCGで再現された中世の堺

また、一部の最後には市内に現存する寺社仏閣などの観光スポットも表示された。VR空間上に浮かぶアイコンに視線を合わせると、その場所の名称が写真と共に表示される仕組みだ。堺市の観光スポットといえば、世界遺産にも認定された「百舌鳥・古市古墳群」が有名だが、本施設が位置する市の中心部にも、千家ゆかりの寺として知られる南宗寺をはじめ、さまざまな観光スポットがあることが実感できた。

後半では茶聖として名高い千利休から茶のおもてなしが受けられる。VR空間内で広がる茶室は、利休作で唯一現存する妙喜庵の国宝「待庵」を再現したものだ。Oculus Quest2のハンドトラッキング機能を生かして、専用コントローラーを使うことなく、実際に手で茶器を受け取ることが可能だ。身長180センチと大柄だった千利休と、わずか二畳しかない茶室で、一対一で対峙する体験は、まさにVRコンテンツならではだろう。

国宝「待庵」を再現した茶室で千利休から茶の湯のおもてなしがうけられる
国宝「待庵」を再現した茶室で千利休から茶の湯のおもてなしがうけられる

本作は堺市が企画し、同市の学芸員などが監修しつつ、日本旅行が受注制作したコンテンツだ。制作には文化庁の助成金(※)、約6,000万円を投入(総経費の2/3を助成)。これに対して市では感染対策に力を入れつつ、6,500人の利用者を見込む。文化観光局の担当者は「本コンテンツは若い人から高齢者の方まで、幅広い層に楽しんでいただけます。一人でも多くの方に体験して欲しいですね」と語った。

本作の開発にアドバイザーとして参加したhakuhodo-XRのクリエイター、生田健氏も「想像以上に幅広い年代の方に体験していただけて、驚きました」語った。VRコンテンツにはじめて触れる人が大半であることを想定して、「酔わないVRコンテンツを作る」ことを念頭に、テーブルトップ型の展示を選択。第一号の体験者も高齢者だったが、「酔わないVRコンテンツを作る」ことに注力したこともあり、終了後に「良い体験だった」と感謝されたと振り返った。

もっとも、コンテンツ制作は一筋縄ではいかなかった。歴史の再現性という観点から、監修やチェックの時間が必要だったからだ。堺の町並みは安土桃山時代から江戸時代の様子を描いた「住吉祭礼図屏風」をもとに3DCGで制作。千利休の3DCGモデルも複数の資料をもとに晩年の姿を制作した。そのうえで、学術的な見地から多数の修正が入ったという。そのため、実質的な制作期間は1ヶ月強しかなかったが、それだけに良質なコンテンツに仕上がった。

さかい利晶の杜(筆者撮影)
さかい利晶の杜(筆者撮影)

さかい利晶の杜は、茶の湯の大成者・千利休と、日本近代文学を切り拓いた歌人・与謝野晶子の生涯や人物像などを通じて、堺の歴史・文化の魅力を発信する文化観光施設だ。そのため館内で茶の湯を体験することもできる(コロナ禍で現在は休止中)。また、待庵を最新の研究成果にもとづき、創建当初の姿で復元した茶室「さかい待庵」もある。「タイムトリップ堺」とあわせて、これらの施設を活用すると、さらに理解が深まるように感じられた。

VRコンテンツはゲームやイベントなど、さまざまな分野で活用が広がっているが、公共施設で常設展示が行われる例は、まだ珍しい。こうした中、本件は興味深い事例になったと言えるだろう。特にVRで再現された「待庵」は、史跡をデジタルで再現しつつ、茶の湯の体験もできるという、ユニークな取り組みになっている。もっとも、より良質な体験を生み出すには、単年度決算の縛りがネックになる。国の制度設計も含めた改善を期待したい。

リニューアルされたVRスペースと、VRゴーグルを持つ堺市文化観光局の担当者(筆者撮影)
リニューアルされたVRスペースと、VRゴーグルを持つ堺市文化観光局の担当者(筆者撮影)

※令和2年度 博物館等を中核とした文化クラスター推進事業

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

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