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『このミス』大賞発表! 賞金1200万円を獲得したのは、56歳の元・模型雑誌編集者

大森望SF翻訳家、書評家
大賞受賞者が造形したマタニティロボ・ジオラマ(写真提供・宝島社)

 数ある小説新人賞の中でも最高の賞金額を誇るのが、宝島社の主催する『このミステリーがすごい!』大賞。大賞の賞金は1200万円(優秀賞は200万円)。

 これまで、『流』の東山彰良や《チーム・バチスタ》シリーズの海堂尊をはじめ、深町秋生、柚月裕子、中山七里、乾緑郎、佐藤青南、岡崎琢磨など、数々のベストセラー作家を送り出してきた。最近だと、志駕晃『スマホを落としただけなのに』もこの賞から生まれたヒット作。

 10月1日、その『このミス』大賞の最新(第18回)受賞作が発表された。

 ……と他人事みたいに言ってますが、大森は選考委員のひとりなので、読んだ感想も交えながら紹介しよう。

 大賞に輝いたのは、歌田年(うただ・とし)の『模型の家、紙の城』。話の中身は、紙鑑定士(その実態は、紙の販売代理業を個人で営む紙商)を自称する語り手が、ゴミ屋敷に住む"伝説のモデラー"(プロの模型作家)とタッグを組んで事件の謎を解くサスペンス・ミステリーだ。

 名探偵役が特殊な業界の知識を駆使するタイプのミステリーは小説でもドラマでもぜんぜん珍しくないが、紙にまつわる蘊蓄と模型にまつわる蘊蓄がダブルで披露されるのがこの作品の特徴。紙のプロが依頼を受け、模型のプロが推理する。モデラーのほうはほとんど家から出ないので、一種の安楽椅子探偵ものでもある。

 著者は、1963年、東京都八王子市生まれ。大手の模型雑誌『ホビージャパン』『電撃ホビーマガジン』などの編集者として20年以上のキャリアを持ち、模型の専門家として、プラモデル工作に関する共著も別名義で何冊か出している。その後、出版社の生産管理部に異動し、印刷用紙の調達を担当。この両方の職歴を生かしたのが、今回の受賞作というわけだ。

 現在は、作中の安楽椅子探偵と同じく、プロの模型作家として活躍(緋瑠真ロウ名義)。現在、新宿ゴールデン街のBar「十月」にて、「緋瑠真ロウ造形作品展」と題する個展を開催している(10月15日まで。要ドリンク代)。

 ちなみに今年の第65回江戸川乱歩賞を受賞した『ノワールをまとう女』の神護かずみ氏は1960年生まれ。乱歩賞史上最高齢での受賞と話題になったが、歌田氏のほうも、たぶん(大賞受賞者に限れば)『このミステリーがすごい!』大賞の最高齢受賞者だろう。同世代の二人が、1200万円と1000万円(乱歩賞の賞金額)を獲得したことになる。

 一方、同じ回の『このミス』大賞で優秀賞を獲得した朝永理人(ともなが・りと)『君が幽霊になった時間』は、学園祭のお化け屋敷を舞台にした学園本格ミステリー。首吊り幽霊に扮していた少女が絞殺死体で発見された。彼女はいつ本物の死体になったのか?

 “お化け屋敷の殺人”という、(僕の知るかぎり)ありそうでなかった設定を最大限に生かし、被害者の死亡時刻をひたすらロジックで詰めていく。解決編の切れ味は鮮やかで、探偵役からの“読者への挑戦”も挿入されて、いやがうえにも期待と気分が盛り上がる。

 こちらの著者はぐっと若く、1991年、福島県郡山市生まれ。親子ほど年齢の違う二人が、それぞれ大賞と優秀賞を受賞したわけだ。

 昨年から新設されたU-NEXT・カンテレ賞(『このミス』大賞候補作の中から、ドラマ化を前提として選ばれる)は、貴戸湊太(きど・そうた)『ユリコは一人だけになった』が受賞した(賞金は100万円)。こちらは、20年前まで女子校だった百合ヶ原高校に代々伝わる"ユリコ伝説"をモチーフにした都市伝説ものの学園本格ミステリー。いくつかの難点が指摘されて最終選考には残らなかった作品だが、ドラマ化すればおもしろくなりそうだ。

 以上の受賞作3作は、改稿のうえで、来年1月以降、宝島社から順次刊行予定とのこと。お楽しみに(なお、タイトルは刊行時に変更される可能性があります)。

SF翻訳家、書評家

おおもり・のぞみ/Nozomi Ohmori 1961年、高知市生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家、SFアンソロジスト。責任編集の『NOVA』全10巻で第34回日本SF大賞特別賞、第45回星雲賞自由部門受賞。共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、『読むのが怖い!』シリーズなど、著書に『20世紀SF1000』『新編 SF翻訳講座』『50代からのアイドル入門』『現代SF観光局』など。訳書にコニー・ウィリス『航路』『ドゥームズデイ・ブック』、劉慈欣『三体』(共訳)など多数。「ゲンロン 大森望 SF創作講座」主任講師。

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