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災害時の個人情報利活用を目指す指針を国が策定ー不明者の氏名公表や名簿情報の事前共有ノウハウ等を解説ー

岡本正銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)
内閣府庁舎(筆者撮影)

2023年3月24日、内閣府(防災担当)は、「防災分野における個人情報の取扱いに関する検討会」(2022年3月~2023年1月まで全7回)による議論とパブリックコメントを経て「防災分野における個人情報の取扱に関する指針」を公表した。災害時における個人情報の取扱いについての基本的な考え方や、事例対応ノウハウを示した初めての国の指針となる。なお、筆者は上記検討会の委員を務めていたが、記事中意見にわたる部分は筆者個人の見解であることをお断りしておく。

(指針の主な項目)

第1章 本指針の趣旨等

第2章 個人情報の基本的な考え方

第3章 防災分野における事例ごとの対応方針

事例1:河川カメラを活用した避難誘導

事例2:災害対策本部室の大型モニターでの映像共有

事例3:ドローンの映像を災害情報共有システムで共有

事例4:一時滞在施設における受入者名簿の提供(施設管理者が民間事業者の場合)

事例5:一時滞在施設における受入者名簿の提供(施設の管理者が地方公共団体の場合)

事例6:応急仮設住宅の入居者への生活支援・見守り・心のケア支援等

事例7:外国人支援のための避難者名簿提供

事例8:安否不明者の氏名等の公表

事例9:被災した可能性のある方の名簿提供

事例10:車のナンバープレートから特定した安否不明者の名簿提供

事例11:ハザードマップと避難行動要支援者名簿に記録等された情報の重ね合わせ

事例12:災害時における避難行動要支援者の名簿情報及び個別避難計画情報の提供

事例13:平常時における避難行動要支援者の名簿情報及び個別避難計画情報の事前提供

事例14:都道府県と市町村間における被災者台帳の共有

「事例8:安否不明者の氏名等の公表」、「事例13:平時における避難行動要支援者の名簿情報及び個別避難計画情報の事前提供」、「事例14:都道府県と市町村間における被災者台帳の共有」など、これまでにも、国が自治体に対して、災害時における個人情報の積極的な「利活用」を推進していた分野も含まれている。これらの事例については、本指針のみならず、これまでの各指針や通知・事務連絡を参照することも必要になる。

背景に個人情報保護法制一元化による2000個問題の解消

これまで、自治体の個人情報の取扱いは、都道府県、市町村、一部事務組合、広域連合ごとの「個人情報保護条例」が規律していた。そのため、災害対応における個人情報の取扱いは、各自治体の条例解釈の問題であって、自治体の独自の判断に任せるというスタンスを国は貫いてきた。このようなことで生まれた個人情報の取扱いに関する自治体の対応の差異は、災害時のみならずあらゆる場面で「個人情報保護法制2000個問題」を引き起こしていた(この点についての過去の政策提言は「個人情報保護法制「2000個問題」って何?「自治体個人情報保護法」による解決を目指す」等を参照)。

2021年5月の「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」の目玉として個人情報保護法が改正され、これまで民間事業者、国、独立行政法人等、都道府県、市町村等でバラバラに運用されてきた個人情報の取扱いのルールが、個人情報保護法へ一本化され、所管省庁も個人情報保護委員会にまとめられることになった。法施行は随時進んでおり、2023年4月1日からは、自治体もすべて個人情報保護法の規律に服する(これまでの個人情報保護条例は原則廃止となる)。2000個問題と呼ばれていた個人情報保護法制の課題が解消され、個人情報保護法にかかわる政策は大きな転換期を迎えることになったのである。

これに前後して、2021年5月までには、内閣府(防災担当)の「デジタル・防災技術ワーキンググループ」からも『各地方公共団体の条例の規定や運用の相違がデータ利活用の支障になっているという、いわゆる「2000個問題」を解決するため、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律により、全ての地方公共団体等に適用される全国的な共通ルールが定められたこと、並びにその解釈を個人情報保護委員会が一元的に担うものとされたことなど、個人情報を取り巻く環境が改善される中、災害時の初動対応や被災者等へのきめ細かな支援等のために、災害対応に係る個人情報の活用のあり方についても再検討が必要である』との提言も出ていたところである。

この個人情報保護法制一元化と、災害時のナショナルミニマム整備の要請という流れを受け、内閣府(防災担当)においても、2022年3月に「防災分野における個人情報の取扱いに関する検討会」を設置し、集中的に議論が重ねられ、自治体から特に要望の多かった事例を中心に個人情報の取扱いに関する国の考え方をまとめることとなった。

指針は、災害時の人命救助という目的を達成するうえで、個人情報をいかに「利活用」すべきかという視点を重視して次のような基本方針を示している。なお、ここでいう人命救助には、災害初期のレスキューや応急医療にかかわるものだけではなく、避難所生活や在宅避難における中長期の健康維持による、災害関連死防止についても含むものと解すべきであろう。

(本指針の基本的な考え方)

本指針においては、以下の2点を基本的な方針としている。

·発災当初の72時間が人命救助において極めて重要な時間帯であるため、積極的な個人情報の活用を検討すべきであること。

·一方で、個人情報の活用においては、個人情報保護法や災害対策基本法に則り、個人の権利利益を保護する必要があること。例えばDVやストーカー行為の被害者等、特に個人の権利利益を保護する必要がある者には十分な配慮が必要であること。

安否不明者の氏名公表に家族の同意は不要

本指針の素案が公表された際に、各メディアが大きく取り上げたのが「事例8:安否不明者の氏名等の公表」に関する指針の記述であった。報道機関の情報収集にも直結するため特に関心が高かったように思われる。災害がおきたときに安否不明者の命を守るためには、救援リソースを集中するため、安否確認情報を最大限の速度で更新し続け、現場のあらゆる救援実施主体と共有していくことが不可欠である。しかし、大規模災害であるほど現場情報の統合には時間もかかる。そのため、安否情報の情報共有にはメディアを通じた氏名公表が迅速に実施されるべきであるとされてきた。

災害時の安否不明者の氏名公表をめぐっては、これまで何度も課題が取り上げられてきた。たとえば、2014年8月の広島市土砂災害では、広島市は行方不明者28名の氏名情報を災害発生6日目まで公表できなかった。個人情報保護条例の解釈検討に時間を要したと報じられている(日本経済新聞2014年8月26日参照)。2015年9月の関東・東北豪雨では茨城県と常総市との間で安否情報が共有されておらず発表情報に齟齬が生じるなどの混乱も生じた(読売新聞2015年9月16日参照)。西日本豪雨でも各県や市町村ごとに氏名公表の手続きや方針が異なり公表に至らない自治体も多くあった(岩手日報2018年7月15日参照)。平時から個人情報に関する運用や手続を定めていないと、安否不明者の氏名公表の決断に至るまで時間がかかったり、公表にすら至らないケースも出てきてしまうのである。

本指針でも「事例8:安否不明者の氏名等の公表」を典型事例として取り上げ、「個人情報保護法第69条第2項の規定のとおり、同項第4号「保有個人情報を提供することについて特別の理由があるとき」は、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められる限り(同項ただし書き)、利用目的外の利用及び提供をすることができることから、安否不明者の氏名等の公表が可能となる」と明記した。さらに、氏名公表に先立つ「家族の同意」については条件とする必要がないことも明記することにした。ナショナルミニマム設定の第一歩になるものと期待したい。今後各自治体ではこの指針に従った氏名公表方針の改訂が急務となると思われる。なお、これと同趣旨の指針は、2021年7月の熱海土砂災害での対応を参考にして2021年9月に策定された内閣府の指針「災害時における安否不明者の氏名等の公表について」でも示されていたことである。

(家族の同意の取扱い)

安否不明者の氏名等の公表にあたり、これまで地方公共団体によっては家族の同意を条件としていたが、個人情報保護法上においては、家族は第三者であって、家族の同意の取得は不要である。したがって、救助活動に必要な場合には、家族の同意の有無を確認することなく、速やかに安否不明者の氏名等の公表を行うべきである。なお、家族が未成年者等の法定代理人である場合には、第三者ではなく、その同意は法第69条第2項第1号の「本人の同意」として扱われるが、そもそも同項第4号に該当する場合においては、本人の同意及びこれに代わる法定代理人である家族の同意は不要である。

また、平時から準備しておくことの重要性が再認識され、「氏名公表タイムライン」を準備すべきという視点も盛り込まれた。氏名公表すべきタイムリミットを時間を明記して設けておくことで、手遅れになる事態をできるだけ回避する狙いである。

都道府県と市町村の役割分担として、両者が連携の上、都道府県が安否不明者の氏名等の公表を行い、市町村が安否情報の収集・精査を担うことが基本となる。なお、局所的な災害であるなどの事情により、市町村から公表することが安否情報の収集等に資すると考えられる場合においては、都道府県と当該市町村が調整の上、市町村から公表することも可能である。

都道府県は、市町村や関係機関と連携の上、災害発生時の具体的なタイムラインを想定し、安否不明者の氏名等の公表や安否情報の収集・精査に係る一連の手続き等について、平時から整理しておくことが重要である。

この点については、2021年7月の熱海市伊豆山土石流災害の際の対応を踏まえ静岡県がまとめた「災害時における被災者の氏名等公表方針」が、48時間以内を目安に安否不明者の氏名を公表すると明記したことが、氏名公表タイムラインの先進事例として印象的である。

死者の氏名公表はどうするか

安否不明者の氏名公表については、家族の同意を経ずに速やかに公表すべきという指針が示されたが、災害で犠牲となった方の氏名公表(自治体による発表)の考え方については本指針の対象外である。

この点について一般社団法人日本新聞協会は、2023年3月1日に「内閣府「防災分野における個人情報の取扱いに関する指針(案)」に対する意見」を公表し次のように意見を述べている。

今回の指針案は死者の情報については、個人情報の定義の範囲外であることから取り扱わないこととした。また安否情報が明らかな場合や救助の可能性がない場合については、個人情報を提供する特別な理由が認められない可能性があることを留意点に挙げた。しかし、これらの情報も公共的な関心事であり、公表の有無が引き続き各自治体の判断に委ねられれば、国民に資する情報流通が阻害されかねない結果となることを危惧する。…(中略)…公共的な情報流通の価値を踏まえ、人的被害についても報道機関に対して迅速・詳細な情報提供が行われるよう貴府においてはさらに取り組みを進めるよう求める。

指針との関係性は於いても、死者の氏名公表は、災害の詳細な経緯や被害の実態を記録検証するという、歴史的意義や検証的意義を考慮して議論すべきではないだろうか。いつ、だれが、どのような場所で、どのような原因で亡くなってしまったのかは、将来の防災活動に活かすべく記録を残しておかなければならない情報であり(そのための研究調査活動も必須である)、氏名は唯一にして最大の端緒である。防災という公共的な意義を踏まえ、ブラックボックス化しないルールの策定が不可欠であろう。本指針とは別の議論になるが、アフター・アクション・レビュー(AAR)や検証制度の創設などと関連して更なる議論の深化が求められる。

災害と個人情報を巡る政策法務向上と研修が急務

災害時における個人情報の利活用は、個人情報保護法が目的としている「個人の権利利益の保護」をいかにして達成するかという問題を正面から突き付けられたように思われる。災害時にその最前線となる自治体や地域支援組織の間に個人情報保護法の理解が浸透してこそ、個人情報を適切に利活用し、命を守り、健康を繋ぐことができる。

個人情報保護法は思いのほか難解である。個人情報保護法の趣旨や、個人情報の定義という入口段階でも、正確かつ平易に解説する教材や研修講義に巡り合うことは難しい。政策法務を推進する自治体職員への研修の場をより多く作り出し、個人情報の正しい取扱いができる人材を数多く育成することが急務ではないだろうか。「防災分野における個人情報の取扱いに関する検討会」でも、複数委員から、自治体職員に対する個人情報保護法研修の機会を拡充することが不可欠であるとの提言があり、研修体制の整備は喫緊の課題だといえる。

最後に、本指針はこれが最終完成版というものではなく、ニーズの高い事例の追加や、運用を踏まえての修正・改訂なども念頭に置かれている。自治体や災害現場で活動する支援組織の皆様におかれては、今後とも改善点を提言していただきたい。

(参考文献・資料)

内閣府『防災分野における個人情報の取扱いに関する指針』(2023年3月)

岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会 2014年)

岡本正『災害復興法学Ⅱ』(慶應義塾大学出版会 2018年)

銀座パートナーズ法律事務所・弁護士・気象予報士・博士(法学)

「災害復興法学」創設者。鎌倉市出身。慶應義塾大学卒業。銀座パートナーズ法律事務所。弁護士。博士(法学)。気象予報士。岩手大学地域防災研究センター客員教授。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。医療経営士・マンション管理士・ファイナンシャルプランナー(AFP)・防災士。内閣府上席政策調査員等の国家公務員出向経験。東日本大震災後に国や日弁連で復興政策に関与。中央大学大学院客員教授(2013-2017)、慶應義塾大学、青山学院大学、長岡技術科学大学、日本福祉大学講師。企業防災研修や教育活動に注力。主著『災害復興法学』『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』『図書館のための災害復興法学入門』。

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