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データで迫る“坂本勇人のパワーヒッター化”。本塁打量産をもたらしている進化の実態

岡田友輔プロ野球データの収集と分析/株式会社DELTA代表取締役
(写真:アフロ)

成熟を見せていた坂本の打撃にさらなる変化

坂本勇人(巨人)が開幕から好調を維持している。6月5日の楽天戦の本塁打で早くも20号に到達し、セ・リーグ本塁打王争いを独走。2010年に記録したキャリアハイ31本塁打の更新どころか、シーズン50本を超えるペースで本塁打を量産している。坂本にどのような変化が起こっているのだろうか。

まず坂本が各年度でどのような打撃成績を残してきたか、総合的な打撃貢献を表すOPS(※1)で確認していこう。プロ2年目でレギュラーに定着した坂本は、3年目の2009年に打率3割を記録。翌2010年には31本塁打を放ち、長打力を開花させた。しかし、その後は2012年に最多安打を獲得することはあったが、成績が安定しない時期が続いた。2011-15年は坂本のキャリアの中で打撃の「停滞期」と位置づけられそうだ。

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ところが2016年、坂本は打撃能力を再び開花させる。この年、坂本は首位打者を獲得したうえ本塁打も23本まで伸ばし、NPBトップクラスの成績を残す。この2016年からの3年間は坂本にとって「成熟期」と位置づけられるだろう。この時点で打者としてはほぼ完成形かと思われた坂本だが、今季はそこからさらに大きく長打力を伸ばしているのだ。

※1 OPS(On-base plus slugging):出塁率+長打率。打席あたりの総合的な打撃貢献度を表す

ロングティー練習の成果? センター方向遠くにフライを集中させる2019年型坂本

ここ数年における坂本の打撃スタイルの変遷は、本塁打の方向を見ると理解しやすい。イラストは坂本の本塁打がスタンドのどこに飛んだかを示したものだ。飛距離よりも打球の方向に注目してほしい。

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まず「停滞期」である2014-15年の本塁打を示す水色のプロットを見ると、ほとんどがレフトポール際から左中間方向に集中している。インコース打ちの上手い坂本はこの時期、真ん中から内寄りの投球を捌き、レフトに引っ張り込むような本塁打が多かった。

ただ赤いプロットが示す「成熟期」に入ると本塁打の方向に変化が現れはじめる。レフトポール際や左中間方向だけでなく、バックスクリーンやライト方向など、より広角に本塁打を飛ばしていることがわかるだろう。

その広角打法から今季はどのような変化が起こっているだろうか。右側のイラストに示した緑色のプロットを見てみよう。今季は「成熟期」にも多くあったレフトポール際への本塁打が減少し、左中間、またはバックスクリーン周辺に本塁打が集中している。内角ギリギリの投球を引っ張らず、センター方向に飛ばす本塁打が印象に残っているファンも多いはずだ。

「成熟期」にもこういった本塁打はあったが、今季はそうした打球を飛ばす精度がさらに向上しているように見える。フライがセンター方向に飛ぶ割合は、昨季の35.1%から今季47.7%へと大幅にアップ。本塁打にならなかったフライでもセンター方向に飛ぶ傾向が強まっているようだ。

坂本はここ数年、キャンプや試合前練習でルーティンとしてロングティーを重点的に行っているようだ。ロングティーとは近くからトスしてもらった球を、フライで遠くへ飛ばす練習だ。今季の坂本は試合の打席においても、まるで練習で繰り返すロングティーのように、センター方向遠くに飛ばす強いスイングができているように見える。

走者をためて丸と勝負したくないバッテリー心理が坂本に影響

ほかに坂本好調の要因になっていそうなものとして、本人以外の部分が考えられる。

坂本は昨季、1番打者を務めることが多かった。しかし、昨季の巨人は坂本に続く2番打者に強打者を配置することは少なく、坂本と次の打者との間に大きな力の差が生まれていた。相手バッテリーからすると、坂本を歩かせて力の落ちる次の打者と勝負しようと考えてもおかしくはない状況にあった。2アウトや一塁が空いた状態であればなおさらだ。

しかし今季は坂本の次を新加入の丸佳浩が務めることが多くなっている。丸は坂本と同等の力をもつ打者である。相手バッテリーからすると、坂本は最悪歩かせて次の打者と勝負という選択はしづらい状況が生まれている。

このようなバッテリーの心理はデータにも表れている。昨季、坂本は43.5%の割合でストライクゾーンに投球されていた。これが今季、丸が後ろに控えている状態での坂本の打席では、47.9%にまで値が上昇している。

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その分大きな変化が起こっているのが、明確なボール球の割合だ。明確なボールとはストライクゾーンギリギリではないボール球を指す。イラストに示した、ストライクゾーンまわりの水色の部分を想像してもらえばよい。

坂本に対する明確なボール球は昨季42.6%あったが、丸が後ろに控える今季は38.3%にまで減少している。バッテリーとしては振ってくれればラッキーというような投球だ。丸に走者を置いた状態でまわすことを避けたいバッテリーの心理が、明確なボール球を減少させているようだ。

巨人は交流戦に入ったタイミングで、坂本→丸の並びを、丸→坂本に変更している。重要なのは強力な打者が2人並んでいることである。この2人を離すことは安易に行うべきではないだろう。

以上より今季の坂本の本塁打ペース倍増は、

1.センター方向へフライを飛ばすスイング精度の向上

2.次の打者に丸が控えていることによるストライク勝負の増加

この2つが主な要因として挙げられそうだ。

丸との関係を抜きにしても、2016年に首位打者を獲得した高い技術に、さらに上積みを加えられるところに坂本の凄みを感じる。NPBの歴史においてこれほどの打力を備えた遊撃手は稀だ。もしこのペースで本塁打を打てるなら、史上最高の強打の遊撃手の評価を決定的にするシーズンになりそうだ。そしてそれが実現できれば、当然チームは優勝争いにおいて大きく優位に立つことになるだろう。

プロ野球データの収集と分析/株式会社DELTA代表取締役

1975年生まれ。2002年より日本テレビのプロ野球中継スタッフを務める。2006年にデータスタジアム株式会社に入社。統計的な見地から野球の構造・戦略を探求するセイバーメトリクスを専門に分析活動をおこなう。2011年に合同会社DELTA(2015年に株式会社化)を設立。プロ野球球団の編成サポートを行うとともに、アメリカで一般化しつつあった守備指標や総合指標の算出・公開など日本の野球分析を米国規格に近づけるための土台づくりにも取り組んでいる。球団との関係は年々深まっており、データ面からのサポートを中心に現在多くの球団とビジネスを行っている。

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