災害報道におけるメディアの「構造的弱点」

被災地で飲料水などサバイバルのための情報を伝えるのもメディアの重要な責務だ。(写真:ロイター/アフロ)

西日本豪雨災害で犠牲になられた方、被害に遭われた方に心よりお見舞いを申し上げます。

暑い中、救助や復旧作業に従事されている方々にも敬意を表します。

災害報道について考えていることを、もう少し詳しく説明しておきます。ニュースメディアが伝える情報の「質」についての問題です。日本では実にさまざまな災害が起きるため、あまり深く考えられてこなかったことがあります。しかし、インターネットのインフラが、かなり信頼できるレベルになり、ニュースの消費者が依存するプラットフォームがスマホやタブレットなどにシフトしてきた今、本気で考えざるを得ない問題だとも思います。

私もまだ、完全に考えがまとまっているわけではありません。ブレストの口火を切るようなつもりで書いていきます。

「それは報道機関が伝えるべき情報なのか?」

私もつい数年前までは、日本の災害報道は世界的に見てもすぐれた水準だと疑問を持ちませんでした。地震が発生したら、直ちに震度や津波警報などが速報される、気象庁のデータを放送局がタイムラグなく伝えるシステムや、アナウンサーや記者が震度や避難の呼びかけができるよう日常からトレーニングしていることなどは、日本では一般の人にとってもある程度常識のようなものですが、欧米のジャーナリストや研究者には結構驚く人もいます。

ただ、それは優れたシステムに対する驚きだけではありません。東日本大震災の報道について、アメリカのミズーリー大学ジャーナリズム大学院のワークショップで話した際に、こんな指摘を受けました。

「それらの情報は、ほんとに全てメディアが伝えるべき情報なんだろうか。政府や行政に任せて、メディアには、他にすべきことがあるのではないか。」

彼らにとっては、津波から逃げる時のような人命を救助する例外を除いては、被害データや避難情報などを伝達するのは連邦政府や州や地方政府の仕事であるという認識です。データなどをただ右から左に素早く伝えるのを競うのはジャーナリズムなのか、という問題提起はもっともでもあります。情報の選別はできているのか、ということです。

新聞とテレビの決定的な「欠陥」

石巻市の旧大川小学校を襲った津波で妹をなくされ、その後「語り部」として校舎の保存運動なども行ってきた、現在大学4年生の佐藤そのみさんに大学に来て話をしてもらったことがあります。

当時中学生だった彼女は地震発生後すぐに、小学校より河口寄りにあった自宅から裏山の神社に逃げ、眼下の北上川をさかのぼる津波を目撃しました。暗くなって停電の中、家族や近所の人たちとNHKのラジオを聞き続けました。しかし、約2時間おきに繰り返されるのは「大川小学校の地域は孤立しています」という一言だけだということです。「孤立しています」とはどういうことかもわからなかったと。

今までニュースの主流だった新聞とテレビには災害報道に関しては根本的な弱点が2つあります。メディアの特性上、紙面のどこにどのくらいのボリュームで掲載されるか、ウェブサイトにどのような順番で掲載されていくのか、あるいはニュース番組のどのような順番で、どのくらいの尺(分・秒数)で取り上げられるのかは、ユーザー側には出てくるまでわからないことです。

もうひとつは、日本のメジャーなメディアは全国メディアのため、報道が被災地の住民ニーズと、しばしばミスマッチを起こすという問題です。全国向けのニュースだと、その地域から離れた人にも価値のある情報が中心になりがちです。被害の激しい地域からの中継や特集記事、犠牲者や倒壊家屋の集計データなどの総括的な情報が中心になります。「ウチのある街はどうなっているのか」「隣町の親戚は無事なのか」というローカルな関心に直結する情報には、ほとんど対応できていません。

必要な情報はどんどん変化する

災害には何段階かフェーズがあり、必要な情報は刻一刻と変化していきます。だいたい以下のようになるでしょう。

1 緊急避難のフェーズ(津波、洪水、土砂崩れなどから命を守るための情報)

2 「何が起きたのか」を知るフェーズ(被災した地域の広がり、震度、降雨量の総計など)

3 安否を知るフェーズ(自分の家がある地域の被害状況、家族や親戚、知人が無事かどうか)

4 生存・生活維持のフェーズ(避難所、飲料水や食料、サバイバルをしていくための情報、メディアの一部には「励ますメッセージ」なども紹介され始める)

5 復旧・平常復帰のフェーズ/分析・検証のフェーズ(災害以前の生活に復帰するためのフェーズ。だいたいこの頃になると、災害時の避難誘導や行政の対応などについて検証が行われる)

6 復興のフェーズ(東日本大震災のような被災地が大きなダメージを負った場合には、災害後何年も継続する場合もある)

これらのフェーズの分類は完全に終了して次に完全移行するような性格のものではなく、行きつ戻りつしながら、少しずつ動いていくものです。また、緊急避難のフェーズは地震や津波のように数分から数時間程度の場合から、台風が大型化して接近してくるような数日間以上かかるものまで様々です。台風などの場合は天気図も示され全体像の方の情報の方が厚いような場合もあります。境界は必ずしも明確ではありません。まず津波に襲われるかどうかをまず見極め、高台に避難して安全を確保した後、やっと「ところで、どのくらい広さの地域が津波に襲われ、どのくらいひどかったのか」と、関心が移行するようなイメージです。

緊急避難には、地域の屋外スピーカーから聞こえる行政無線なども重要な役割を果たしますが、1や2のフェーズではテレビやラジオに、人々はかなり依存します。一部は法律で規定されている通り、放送メディアを中心にこの部分では非常に頼りがいがある報道がなされていると、一般の方も思っているはずです。

次第に「身の回り」が気になり出す

命の危険を免れた人たちの関心は、「自宅や車はどうなっているのか、仕事や学校に出かけた家族や、隣町に住んでいる親戚、ペットなどは無事か」という3のフェーズ、そして「のどが渇いたが飲料水はどこで手に入るか、今晩どこで子供を寝かせたらいいのか」という4のフェーズの情報に移行していきます。3と4は行きつ戻りつしながら、少なくとも何日かは継続するでしょう。これらのフェーズになると、かなりローカルレベルの情報の需要が高まるということです。市町村レベルよりもかなり狭い、小学校の校区や商店街くらいの広がりでの被害状況や、近隣の住民の安否の情報が欲しくなります。さらに「避難所に場所は確保したが、赤ちゃんに飲ませるミルクはどこかで配布していないか」などの細かな必要も切実になります。

しかしこの頃からニュースとのミスマッチも深刻になっていきます。全国ニュース中心では、「おらが街」の情報は出てこないことの方が多いからです。

新聞は輪転機に執着

地方自治体の中には、災害時の情報提供のため、ウェブサイトの整備を進めたりしているところもありますが、全体的にまだ充分とはいえません。ローカルなニーズに一番応えられそうなのは新聞、特に地方紙でしょう。おそらく大都市以外の地域では、取材につぎこめるマンパワー(記者数)やリソースが一番あると思われるからです。しかし、特に災害が起きて数時間から数日の期間に、かなり速いサイクルで情報を追加更新していくにはウェブやスマホでの情報発信が必須となりますが、そのようなプラットフォームでの発信の態勢が整っている地方紙はごくわずかだと思われます。「災害と報道研究会」や民放連(日本民間放送連盟)のヒアリングで、全国紙5紙や東日本大震災の被災地や、今後の南海トラフなどの被害が予想される地域の地方紙にも話を聞きましたが、震災の教訓や今後の備えを聞いたところ、大部分の社が真っ先に挙げたのが輪転機の確保で、あくまでも紙面で情報を送ることの優先順位があまりに高いことに少々面食らいました。

結局はNHK頼りなのか

放送局はどうでしょうか。地域によっては、有力な地方紙に匹敵するだけの取材力を持つのはNHKしかないのが実情です。民放も大阪、名古屋、札幌、福岡などではそこそこのマンパワーでニュースを作っていますが、特に「平成新局」と言われる、平成になってから新規開局した歴史の浅い民放局では、外部スタッフを加えてもニュースの取材に携わる人が10人に満たないような所もあり、情報収集能力では、かなりの格差があると言わざるを得ません。

災害時に画面に出現する「L字」「逆L字」という文字情報を重点的に伝える仕組みも、効果的に運用するためには、情報収集とは別に5人前後のスタッフがフル稼働しなければ成立しません。民放ローカル局によっては、かなり大規模な災害が起きても、キー局に報道特別番組を全国ネットで編成してもらい、1時間に5~10分程度しか、自前の放送ができないレベルの所も少なくないのが実情です。

しかし、ユーザーが欲しいのは「大川小学校の地域は孤立しています」という2時間待たないと聞けない情報ではなく、せめて「大川小学校に新しい情報はまだ入っていません」といつでも確認できること、新しい情報が入ったらすぐに伝わるサービスです。情報収集の仕組みと処理能力や仕組みの間に、決定的なミスマッチが生じています。

情報は「商品」なのか

2016年の熊本地震の際には、地方自治体などから集めた避難所や支援物資などの情報をYahoo!などが整理して発信するサービスを行いました。「ウチは情報はすべて商品であると思ってやっています」という説明を受けたことがあります。一方、ニュースメディアでは、そのような考えには抵抗があるようです。「出すべき情報は自社で選び、検証してから出すのが基本」という在京新聞社部長クラスの方の反論も聞きました。

何とかその中間を取るような情報の伝え方はできないのでしょうか。そのまま伝えて良い情報をもう少しジャーナリズムの考え方で整理できないでしょうか。避難所のコンディションの情報などは、メディア側からの客観的な評価や情報があった方がいいと思います。

記者のメモにある情報を出す仕組みを

被災地にはかなりの報道関係者が出入りしています。避難所などの情報も、行政よりもかなり速く、詳しく、そして都合の悪い情報も得ている可能性があります。問題は、その情報が記者のメモや、カメラマンのビデオテープにのみ保存されて、中継レポートや詳しい記事などでもない限り発信されないというメディアの構造にあります。

期間を決めてでも各社協力してデータベースを作るようなことはできないでしょうか。東日本大震災の時に「テレビはどこを見ても同じ事をやっているから、電気やガス、交通など各社別々に分担して、1日数時間でも放送できないのか」という議論がありましたが、各社は「私たちは競争しているのだから」と一顧だにしませんでした。でも、おそらく各社の情報を持ち寄らないと、少なくとも瞬間的には、被災地の人が求める情報ニーズに応えられないのではと思われます。

結局はジャーナリズムの再定義

日本のニュースメディアが直面している、災害報道の課題は3点に集約できると思います。

1) ウェブファースト、UGC(User Generated Contents)の活用など情報収集、発信にデジタル、ウェブ、スマホのプラットフォームを活用すること

2) 情報のすき間を埋めるための報道各社の横並びの協力態勢の構想

3) 災害時に「優先して伝えるべきこと」を明確に言語化して社内外で共有していくこと

災害時でも信頼されるニュースメディアを目指すのなら、自分たちのメディアの実力を冷静に評価して「何ができるのか」「できないが、伝えなければならない情報はどうするのか」「全国向けの情報か、ローカル向けか」「どの時点で(どんな出来事を目印に)避難情報などから、災害の備えの問題や政治や行政などの対応の問題に重点を移すべきか」などの大方針を社内で共有し、その情報を確実に伝えるような態勢を整えていく必要があります。その中には、アメリカのメディアから指摘を受けた「行政情報よりも優先して、伝えなければならないものは何か」を決め、読者やユーザーにその方針を伝えるという、今まで何となく掲げてきたジャーナリズムの再定義が必要になるでしょう。

※私が災害報道のことを議論する背景などについては2018年7月10日のエントリー「こんなことを書いていきます」をご一読ください。また、災害報道の議論は、以下の研究などをふまえています。東日本大震災の報道をメインストリームのメディアがいかに総括し、個々の記者の経験をニュースメディア全体の教訓として共有し、将来に備えているのか新聞と通信社、NHKと民放キー局の報道幹部にインタビューしました。インタビューの内容はトップが語る3・11報道でご覧になれます。