阪神・糸原健斗選手が初心にかえった日 中学生硬式野球『タイガースカップ』表彰式にて

表彰式で優勝チームにカップを手渡す阪神の糸原健斗選手。

 甲子園球場で行われていた『第13回タイガースカップ~2017中学生硬式野球・関西No.1決定戦~』が9日に閉幕。2日と3日に続いて9日は準決勝と決勝、そして表彰式では阪神タイガースの糸原健斗選手がプレゼンターを務めました。

 この大会は近畿2府4県のシニアリーグ、ボーイズリーグ、ヤングリーグの各予選を勝ち抜いた代表10チームが、文字通り中学生硬式野球の関西ナンバーワンを争うものです。参加リーグに所属する中学2年生以下の選手が出場可能。2005年から始まり、甲子園球場改修中は鳴尾浜で開催されていて、私はそのあたりの2006年から2009年まで取材に行った記憶があります。

 といっても、見たのは現役選手が出場チームを対象に行う野球教室(今はなし)のみ。大会自体も8年ぶりで、あのころ中学生だった選手はもう20代半ばだなあと思いながら、初めて閉会式を見ました。

タイガースカップの思い出

 ちなみに、今までで一番印象に残っているのは第2回大会(2006年)です。この年の野球教室には安藤優也投手、杉山直久投手、秀太選手、赤松真人選手が参加しました。今思えば、4人で10チームの230人を指導するって大変だったでしょうねえ。秀太選手「バッティングは安藤の方がうまいので」、安藤投手「はい、バッティングは僕が教えますよ」。なんて会話が私の取材メモに残っています。

 この大会がなぜ印象的だったかというと、野球教室で富田林リトルシニアの子たちと一緒にいた秀太選手が「すごいよ~中田翔二世!」と言うので見たら、他の選手たちより頭1つ分くらい大きな子がいました。それが背番号1をつけた、富田林二中の勧野甲輝選手。“甲子園で輝く”という名前や、14歳で182センチ&85キロという体格、また2歳からピッチャーをやっているけど「どちらかというとバッティングの方が好き」という本人の言葉も覚えています。

閉会式の表彰で渡される優勝カップ、個人賞のトロフィー、準優勝の盾など。
閉会式の表彰で渡される優勝カップ、個人賞のトロフィー、準優勝の盾など。
これはメダル。金と銀の2種類ですが、見た目では区別がつきませんでした。
これはメダル。金と銀の2種類ですが、見た目では区別がつきませんでした。

 その後はPL学園に進み、2010年のドラフト5位で内野手として楽天に入団した勧野選手。しかし思うような結果が出ず、2013年に戦力外を告げられます。トライアウトを受け育成選手で入ったソフトバンクも、ケガの影響などで2015年に戦力外。でも九州三菱自動車から声がかかって入社しました。2016年のシーズンだけで現役を退いたものの、今は営業マンとして頑張っているとか。ことしのドラフト5位で阪神に入った谷川昌希投手とは元チームメイトで、しかも同い年なんですね。

 勧野選手とはなかなか会う機会がなく、ようやく話せたのが2013年の合同トライアウト(草薙)です。「中学2年の時にタイガースカップで」と言ってみたけど…まったく覚えていませんでした。そりゃそうですよねえ。当時の写真は携帯で撮ったものなので、サイズが小さすぎて載せられないのが残念。

表彰式のプレゼンターは糸原選手

 思い出話が長くてすみません。では『第13回タイガースカップ~2017中学生硬式野球・関西No.1決定戦~』最終日の簡単な試合結果と、閉会式の模様をご紹介します。

【準決勝1】

和歌山御坊ボーイズ-兵庫伊丹ヤング

 伊丹 441 000 1 =10

 御坊 000 301 2 = 6

【準決勝2】

神戸中央リトルシニア-北摂リトルシニア

 神戸 100 000 = 1

 北摂 300 032x = 8 ※6回コールド

決勝戦終了時のスコアボード。最後まで息をのむ接戦でした。
決勝戦終了時のスコアボード。最後まで息をのむ接戦でした。

【決勝】

北摂リトルシニア-兵庫伊丹ヤング

 伊丹 000 110 1 = 3

 北摂 011 000 0 = 2

 5回に兵庫伊丹が追いついて、スタンドは盛り上がる一方。ちなみに7回を終わって同点の場合は延長に突入し、11回以降はタイブレーク方式で行われる…という規則が決勝に関しては適用されないと、つまり決勝は決着するまでエンドレスでやる、と聞いたのが6回終了後でした。その時点で15時半をすぎていたので、照明をつける準備も整っていたそうです。

 しかし7回表に1点勝ち越した兵庫伊丹ヤングが、その裏を抑えきって試合を決め初優勝。先制しながら惜しくも逆転された北摂リトルシニアが準優勝となりました。

周囲への感謝を忘れずに、と挨拶

優勝旗を授与する表彰式のプレゼンター・糸原選手。
優勝旗を授与する表彰式のプレゼンター・糸原選手。

 閉会式にスーツ姿で臨んだ糸原選手は、まず兵庫伊丹ヤングに優勝旗と優勝カップを、続いて北摂リトルシニアには準優勝の盾を授与。そのあと両チームの選手全員に、1人ずつメダルをかけていきます。個人賞(最優秀選手賞は兵庫伊丹の真鍋颯投手、敢闘賞は北摂の坪田大郎捕手)の表彰も糸原選手が行い、最後は閉会の挨拶です。

優勝した兵庫伊丹ヤングの選手たち。
優勝した兵庫伊丹ヤングの選手たち。
準優勝の北摂リトルシニアの選手たち。
準優勝の北摂リトルシニアの選手たち。

 決勝を観戦した糸原選手は、閉会式が始まる前にブツブツ言いながら練習していた成果はバッチリだったようで、いい挨拶でした。その内容を書いておきましょう。冒頭と締め、つまり起承転結の“起”と“結”の部分は省略させていただきます。まず“承”から。

 「優勝した兵庫伊丹ヤングの選手の皆様、優勝おめでとうございます。ナイスゲームでした!この優勝が、今後の皆様の野球人生にとって大いなる自信と飛躍につながるものと信じています。そして、惜しくも優勝を逃した北摂リトルシニアの健闘は、優勝に値するものだったと思います」

 ここで両チームの健闘を、スタンドの皆様と関係者の皆様の拍手でたたえましょうという言葉があり、次は“転”の部分です。

閉会の挨拶をしているところです。
閉会の挨拶をしているところです。

 「さて私自身も中学生の時、皆様と同じように野球漬けの毎日でした。その私がここに立っているのも、野球を教わり、野球に打ち込むことができる環境を整えてくださった周りの方々のおかげだと思っています。皆様も、自分の周りの方のサポートのおかげで本日の栄光を勝ち取ったのだということを、決して忘れないでください。そして今後も野球に打ち込んでください」

 少し噛んだ部分もあるにはありましたが、そんなことは気にならないくらい立派な挨拶です。それと優勝、準優勝の2チームで計40人の選手たちにメダルをかけたところは、最初から最後までニコニコと嬉しそうな表情。メダルをかけてもらった選手も笑っていましたよ。何かちょこっと会話をしたのかもしれませんね。

中学生の姿を見て初心にかえった

まず優勝した兵庫伊丹の選手にメダルをかけます。
まず優勝した兵庫伊丹の選手にメダルをかけます。
ずっとニコニコしていた糸原選手。中学生たちも笑っています。
ずっとニコニコしていた糸原選手。中学生たちも笑っています。

 では、糸原選手の囲み取材のコメントです。まず自身の中学時代を思い出したかと聞かれ「そうですね。でもこっちの方が断然レベルが高くて驚きました」とのこと。閉会式で選手たちに何か話をした?「メダルをかけている時に“おめでとう”と言ったくらいです」

 糸原選手はどんな中学生だった?「僕は軟式野球だったので全然違うと思いますけど。きょう、ひたむきに白球を追う姿を見て、初心にかえるという意味ではすごく勉強になりました」。決勝戦をすごく真剣に見ていたそうですね。硬式と軟式の違いはありますが、泥だらけになって走る姿に自身をも重ねたでしょう。

 そんなに体が大きい方ではない糸原選手が阪神に入って、この甲子園で活躍するのを見て、プロへ行きたいと思う子は多いかも。「小さい子もいると思うので、夢を与えられるように活躍して、しっかり頑張っていきたいと思いました」。体が大きくなくてもやれるってことを見せたい?「それは常に思ってプレーしているので」

 プロに入って1年目のシーズン、改めて体格のいい選手が多いと感じたかという問いに「すごい体の大きい選手が周りに多くいるので。でも気持ちでは負けないという思いは常に持っています。来年もそういう気持ちを持って、小さい子たちに夢を与えられるようにやっていきたい」と答えた糸原選手。その気持ちが1つ1つのプレーに表れていることを、子どもたちは知っています。

 果てしなく続いた身長の話は、これが最後です。きょうの2チームでも180センチある大きい子や150センチ前半の子、いろいろいたでしょう?「身長で抜かれている子もいて、メダルをかけるのが大変でした(笑)」

画像

 ところで、10日のスポーツ紙でご覧になった方も多いと思いますが、甲子園球場のベンチが改修されることになりました。椅子が現在の2列から3列に、最前列は立って見る“メジャー仕様”へ変わるとか。つまりマツダスタジアムのようになるわけで、来年3月下旬からの選抜高校野球前に完成するよう工事が行われるそうです。

 それを受けて「新しいベンチは前のめりになって戦況を見守る形なので、よりいっそう声も出しやすいのでは?」と振られた糸原選手ですが「ベンチに座っていたら試合に出られないので…グラウンドで頑張ります」と答えました。そうですね、確かに。まあ打順が回ってこない場面を想定しての質問だったんですけど、でも糸原選手の気持ちはいつもグラウンドにある、ということでしょう。

     <掲載写真は筆者撮影>