阪神タイガース・原田清一通訳は台湾WLで八面六臂の活躍!

ことしの台湾のWLに参加した虎軍団。右端が原田通訳です。※写真は牧投手の提供。

 台湾で行われていたウインターリーグを終え、阪神の5選手が鳴尾浜に戻ってきたのは16日夜でした。その時のコメントはこちらの記事でご覧ください。→<多くの“お土産”を持って帰ってきた、阪神の台湾WLメンバー>

 今回のウインターリーグはCSやBSテレビでかなり中継していたので、試合を見られた方も多かったでしょう。阪神は巨人、中日、DeNA、ロッテとともに『NPB-WHITE』チームに所属していたのですが、そのベンチに阪神の通訳・原田清一さんの姿があったこともお気づきですよね?昨年に続いて台湾のウインターリーグで通訳を担当し、試合中はベンチで大きな声を出していました。

 なお、冒頭の写真はNPB-WHITEにとっての最終日に撮られたものです。13日夜、KBO(韓国プロ野球選抜)との5位決定戦が終わったところで阪神から参加した8人での記念撮影。左から新井良太コーチ、牧丈一郎投手、熊谷敬宥選手、馬場皐輔投手、島田海吏選手、片山雄哉選手、福本剛トレーナー、そして原田清一通訳です。

WLが終わって台湾でオフ中

 原田さんは兵庫県尼崎市の出身で、中学2年の時にお母さんの故郷である台湾へ移住しました。小さい頃からやっていた野球を台湾でも継続。高校、大学を経て、プロ野球の興農ブルズに育成選手として入団します。しかし兵役で離脱して、戻ってきたらチームは身売りされ、自身の怪我の影響もあって野球を断念。会社員として働いていました。そして昨年1月、阪神に入団する呂彦青投手の通訳という仕事を受け、日本へ戻ってきたわけです。

 阪神では練習の手伝いや試合のチャートつけなど、通訳以外の仕事もガッツリやっています。ふと本業は何だったっけ?と思うほど。でも呂投手の言葉を、本人や取材陣の両方をすごく気遣いながら訳してくれて、ありがたいです。そして実は、鳴尾浜に来られる方々の中で原田さんファンもかなり多いとか。SNS等でよく写真を見かけますからね。

味全ドラゴンズの一員としてWLに参加していた元阪神・歳内宏明投手(右)と原田さん。歳内投手が帰国する前日にホテルまで会いに来てくれたそうです。※原田さん提供
味全ドラゴンズの一員としてWLに参加していた元阪神・歳内宏明投手(右)と原田さん。歳内投手が帰国する前日にホテルまで会いに来てくれたそうです。※原田さん提供

 さて、ウインターリーグの現場はどうだったのか。今は台湾でオフを過ごしている原田さんに聞いてみると…予想通りマルチな働きぶりでした。

 「いつも、これ通訳じゃなくてマネージャー業務の勉強をしてるんやなって思います(笑)。マネージャーがわからないことも、すべて回ってきますので。監督、コーチ、スタッフはもちろんですが、選手が怪我などすればオフであっても病院に付き添わないといけませんし、めったにない休日もパーになります」

 そりゃもう、異国の地で“通訳”の存在は絶対!まず何をするにも言葉の壁があるわけで、そこへ持ってきて野球経験者であり、NPBのことも台湾プロ野球のことも知っている、まるで神様のような原田さんですよ。私なら頼りにしまくりますね。現に、牧投手は「原田さんがいて助かった?」と聞いたら「それはもちろん!」と即答でした。

 「タイガースだと呂彦青投手の通訳だけなので1対1ですが、ウインターリーグだとチーム全体+連盟の人+相手チームなど、対応することが多すぎて手が回らないことも多々あります。でもそんな忙しい中でも毎日が新鮮で、やり甲斐がありますし、勉強できることもたくさんあります。ここで学んだことをタイガースに持ち帰って、つなげることができればと思ってやっています!」

 さらに「いつかはみんなに認められて『スーパー通訳』と言われるように、台湾へ武者修行しに来ている感じです」と笑う原田さん。「あとはウインターリーグを通していろんな方に出会えること。去年も思ったのですが、たとえチームが違っても“頑張れー!”って思ってしまう。監督、コーチ、スタッフ、選手みんなに出会えるのも何らかの縁があってこそだと思うので、この縁を大切にして日々努力していきたいと思います」

レジェンド・呂明賜さんとの再会

「ウインターリーグでいろんな方に出会える」と原田さんが言っていた通り、今回は“アジアの大砲”と呼ばれ、巨人でも活躍した呂明賜さんとも会えたそうです。それどころか一緒に食事をしたとか。原田さんによると呂明賜さんは現在、台北で社会人チームの監督をしているんですね。

 どういうつながりなのか聞いてみたら「僕が興農ブルズで2軍育成選手の時に、呂明賜さんが打撃コーチをされていて、それを知った高田監督が『呂明賜さんと連絡を取れないか?』と。それで、この食事会が実現したって感じです」と原田さん。プロに入って最初に指導を受けたのが呂明賜さんだったんですね。「はい。当時と変わらず優しくて、いい人でした」

13日の試合後、ヒーローインタビューを受ける島田選手(中)と原田さん(左)。※原田さん提供
13日の試合後、ヒーローインタビューを受ける島田選手(中)と原田さん(左)。※原田さん提供

 ちなみに、この食事会では台湾のレジェンドばかりだったそうで「西武にいる呉念庭選手のお父さんも一緒にいましたよ」とのこと。呉念庭選手のお父さんもレジェンドなんですか?「お父さんは台湾プロ野球ができた元年から有名な選手で、台湾プロ野球で監督やコーチをしていた有名な方です」。それは勉強不足でした。レジェンド同窓会に参加なんて、すごいですね。

 ところで原田さんは台湾で憧れの野球選手はいますか?「いないです」…いませんか。まあ中学まで日本ですもんね。日本では?「イチローさんでした」。あーなるほど!納得。「イチローさんの影響で野球を始めて、右打ちから左打ちにも変えたので」。これはもう“野球あるある”と言っていいでしょう。どれだけ振り子打法が流行ったことか。

 「これからもっと、少年たちがタイガースの選手に憧れて野球を始めたと言ってくれる存在に、多くの選手がなってほしいですね。僕が少年時代にイチローさんに憧れて野球始めたように」

根尾くんのマネージャー!?

 とあるデーゲーム後に、同じチームの中日・根尾昂選手が台湾プロ野球の週刊誌取材を受けるため、原田さんが対応。すると、その後に今度は日本のテレビ局の取材もあったとか。原田さんは聞いていなかったのですが、根尾選手に「原田さんお願いします」と言われ、最後まで付き合ったそうです。

 「通訳なのかマネージャーなのか、はたまた広報なのか、わからない1日でした」。しかも15時半から始まって、終わったのが20時!「飯も食っていなかったし、みんなは外へ出て行って、根尾くん1人だけじゃ可哀想だと思ったので、取材後は彼を誘って近くのSOGOへ豚カツを食べに行きました」

 根尾選手もきっと、ずっと忘れないでしょう。SOGO(そごう)で食べたトンカツの味を。じゃなくて、原田さんの優しさを。

呂彦青投手とは一心同体

これは10月のフェニックス・リーグ。試合中に藤浪投手(奥)と並んでチャートをつける原田さん。
これは10月のフェニックス・リーグ。試合中に藤浪投手(奥)と並んでチャートをつける原田さん。

 呂彦青投手とともに2年目のシーズンが終わりました。もう古巣のように溶け込んでいますね。「僕自身はすっかりチームに馴染んでいます。日本生まれで日本育ちということもあり、台湾でも日系の会社で働いていたので、タイガースに入団しても特に違和感なく業務をこなすことができました」と原田さん。そして「ただ…」と続けます。

 「ただ、僕が順風満帆に仕事をこなしていても、やっぱり選手がうまくいかないと、よかったと思えませんし。そこは選手と同じ気持ちで、呂くんが抑えて結果が出ていたら嬉しいです。結果が出なかったら、自分は何もしていないんですけど、投げた本人以上に悔しい気持ちになります」。言わば家族のような感覚なのでしょうね。

 「呂くん本人はあまり感情を表に出さないタイプなのですが、一緒にいるとちょっとした行動で喜怒哀楽がわかるので、そこらへんは本人が試合に集中できる環境を作れるよう、僕なりに気を遣って努力しています。一心同体みたいな感じなので、彼が1軍に上がれなかったのは悔しいですし、もっとサポートできればと反省することばかりです」

 

 呂彦青投手にとって、なくてはならない存在なのでは?「それを決めるのは本人なので、僕は何とも言えませんけどね(笑)。そう思われる存在になるよう努力するだけです」。うまくいった試合のあとは原田さんも嬉しそうで、逆に納得いかない表情の時は原田さんも浮かない顔をしています。そんな気持ち、誰よりも呂彦青投手がよくわかっているでしょう。

7月4日のウエスタン・オリックス戦で今季初勝利を挙げた呂彦青投手(右から2人目)がヒーロースピーチ。それを通訳する原田さん(左から2人目)。
7月4日のウエスタン・オリックス戦で今季初勝利を挙げた呂彦青投手(右から2人目)がヒーロースピーチ。それを通訳する原田さん(左から2人目)。

 オフは台湾で過ごし、年明けに日本へ戻る予定。原田さんは「その前に一度、呂くんと台北で食事に行く約束をしているんです。本人のトレーニング次第で、また都合がいい日に連絡しようと思っています」と言っていました。呂彦青投手と原田さんが迎える3年目のシーズン、今春の安芸キャンプで誓った「2人に甲子園のお立ち台に上がる」夢を、ぜひかなえてください!

   <掲載写真のうち、※のないものは筆者撮影>