『蜜蜂と遠雷』からハマる恩田陸、必読5冊

2017年本屋大賞を『蜜蜂と遠雷』で受賞した恩田陸さん(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 日本のエンタメ小説で最大の賞と言えば、直木賞と本屋大賞。

 名誉なら直木賞(なにしろ受賞するだけで"直木賞作家"という肩書が一生使える)、売れ行きなら本屋大賞(100万部の本は200万部に! 洩れなく映像化!)という感じですが、史上初めて、この2つの賞を両方とも獲ってしまった本がある。

 それが、恩田陸『蜜蜂と遠雷』

 構想12年、取材11年、執筆7年と、おそろしく長い時間を費やして完成した500頁超の大作だ。浜松国際ピアノコンクールをモデルにしたコンテストを軸に、人生を賭けて競うピアニストたちの群像劇を、それこそスポーツ小説のような臨場感と迫力で描き出す。本の分厚さにたじろぐかもしれませんが、読み出したら止まらないおもしろさは保証します。

 不可能と言われた映画化も実現し、10月4日に全国公開。コンクールでしのぎを削る主要登場人物(括弧内はキャスト)を簡単に紹介すると、

・5歳で天才少女として華麗なデビューを果たしたのに、ピアノが弾けなくなり、一度は引退。このコンクールに復活を賭ける栄伝亜夜(松岡茉優)。

・年齢制限ギリギリでエントリーした、楽器店勤務で妻子持ちのふつうのサラリーマン、高島明石(松坂桃李)。

・コンテスト出場経験ゼロ、養蜂家の父とともに各地を転々としてきたため、家にピアノさえなく、天分のみで見出された16歳の野生児・風間塵(鈴鹿央士)。

・フランス人貴族の血を引く、ジュリアード音楽院在学中の貴公子、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)。

 小説では、彼らの弾く音楽がありとあらゆる方法を使って表現され、ピアノやクラシック音楽に疎い読者の頭の中にも豊かな音が響いてくる。映画を観る前か、観てからかはともかく、原作はぜひ読んでほしい。恩田陸の最高傑作、いやそれどころか現代エンターテインメントの最高峰のひとつ。

 さらに、映画公開と同時に、『蜜蜂と遠雷』のキャラクターたちが再登場するスピンオフ短編集『祝祭と予感』も刊行されている。

 コンクール後の入賞者ツアーの合間に恩師の墓参りに出かけた亜夜とマサルに塵がくっついていく『蜜蜂と遠雷』の後日譚「祝祭と掃苔」にはじまり、コンクールで審査員をつとめるナサニエルと三枝子の若き日の出会いを描く「獅子と芍薬」や、ホフマンが幼い塵を見出した瞬間を活写する「伝説と予感」など全6編。浜崎奏のヴィオラ選びの悩みとおいしいチゲ鍋のつくりかた(!?)を重ねた「鈴蘭と階段」も楽しい。

『蜜蜂と遠雷』という最高級のフルコース料理を堪能したあとにコーヒーとともに供される極上のプチフールの一皿のような1冊。『蜜蜂と遠雷』のあとに、ぜひどうぞ(コンクールの結果がわかってしまうので、こちらから先に読むのはお薦めしません)。

 しかし、恩田陸は作家歴27年。小説の単独著書だけに限っても、50冊を遥かに超える。ということで、今回は『蜜蜂と遠雷』からハマった人にお薦めしたい恩田陸の必読5冊を厳選して紹介する。

『六番目の小夜子』新潮文庫

 記念すべき恩田陸のデビュー作。この小説を初めて読んだのは僕がまだ新潮社の社員だった1991年のこと。第3回日本ファンタジーノベル大賞の最終候補を選ぶため、一次選考を通過した作品を読んでいるときに手にとったのが『六番目の小夜子』の原型にあたる300枚弱の手書き原稿。「その朝、彼らは静かに息をひそめて待っていた」という本文の書き出しからぐっとつかまれ、はっと気がつくと読み終えていた。『蜜蜂と遠雷』のおそるべきストーリーテリングを、恩田陸はまだデビューもしていない28年前から自家薬籠中のものにしていたのである。

 もうひとつ、『六番目の小夜子』で感心したのが、ひっぱるだけひっぱったあと、ついに体育館で上演される文化祭の芝居のシーン。高まりきった期待を裏切らない、みごとなアイデア。ここぞというとき、読者の予想を上回るネタを出せる作家はめったにいない。その意味でも、『小夜子』は『蜜蜂と遠雷』にダイレクトにつながっている。

 メインモチーフは、地方の進学校に代々伝わる奇妙な慣習。3年に一度、始業式の当日、教室に真っ赤な薔薇の花が生けられることでこのゲームはスタートし、その年の文化祭では秘密裏に選ばれた生徒によって「サヨコ」と呼ばれる芝居が演じられることになる。

 そして、六番目のサヨコの年の始業式の朝、教室に赤い薔薇が登場したその日、津村沙世子という名の女生徒が転校してくる……。

 2000年にはNHKでTVドラマ化されて、主役格の三人を、鈴木杏、栗山千明、山田孝之が演じた。くだんの演劇シーンもきっちり映像化されてます(ひさしぶりに録画を見返したら、山田孝之の別人ぶりがすごかった)。

『夜のピクニック』新潮文庫

『蜜蜂と遠雷』以前の恩田作品で、たぶんもっともよく読まれていたのがこの『夜のピクニック』。こちらは第2回本屋大賞と第26回 吉川英治文学新人賞をダブル受賞し、大ベストセラーとなった。

 “全校生徒がひと晩かけて何十キロもひたすら歩く青春小説”という構想を恩田さんから最初に聞いたときは、そんな話がはたして長編になるのかと疑問に思ったもんですが、そこは恩田マジック。ゴールが少しずつ近づいてくる緊張感と青春小説的なリリシズムとが絶妙にマッチして、極上の読み心地に仕上がっている。こういうシンプルな話のほうが、持ち前の小説技術が読者に伝わりやすいのかもしれない。

 モデルになったのは、恩田さんの母校、水戸一高の伝統行事「歩く会」。約1000人の生徒が約80キロの道のりをほんとに歩きつづけるんだそうで、事実は小説より奇なりというか、水戸一高じゃなくてよかった。いやまあ、うらやましい気もするけど。

 2006年9月、長澤雅彦監督で映画化。主演は、先日結婚を発表したばかりの多部未華子(甲田貴子役)。そのほか、石田卓也、郭智博、西原亜希、貫地谷しほり、松田まどか、柄本佑、高部あい、加藤ローサ、池松壮亮らが出演している。

『チョコレートコスモス』角川文庫

 『蜜蜂と遠雷』がピアノの話なら、こちら芝居の話。ただし群像劇ではなく、ひとりの天才に焦点を絞る。圧倒的なストーリーテリングの力を見せつけることだけに特化したかのような、めちゃくちゃおもしろいエンターテインメントだ。

 この小説のライバルは、物語を読ませることにかけて(すくなくとも単行本27巻までは)戦後日本最強を誇る、美内すずえの国民的少女マンガ『ガラスの仮面』。恩田陸はこの超傑作を徹底的に分析し、現代の小説として完璧に再構成する。このマンガを読みはじめたら止まらなくなるのはなぜか。北島マヤはなぜ“おそろしい子”なのか。『ガラスの仮面』であるために何が不可欠なのか……。

 その結果、紫のバラの人も不幸な実母も桜小路くんもいない、(あくまでも比喩的な意味で)100パーセント純粋な、理想の『ガラスの仮面』小説バージョンが完成した。劇中劇の一種異様な迫力まで(もちろん『ガラスの仮面』とはまったく違う演目、まったく違う手法を使って)鮮やかに文章化されているのには驚くしかない。ここまで完璧に役になりきるとは、まさに小説界の北島マヤ。恩田陸、おそろしい作家である。

 ともあれ、『チョコレートコスモス』の舞台描写で培った技術が『蜜蜂と遠雷』にも遺憾なく発揮されているのはまちがいないだろう。

『光の帝国 常野物語』集英社文庫 

 超能力者一族の歴史を語る〈常野物語〉シリーズの第一作となる連作短編集。ゼナ・ヘンダースンの〈ピープル〉シリーズにインスパイアされた設定だが、『光の帝国』では、一話ごとに登場人物が交替し、全体を通じて〈常野〉と呼ばれる一族の姿がぼんやり見えてくる仕組み。

 最大の特徴は、各篇それぞれが、背後に壮大な物語の存在を予感させること。巻頭の傑作短編「大きな引き出し」が典型的に示すとおり、ノスタルジックなSFにオマージュを捧げつつ、シャープな現代感覚を失わないのも恩田陸らしい。SFというジャンルへの入門書としても最適。このシリーズはその後、『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』と書き継がれている。

『夢違』角川文庫

 見た夢を映像として録画する技術が開発された近未来(推定2030年代ごろ)を背景にしたサスペンス。夢の記録映像“夢札”を解析する“夢判断”を職業にしている野田浩章は、ある日、死んだはずの女性を図書館で目撃する。彼女の名は、古藤結衣子。日本で初めて、予知夢を見ていると認定された人物であり、同時に浩章の6歳上の兄の婚約者でもあった。浩章が見たのは幽霊か、白日夢か、それとも?

 そのころ、各地の小学校で奇妙な出来事が起きていた。教室でとつぜんパニックを起こし、泣きわめく子供たち。ある女子児童は、「何かが教室に入ってきた」と説明する。どうやら集団白日夢らしい。浩章は、子供たちの夢札を分析する仕事を受け、現地に赴く。そして、「夢は外からやってくる」という印象的なフレーズをきっかけに、物語は大きく転回する……。

 この小説を原案に生まれたのが、北川景子と木村真那月(子役)の主演でTVドラマ化/映画化された人気作「悪夢ちゃん」。ドラマの主題歌はももいろクローバーZ「サラバ、愛しき悲しみたちよ」で、スペシャル版にはメンバーが出演した。映像版とは雰囲気もストーリーもぜんぜん違うので、小説のほうもぜひ。