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「トランプ報道のジレンマ」とは何なのか 〜ワシントンDC研究ノート その1

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
トランプ大統領に質問する記者たち(写真:ロイター/アフロ)

9月から大学からサバティカル(在外研究)のため、ワシントンDCにあるジョージワシントン大学客員研究員としてマルチメディア・ジャーナリズムをメインのテーマに研究をしています。研究以外にも様々な研究会やシンクタンクのイベントに出席したり、ジャーナリストや研究者に対するインタビューなどをしていますので、少しずつですがみなさんと共有していくことにします。多少時期が前後することもありますが、頭の中で整理できたものから記していきますのでご理解ください。(文中敬称略)

大統領を報道する「価値」が揺らいでいる

トランプ政権になって、「ニュースメディアが大きな試練にさらされている」という危機感は常套句のように繰り返されています。9月の中旬にテキサス州オースティンで行われたONA18(オンラインニュース・アソシエーション:世界最大のデジタルメディアとジャーナリストの団体。大会の様子は

こちら

出典:現代ビジネス

にも少し書いたので、よろしければご覧下さい)でも、そのような声はたくさん聞こえて来ました。

そのような「試練」をもう少しかみ砕いてみると、政策など発言に一貫性はほとんどなく、かなりの頻度で間違った事実や評価を自信たっぷりに述べ、言葉遣いは乱暴で品性に欠け、女性やマイノリティを蔑視する発言も平気で行う人物が一番ニュースとして取り上げなければならない存在だということです。少なくとも前任者のオバマ大統領までは、大統領の一挙一動はかなり重要なニュースであるということは誰も疑いませんでした。そのまた前任者のジョージ・ブッシュが自分の意思で何も発言していないかもしれないと、多くの人が感づいていても、彼が公の場でどんなメッセージを発するのかを伝えるのには意味がありました。

それは、大統領の発言とは国全体の行く先を決めるもので、またアメリカという世界のリーダーの一翼を担う国の影響力や評判に大きな影響があるものだから、発信する本人や、大統領の周辺の人たちが注意して、それなりに理性的なメッセージを発信するはずだという前提に基づいていたからです。

そのような前提に基づいて、CNNなどの24時間ニュースチャンネルや、新聞社などもウェブ中継を行い、大統領の発言は、ともかくダイレクトに人々に届けられ、その発言を解説したり、関係者のリアクション発言が続くような形でニュースが成立していました。「ジャーナリズムは意見をはさまず、まず事実のみを伝えるべきだ」という伝統的な価値観もあって、とにかく大統領の発言をそのまま伝えることが重要と、誰もが疑わずにやってきたのです。

しかし、その前提がトランプ政権に代わって崩壊しました。

「トランプの実況」では伝わらないもの

ニュースで、彼の不規則発言や暴言などが取り上げられる頻度は格段に増しました。当初は、そのような発言でも、大統領としての彼の能力が大いに疑問視される情報として価値があるとされ、無条件にニュースとなってきました。今までのニュースのあり方や、ニュースの消費者が「このように受け止めるだろう」という見込みに従えば、このような大統領の傍若無人な言動が伝われば、人々は呆れ、失望し、改善を求める声やデモなどの行動が拡大したり、彼の政治的な影響力が低下し、代わりのリーダーは誰がふさわしいかとか、政治家の規範はいかにあるべきかなど議論が進むという効果が期待できたからです。

トランプ大統領やホワイトハウスのニュースは、ここ数日だけを見ても問題発言や行動に関してのニュースが目白押しです。

1日のホワイトハウス前庭の記者会見では、以前から口論を何度か繰り広げてきたABCテレビの女性記者を、ただマイクが回ってくるのを待っているだけなのに、「指名されてあせってるんだよ、こいつ」とか、「お前、何も考えてないもんな」などと知的水準を嘲るような発言を連発し、ホワイトハウスが当初そのやりとりを、あたかも別の発言をしたかのように記録して発表したことが繰り返し伝えられました。(やりとりの詳しい内容は、

こちら

出典:https://www.nytimes.com/aponline/2018/10/01/business/ap-us-trump-media.html

。)

2日のミシシッピ州の集会では、FBI(連邦捜査局)による飲酒による暴行疑惑の調査のため、議会の承認が遅れている最高裁判所判事に指名したブレット・カバノーを告発したクリスティン・ブレイジー・フォードの議会証言のマネをして馬鹿にし、その問題を伝えるメディアを「フェークニュースだ」と激しく批判し、支持者の喝采を浴びました。(映像は

こちら

出典:https://www.huffingtonpost.com/entry/donald-trump-mocks-christine-blasey-ford_us_5bb40d2ae4b01470d04c9d89

などで見ることができます。)

しかし、このような大統領のことを、そのまま伝え続けるだけでは、かえって大統領や支持者の宣伝に一役買うだけで、拡がるメディア不信の空気もあいまって、かえって国民の分断を進めるだけではないのか、という疑問が膨らんできています。

ワシントンポストのファクトチェックチームによると、大統領は、8月1日現在、

就任558日で4229の間違った情報を発信

出典:The Washington Post

しているということです。平均すると1日に7〜8件、大統領からこれだけの間違った情報が発信されるのは、かなり深刻な事態です。

しかし、同時にそれを伝えるメディアに対する信頼も揺らいでいます。ナイト財団が2018年9月に発表した

調査

出典:https://knightfoundation.org/reports/indicators-of-news-media-trust

によると、メディアを強く、あるいはまあまあ信頼できると回答した人はわずか32%で、2003年に54%あったものからかなり減ってしまいました。この10年でメディアに対する信頼が低下したと回答した人の割合は共和党の支持者、あるいは保守主義を支持する人ではほぼ全員(それぞれ94%、95%)です。、無党派(75%)、民主党支持者(42%)も同じ傾向を示しています。

報道が政治プロセスの一部になっている

このようなジレンマに直面し、メディア側はいま、何を考えているのかを知るために、あるイベントのことを紹介します。

ワシントンDCの中心部、ホワイトハウスから徒歩5分程度のところにナショナル・プレスビルという建物があります。中には日本を含め世界のニュースメディアの支局などが入っており、最上階にはナショナル・プレスクラブというジャーナリストやメディア研究者らの情報交換の場があります。そのホールで1〜2カ月に1回行われる「ザ・カーブ・レポート(The Kalb Report)」というイベントをのぞいてきました。

司会のマービン・カーブ(Marvin Kalb)は88歳、CBSテレビの伝説のニュース・アンカー、エド・マローの「最後の弟子」とも呼ばれ、CBSやABCニュースの政治・外交記者として30年のキャリアを積んだ後、ハーバード大学でメディアと政治、公共政策のためのソレンスタイン研究所を創立し、初代理事長に就任し、メディア批評や教育に関わってきました。25年目を迎えたこのイベントは、ジャーナリストや現役の閣僚、上下院議員らをゲストにメディアの倫理や報道の問題などを議論します。

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『真実を伝えるために(Truth to be Told)〜トランプ時代のジャーナリズム』と銘打ったセッションの冒頭、カーブは、以下のように問題を整理しました。

1.「ニュースメディアは人々の敵(enemy of the people)」と言い続けている人物が大統領であることは、民主主義にとっての脅威だと認識すべきだ。メディアは人々の味方であり、そのような仕組みを否定する政治的リーダーは独裁主義国家にしか存在しないと考えなければならない。

2. 大統領を「客観的に伝え」ようと、彼の言動をひたすらニュースにし続けてしまったことで、プレス(ニュースメディア)は政治プロセスの中に取り込まれていないだろうか。

3. ニュースメディアは、この事態にどのように「反撃(fight back)」し、品位と信用を回復できるのかを考えなければならない。

「トランプ生放送」がそもそもの問題?

簡単に結論が出る問題ではありません。しかしパネラーのジャーナリストたちのやりとりには、現在のメディアの悩みや、解決策につながるかもしれないヒントがありましたので、紹介しておきます。

ABCテレビで夜の名物ニュース番組「ナイトライン」のアンカーを25年間務めたベテランジャーナリストのテッド・コッペルと、トランプ政権から批判や取材拒否などのターゲットになっているCNNで日曜の番組のアンカー、ブライアン・ステルターがこんなやりとりを繰り広げました。

コッペル「トランプはテレビ業界にとってはありがたい存在なんじゃないのか。」

ステルター「それはどういう意味? それで視聴率が上がったから何だと?」

コッペル「CNNもトランプなしでは、やっていけないということなんじゃないのか。トランプなしでは、CNNの視聴率なんて、トイレに捨てられるレベルだろうに。」

ステルター「笑いを取るための発言はやめてもらいたい。」

コッペルは今でもテレビの仕事をしていますので(CBSテレビの日曜朝の番組を担当)、いささか無責任にも聞こえましたが、生放送を多用し、大統領が何を言い出すのかわからなくても、ともかく生放送で追いかけるような形の報道のやり方では、トランプに対抗するニュースを繰り出せないという強烈な問題提起でもあったと思います。

気分でメディアを選ぶ時代

話題はその後「CNNの視聴率はセンシティブ(微妙な)問題だから」ともう一度笑いが出て、MSNBCやFOXなど別の24時間ニュース放送のことに移りました。共和党を一貫して支持の姿勢を露骨に示し、トランプ政権も支持しているFOXと、反対に民主党支持を明確にし、イラク戦争反対、オバマ政権支持などを明確にして視聴率を稼いできたMSNBCの方針は、新聞よりかなり感情的な意見が混じりやすく、国民の「二極化(polarization)」を深刻にしてしまったのではないかというやりとりがありました。

パネラーのひとり、ボストンのテレビ局でニュース番組を担当するエミリー・ルーニーは、「人々は、ニュースの内容ではなく、そのメディアがどういう印象や気分を代表しているのかを判断して、ニュースメディアを選択している」と分析しました。ニュースの質ではなく、自分の意見を代弁してくれるメディアを、消費者は求めているという指摘です。

ルーニーは「『トランプを報道しない金曜日』とかあってもいいんじゃない?」などのジョークを言っていましたが、もう一人のパネラー、NPR公共ラジオのデイビッド・フォーケンフィルクは「トランプの発言のみをむきだしで引用するのを最小限にして、もう少し大きなニュースの中に埋め込むような工夫はできないか」と具体的に一歩踏み込んだ対策について意見を述べました。「あいつ、またこんなこと言ってたよ」的な瞬発力だけのニュースから脱却しないと、というのは、今後のトランプ報道を考える重要なポイントではないかと思います。この点は後日、もう少し掘り下げて議論してみたいと思っています。

メディアの存在こそジレンマ

コッペルは終了直前にも、メディアの痛いところをチクリと指摘しました。「トランプは、メディアで働く人たちは『エスタブリッシュメント(権威的な人たちの集団)』で、その人たちが語る『傲慢さ(arrogance)』を、人々が本能的に嫌うことを、よく知っているよ。」

そもそも自分のことを棚に上げての発言ですから、何ら解決策が提示されたわけではありません。そもそもこのイベントの観衆じたいが「エスタブリッシュメント」の典型のような集団でしたので、アメリカ社会で大多数を占める「そうではない人たち」の強い反発があるのも事実です。その人たちの信頼を回復するのは容易ではありません。

とりとめのないセッションでしたが、フォーケンフィルクの言葉が印象的だったので最後に紹介しておきます。「トランプが悩ましいのは、こんなに問題発言ばかりしているのに、国や政府が機能しているように見えることだ。しかし、いつかその対価を払わなければならない時は来る。何とかしなければ。」

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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