「触り方」特集も 痴漢を娯楽として消費してきたメディアの過去を暴く『痴漢とはなにか』

1982年に創刊された雑誌の「スレスレ痴漢法」特集誌面の一部(筆者撮影)

 『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(牧野雅子/エトセトラブックス)は、読めば必ず人に紹介したくなる本だ。特に、第二部以降で詳述されている、70年代から90年代にかけてメディアがどのように「痴漢」という犯罪を扱ってきたかについて。

『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(牧野雅子/エトセトラブックス)(C)エトセトラブックス
『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(牧野雅子/エトセトラブックス)(C)エトセトラブックス

 メディアは、面白おかしく娯楽として「痴漢」を消費してきた。

 本書では、文化人やタレント、ミュージシャンたちがインタビューで自分の過去の痴漢行為を自慢し女性を侮辱した表現を行ってきたことがつまびらかにされている。

■雑誌の創刊号で「スレスレ痴漢法」特集が組まれた過去

 一例を紹介すれば、1976年に「私は、女性には、痴漢に襲われたいという願望があるのではないかとも考えている」「女性にとって、それほど不愉快な出来事ではないのではないかという気がする」とエッセイに綴ったのは、直木賞受賞作家。

 1982年、当時の気鋭クリエイターたちが集結した雑誌の創刊号特集が「快適通勤電車特集 ここまでならつかまらない スレスレ痴漢法」。誌面ではイラスト付きで「(女子高生に)カバンでお尻をガードされた。でもなんとなくお尻が『さわってほしい』と語っていました。だからさわった」などと紹介されていた。

「スレスレ痴漢法」の一部。5ページにわたって痴漢の多い路線や「感謝の気持でさわること」などが指南されていた。人気コピーライターが表紙コピーを担当するなど話題雑誌だった(筆者撮影)
「スレスレ痴漢法」の一部。5ページにわたって痴漢の多い路線や「感謝の気持でさわること」などが指南されていた。人気コピーライターが表紙コピーを担当するなど話題雑誌だった(筆者撮影)

 1990年、女性誌の中で「オレなんかも、やむにやまれないって感じで、痴漢しちゃうことあるもんね」「(覗きをしたことをあるかを聞かれ)もちろん、学生時代なんか盛んに(笑)」と語ったのは、当時お笑いタレントで後に政治家となった男性。

 どのような媒体で誰がこのようなことを語ったのか。知りたい人は本書を開けば答えが書いてある。

 ゾーニングされた成人誌だけでこういったことが行われていたわけではなく、週刊誌や、ときには大手新聞に載るコラムでもこのような痴漢加害への寛容さがあった。

 その後、2000年頃に「痴漢冤罪」が社会問題として取り上げられ始めると、さすがに「痴漢報告」や「痴漢のノウハウ」的な記事は掲載されなくなり、今度は女性専用車両バッシングが誌面に登場するようになる。

 『刑事司法とジェンダー』(インパクト出版会)で大きな話題を呼んだ著者の牧野雅子さんは、元警察官という、ジェンダー研究者・社会学研究者としては異色の経歴を持つ。この新刊にどんな思いを込めたのか。

■「ツラい」「この通り」、世代によって反応が分かれる

――私も80年代の状況を調べて驚いたことはあったのですが、それでも本書を読んでみて当時のひどさに改めて驚きました。ほぼ全ページに驚愕して、ツラい……と思いました。

牧野さん(以下、牧野):私より若い世代の人は「驚いた」「ツラかった」と言いますね。上の世代の方からは「この通り」「書いてくれてすっきりした」と。彼女たちはその時代を知っているので。その差が興味深いですね。

――90年代まではずっと痴漢を「男が持つ当然の欲望」かのように扱ってきたメディアが、2000年頃を境に急に「痴漢冤罪は大問題である」と姿勢を一変させたことがわかります。これはメディアへの反省を促す本ではないかと思いました。

牧野:もちろんメディアの人にはそう受け止めてほしいんですけれども、メディアは社会の窓口で、それを受け止めて受容する読者がいたという問題でもあります。

――成人誌だけではなく、週刊誌や大手新聞でも同じようなことをしていた。

牧野:「この新聞もか…」みたいなね。当時はネットがなかった時代。読者はお金を払ってそういう情報を買っていました。

■1995年に痴漢の検挙件数が増えた理由

――牧野さんは元警察官という、ジェンダー研究者としては異例の経歴の持ち主です。90年代頃から警察の痴漢取り締まりが厳しくなったという実感はありますか?

牧野:被害者対策要綱ができたり、鉄道警察隊に女性が入るようになったりという動きはあったけれど、警察内部の意識の変化はどうでしょうね……。ただ、1995年に検挙件数が上がったんですよね。東京でも大阪でも、それまでの1.5倍の検挙件数。届出件数はもっと多かったでしょう。

――1995年は阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があって。

牧野:はい。それで駅構内などに警察官が立つようになったんですね。被害に遭った人がすぐに届け出をしやすくなった。

――女性の記者さんからもその話を聞いたことがあります。

牧野:おかしいのは、雑誌で専門家に震災のストレスで痴漢が増えたんだろう、というような内容を語らせていたこと。「女性が届けやすくなったから届け出が増えた」「被害者がどうやったら届け出しやすくなるのか」という視点が編集部にも世間にもなかったのではないでしょうか。

■触っていても「痴漢冤罪」と呼ぶメディア

――2000年代に性教育バッシングやフェミニズムへのバックラッシュがありました。届け出が増え痴漢が可視化され始めたら、すぐに「痴漢冤罪」の方をメディアが取り上げるというのは、バックラッシュの動きと似ていると思いました。

牧野:バックラッシュと言えるかわからないですが、「痴漢冤罪」を特集しながら、女性の下着姿や、痴漢風俗に行ってわざわざ撮影した写真を載せた雑誌も少なからずあった。かつて娯楽として痴漢を取り上げていた頃の欲望のはけ口を、「痴漢冤罪」に見出して。ものすごい悪意がありますよね。

――2000年頃の痴漢冤罪特集の中では「触らせておきながら痴漢扱いされた」というケースが散見されることも紹介されています。女性から誘ってきたのに、いざ触ったら捕まえられたという主張。被害者側の主張は紹介されていないですし、とても都合が良い……。

牧野触らせておいて痴漢だと騒ぐ女もいるんだってね。「痴漢冤罪」は、性被害をエロとして楽しむこともできて、女を憎むこともできる。二度おいしいテーマだったと思います。

■冤罪は捜査や司法の問題

――警察の捜査の問題点について、本書では被害者の言い分も、「作られる」ことが明らかにされています。

牧野:尊敬する弁護士の先生から感想をいただいたとき、そのことに触れてくださっていました。被害者の被害申告も、そのとおりに聞いてもらえるわけではないし、そのとおりに調書になるわけではない、と。

――「被害者の言い分だけで逮捕・勾留される」という話ばかりが先行して、被害者も警察で理不尽な思いをすることがあまり知られていないので、書いてくださって良かったと思いました。

牧野冤罪は捜査や司法の問題です。冤罪事件の調査に関わったこともあるので特にそう感じます。女の問題ということにさせられるのはおかしい。ただ、被害者が理不尽さに直面する状況があるということは、書くかどうかをギリギリまで迷いました。

――なぜでしょうか。

牧野被害に遭う側にとっての有用な情報が、加害者側に都合のいいように利用されてしまうというメディアのやり口をずっと見てきたからです。たとえば、女性たちが「あの路線は痴漢が多いから気をつけよう」と情報共有すると、男性誌は「痴漢しやすい路線だ」と喜んで取り上げていた。

――捜査や司法の不備を明らかにすると加害者が利用する。その懸念は非常にわかります。

牧野:加害者ほどそういう情報に敏感です。この本は女性に向けて書いたつもりなので、まず女性に読んでもらえるとうれしいです。

今年5月、大阪のフラワーデモでマイクを持つ牧野さん(筆者撮影)
今年5月、大阪のフラワーデモでマイクを持つ牧野さん(筆者撮影)

■痴漢は「羞恥させたこと」の罪?

――全国のほとんどの迷惑防止条例では「痴漢」の文字は入っていないことや、「人をいちじるしく羞恥させるような言動」を禁じているために、被害者が「恥ずかしかった」という供述調書が作られるという話も、本書で初めて知る人が多いと思います。

牧野:もともとの条例が痴漢取り締まりのためのものではなく、部分改正や解釈・運用を変更することで対処してきたことの弊害だと思います。昔は痴漢被害があることはわかっていたのに、条例でさえ対処をしていなかった。被害軽視です。この条例は各都道府県の警察が立案したもので、「羞恥」という言葉に、警察の性暴力観が現れています。

――90年代まで性的に「羞恥」するのは「婦女」に限定されていたから、男性は迷惑条例違反の痴漢被害者にあたらなかったとか、「羞恥」しない年齢の子どもの場合にどうするかの点など……。

牧野:痴漢事件のほとんどが迷惑防止条例違反として検挙されているのに、その規定は痴漢被害の実情に合っているとは思えない。条例の問題については、本書では踏み込んで論じられなかった点もあるので、近いうちに学会報告や論文で問題提起したいと思っています。

――最後にお聞きしたいことがあります。2000年頃、「痴漢冤罪」を訴えてメディアに頻繁に登場していた男性が2003年に盗撮で逮捕され、支援団体から除名されました。このようなケースを本書の中で取り上げなかった理由を教えて下さい。

牧野:個別のケースについては、今回はあえて出しませんでした。まず、「痴漢」について今まで社会で何が語られてきたかを共有して、その上で、個別の事例に踏み込みたいなと。

――なるほど。次作も楽しみにしています。

【1980年代の様子が伺える、牧野さんのコラムは必読】

→ チカン上司の肩持つ誤答は罪深い(LOVE PIECE CLUB/2019年7月30日) 

『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(牧野雅子/エトセトラブックス)(C)エトセトラブックス
『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(牧野雅子/エトセトラブックス)(C)エトセトラブックス

牧野雅子さんプロフィール

1967年、富山県生まれ。龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員。警察官として勤めたのち、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(人間・環境学)。専門は、社会学、ジェンダー研究。著書に、刑事司法におけるジェンダーの歪みを暴き、大きな話題となった『刑事司法とジェンダー』(インパクト出版会)、『生と死のケアを考える』(共著、法藏館)がある。