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ファクトチェックは結果も 活動できる環境も「公共財」:Global Fact 7 速報レポート(上)

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
世界のファクトチェッカーのフォーラム「Global Fact7」のホームページ

※この文章はFIJ:ファクトチェック・イニシアチブのホームページに掲載された2つのレポートをまとめて加筆修正したものです。転載を許可したいただいたFIJのご厚意に感謝します。元の文章は こちら(誤報などのデータ共有) と こちら(国際「公共財」としてのファクトチェック) で読むことができます。

ファクトチェックデータを深いレベルで共有する

世界のファクトチェックの最前線で活躍するジャーナリストやエンジニア、研究者らが集まり、情報交換や意見交換を行うグローバル・ファクト7(Global Fact 7;以下「GF7」と表記)が6月22日から30日まで開かれました。

主催は世界のファクトチェッカーを結び、信頼のおけるシステムづくりや技術的な情報交換などを促進するプラットフォームである「国際ファクトチェック・ネットワーク(IFCN)」です。2014年にロンドンで始まり、年次大会はことしで7回目です。ノルウェーのオスロで行われる予定でしたが、新型コロナウィルス COVID-19の影響でオンラインでの開催となりました。

22日から26日には、「パブリック・トラック」と呼ばれる公開セッション、29日と30日には「プライベート・トラック」という、あらかじめ登録をした参加者向けの非公開のセッションが行われました。

この文章のオリジナルはFIJ(ファクトチェック・イニシアチブ)のホームページに掲載されたレポートです。このイベントについてのシンポジウムも企画されています。より多くの人にファクトチェックを理解していただくために、ここにも加筆修正して転載することにしました。

新型コロナウィルスに正面から取り組む

セッションは、パブリックとプライベート、合わせて50ありましたが、その約5分の1は新型コロナウィルスに深い関係のあるものでした。「COVID-19」という言葉そのものがタイトルに含まれていたり、伝染病や健康に関するファクトチェックという包括的な議論の中で、新型コロナウィルスに関してのケーススタディが紹介されたり、アジアやバルカン半島地方など地域での連携や取り組みを比較検討するものもありました。

新型コロナウィルスの問題に直ちに対応せざるを得なかった世界のファクトチェッカーたちの実態と問題意識をうかがい知ることができると思います。

IFCNでは、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大に伴い、世界各国で行われた関連するファクトチェックを網羅的にデータベース化し検索できるサービスを展開してきました。この原稿を書いている7月1日の時点で、合計7548件のファクトチェックが記録されています。(FIJでも、その中から日本にも関係がありそうなものを選んで翻訳したものに加え、日本の新型コロナウィルス関連のファクトチェックの結果をデータベース化していますので、チェックしてみてください。)

国際的なコラボレーションが強化

新型コロナウィルスに関連した問題に限らず、ミスインフォメーションの内容は多岐にわたり、また大部分がソーシャルメディアを介し、時に急速に拡散するようになりました。クローズドのグループ内など「内輪」でシェアされているうちに早期発見して見守り、適切なタイミングを見計らってファクトチェックの結果を公表していく作業は、それぞれのメディアが単独で取り組むより、時に国境を越えてでも連帯して取り組む方が合理的だと考えられるようになっています。

反対に、ユーラシアや南米などでは、まったく同じか、あるいは類似の言語を使う国が集まっている地域も多く、ミスインフォメーションが容易に国境を越えて拡大するため、国際的に連携して予防的な対応をとることが必要になっています。

折しもGF7が開幕した6月23日から、Googleは画像検索の結果にファクトチェックのラベルと、検証された内容を表示するサービスを開始しました。すでにGoogleには、Claim Reviewという機能があり、ある情報について、Google検索が行われた際に、もし自分のウェブサイトがファクトチェックなどの評価を行っていれば、その概要が検索結果のページに表示されるようになっています。

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アメリカでハリケーンの度に現れる有名なサメの画像はアメリカのファクトチェック団体「PolitiFact ポリティファクト」によって検証され「Pants on Fire(真っ赤なウソ)」と判定された加工された画像であることがわかる。(Googleの画像検索画面より)

そのようなファクトチェックの結果を共有する仕組みを、さらに深化させようとする試みがありましたのでご紹介します。

消されても根強く拡散した動画をめぐって

6月30日の「オンライン上の誤報のグローバル・データベースを作る(Building Global Database where false news appears online)」というワークショップでは、主に気候変動と医療や健康に関しての科学的なファクトチェックを行うプラットフォームの「サイエンス・フィードバック(Science Feedback)」(以下「SF」と表記)のプロジェクトが紹介されました。

「プランデミック」という、ドキュメンタリーを装い陰謀論の拡散を狙う動画(新型コロナウィルスは、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長や、ビル・ゲイツ氏らが仕組み、一部の政治家に富を集中させるためのものだったなどの主張を繰り広げているもの。詳しくは、ニューヨークタイムズのこの記事を参照)の拡散例を上げて、事態の深刻さを説明しました。

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『プランデミック』の一場面(ファクトチェック団体「ポリティファクト」が掲載したスクリーンショットより転載)

この動画は当初YouTubeやFacebookなどで拡散しましたが、その後、主なソーシャルメディアは元の動画を削除しました。しかし、その後、Qアノンと呼ばれるオルタナ右翼のサイトなどでくり返しアップされ、そのリンクが改めてソーシャルメディアに転載されるなどして、2020年7月初旬現在、拡散はまだ止められていません。

その動画やリンクが貼られているサイトはSFが確認しただけで100以上ありました。大部分は、この動画の視聴を勧めるものでした。しかし、その中の一部は、動画をデバンキング(出所や出演者の素性などを調べるなど)した、アメリカのファクトチェック団体、ポリティファクト(PolitiFact)の記事なども含まれていたのです。

正確な情報を目立たせる「仕組み」を目指して

構造化データを使って、ウェブサイトの内容に関する情報を検索結果に表示させるプラットフォームで、広く普及しているschema.org(Google、マイクロソフト、ヤフーなどが共同出資)というサービスがあります。しかし、そこに記録される情報には、そのサイトが対象となる動画などの情報を「薦めている」のか、「見ない方がいいと警告しているのか」という「スタンス」を表すものがありません。

「プランデミック」の拡散では、すでにファクトチェックされた実績が埋もれてしまい、一方的に肯定的な評価を与えるサイトが急増し、そこへのアクセスが増すという現象が起きてしまいました。このような事態を防ぐには、誤情報の疑いがある元のコンテンツが、どのように拡散しているのかをモニターし、そのコンテンツを閲覧しようとするユーザーに、情報の信頼性が低いことを警告する仕組みが必要ではないかという問題提起です。

SFでは、「アピアランス」(当該の情報やコンテンツが、どのような形態、ニュアンスで現れるのか)という情報をユーザーが追加できるシステムを作り、7月末をめどに運用実験に入るとのことです。

そうすれば、YouTubeやTikTokにくり返しポストされる、動画のミスインフォメーションをプラットフォームが結果的に支援してしまうような形での拡散は避けられるのではないか、ということです。

ファクトチェックはノウハウのシェアから、結果の共有に進み、さらにファクトチェッカーとプラットフォームも協力して、疑わしい情報がネット空間でどのように消費され、拡散しているかという動きを協力して見守り、効果的な場所を特定して、必要な人にファクトチェックの結果を確実に認識してもらうという、「仕組み」を設計するフェーズに入ったと言えるのではないでしょうか。

 

「公共財」としてのファクトチェック

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オープニングセッションに登場した、国連のフレミング事務次長(右)(YouTubeより)

ファクトチェックという作業を可能にする能力、すなわち人材の育成や、スキルの体系などに加え、ファクトチェックを行うために必要な物理的環境、例えばコンピューターを所有することや、インターネットに自由にアクセスが可能で、デバンキングに使うアプリなどを使いこなせることも含めて、全体が資産(アセット)そのものであり、その所有を増やすことを、国際的な公共政策として考える動きが広まっています。

国連も積極的に関与

22日のオープニングセッションには、国連のコミュニケーション担当のメリッサ・フレミング事務次長が登場し、現在国連が行っているミス/ディスインフォメーションを撲滅するキャンペーンである、「Verified(『裏付けのある情報を信用しよう』)」プロジェクトを紹介しました。

「Pause, #Take care before you share(ひと息つこう。シェアする前に気をつけて)」というハッシュタグでも知られている、ソーシャルメディアのユーザーの意識改革を訴えるキャンペーン(動画はこちら)です。

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国連が進める「Verifiedプロジェクト」のホームページ

ミスインフォメーションがソーシャルメディア上でバイラルに拡散するのを防止するためには、情報を確かめずに感情的に反応して、特に怒りを爆発させてしまうユーザーに、理性的に行動するよう促す意識改革が必要です。本来各国がそれぞれ責任をもつべきことでもありますが、問題意識や、どのくらいのリソースやエネルギーを傾注するかには温度差があります。また、ソーシャルメディアを介した情報は容易に国境を越えてしまうため、情報リテラシーを公共政策の一環ととらえて、国連も乗り出しているのです。

ネットのアクセスも「資産」という考え

さらに、コンゴのファクトチェッカーから問題提起がありました。

「インターネットへの自由なアクセスは、ファクトチェッカーにとっても、また正しい情報の流通にとってもカギとなる資産です。国連は、特にネットアクセスが容易ではない地域で、問題を改善するための支援をする用意はないのですか?」

フレミング事務次長は、「インターネットはミスインフォメーションが拡散する舞台ともなり得るリスクもある」としながらも、「コミュニティの基盤が脆弱な場所で、人々が正しい情報にたどり着くためにはインターネットへのアクセスは必要」と強調し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などで、ミスインフォメーションに対抗し、正しい情報を行き渡らせる取り組みを行っていることを紹介しました。

最近の「ファクトチェック」の議論では、インターネットが使えることを前提に、ネット上のツールなどを駆使して行う活動が注目されていますので、この視点は非常に重要だと思います。

フレミング事務次長は、大量の難民や移民が発生している地域では、正確な情報を行き渡らせるためにラジオが当面は有効な手段とされている現状や、バングラデシュのコックスバザールにあるミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャらが避難しているキャンプでは、情報流通のためのボランティアが、自転車で拡声器を持って走り回って、新型コロナウィルスに関するミスインフォメーションに対抗している取り組み(この記事に詳しく載っています)などを紹介しました。(フレミング事務次長らが出演するセッションは、YouTubeで視聴することができます。ただし英語です。)

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ミスインフォメーションの拡散を防ぐため、国連がバングラデシュのコックスバザールで動員しているボランティアの正しい情報を伝えて回る自転車要員(国連のCOVID-19対策ホームページより転載)

国境を越えてファクトチェックを届ける

他にも、ファクトチェックの活動と成果を、ひとまとまりの資産とみなし、行き渡らない地域に向けて支援しようという議論がありました。

ミス/ディスインフォメーションの拡散やファクトチェックに関する研究を紹介する「アカデミック・トラック」というセッションに登場した、アメリカのコロンビア大学ジャーナリズム大学院のトーマス・ケント非常勤教授は、「オフショア(国外)のファクトチェック機関」の必要を訴えました。表現の自由や報道の自由が制限されている独裁国家などで、情報を検証する仕組みを国外に置いて支援する仕組みです。

ケント教授の議論は要約すると以下のようになっています。

 ・国際的なファクトチェック協力の成果はめざましいものがあるが、世界の一部の地域にはその恩恵が届いておらず、「ファクトチェックの欠乏」が生じている。

 ・独裁国家は、ディスインフォメーションを政府が作り出し、情報のプロを利用し、あるいは産業の一部として拡散するが、国内にも国際的にも何の説明もしない。

 ・ファクトチェックは市民社会、メディアとともに発展した経緯があり、ローカル・レベルで、国が発信する情報の検証を、信頼のおける人物(や組織)が行うのが理想型である。しかし、ローカル・ファクトチェッカーが機能するには、政治的な自由が保障されている必要がある。

 ・しかし、独裁国家は、ファクトチェックを担う有力な人物らを「ウソつき」と攻撃して、正しい情報の検証を受け入れないため、正しい情報を提供するファクトチェック機関が存在しないという事態になっている。

 ・2019年に国際ファクトチェック・ネットワーク(IFCN:Global Fact 7の主催団体)は国連総会で演説した各国の首脳の発言をファクトチェックしたが、いくつかの独裁国家のリーダーの発言は、その国にIFCNに加盟しているファクトチェック団体が存在しないため、チェックできなかった。

 ・解決へのアプローチのひとつとして、オフショア(国外)にファクトチェックのチームを置き、民主主義国家と同様の説明責任を迫る仕組みをつくることを提案する。

 ・すでにトロントには、イラン政府をファクトチェックする団体が存在する。この団体は、イラン国外に間違った情報が流出するのを食い止める一方、国内のローカル・レベルでの検証や正しい情報の伝達を行っている。

 ・国連総会のファクトチェックでほころびが生じたことは、世界に対し、「ウソを言うリーダーが、やがて民主主義国家にも出現してしまうのではないか」との悲観的なイメージを発信してしまった恐れがある。独裁国家のミスインフォメーションを食い止める活動が機能していることを国内外に示すのは重要である。

費用負担が課題に

その後の討論でも話題にのぼりましたが、オフショアのファクトチェックのコストをどのようにまかなうのかというのは、大きな課題として残りそうです。ケント教授は、国際的なアクターとしてフェイスブックなどのソーシャルメディア企業に期待すると述べましたが、同時に「フェイスブックは、特定の国とのトラブルに発展する可能性がある問題に関与することに、積極的ではない」とも分析しています。一部の独裁国家はソーシャルメディアの使用が著しく制限されているところもあります。

人道的な価値があるファクトチェックの活動のリソースを、必要な場所を発見して集中するという、新しいパラダイムに基づいたアイディアがかなり具体性を帯びて語られるようになった一方、国際的にコストを分かち合う仕組みの整備には、未だ課題も多く、当面は国連に依存するしかないのが現状なのです。

(ケント教授らのセッションは、YouTubeで視聴できます。ただし英語です。)

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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