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エロと性暴力の間 「ペッパイちゃん」の無邪気

小川たまかライター
『日本の美学 21号』(ぺりかん社/1994年)表紙

江戸時代、著名な絵師である喜多川歌麿や葛飾北斎も春画を描いていたことは有名だ。男女の性交場面(ときには男女以外の組み合わせも)を描いた春画は恐らく一つの文化として根付いていた。そして、春画に文字をつけて冊子にしたかたちのものは「艶本(えほん)」とも呼ばれ、「笑本(えほん)」とも呼ばれた。春画自体、「笑い絵(わらいえ)」と言われることもある。

上記は一つの例だが、西洋では神秘や禁忌の対象である「性」が、日本では笑いの対象として扱われてきた一面があった。西洋と日本の建物の構造の違いが、性に対する意識の差をもたらしたという説を読んだことがある。つまり、西洋であれば壁で仕切られた密室の中で行われる秘事が、日本ではふすまと障子という紙一枚の向こうで行われる。大人と子どもの世界が完全には分かれておらず、性が禁忌になりづらい環境だったと(なんという論文だか忘れてしまったので申し訳ないのだが)。春画の中には、子どもを抱いた女性が性交していたり、性交の様子を子どもが眺めていたりするものもある。海外では春画のアートとしての価値が早くから認められ、展示も積極的に行われてきたが、子どもが描かれている春画だけは絶対に展示されなかったという話を聞いたこともある。学生時代の講義では、男性が上、女性が下になっている体位が「正常位」だという西洋の概念が持ち込まれたのは明治以降で、春画の中には女性が上に乗っている体位やそれ以外も多く描かれていた日本で、男性が上となる体位だけが「正常位」だったとは考えづらいのではないかという話も聞いた。

一部の春画では、男性器も女性器もなぜか巨大に描かれている。あの巨大な性器は、エロスというよりも最早滑稽で、笑いの対象だと思うし、そう論じられてもいる。私はエロを(ある程度)オープンにし、笑いに結びつけてきたその文化が嫌いではないし(というか好きだし)、下品でアホでくだらないなあと思う一方で一緒に交じりたいと常々思ってきた。エロいことは面白い。

恐らく、「ペッパイちゃん」というアートで物議を醸した女性アーティストも、これに似た気持ちで純粋に日本独自のエロ観に親しみを覚えてきたのではないかと思う。彼女は過去のインタビューでは秘宝館を訪れた際の興奮を「エロとテクノロジーが結びつくとヤバいものができると確信したんです」と語っている。私も秘宝館は好きだし、エロ文化をこよなく愛するその気持ちには(勝手にではあるが)共感する。

しかしその一方、「ペッパイちゃん」を批判する人たちを拒絶する姿勢を見せた彼女の態度は、よく理解できなかった。

「ペッパイちゃん」を知らない人のために説明すると、人型ロボットである「ペッパー君」にかつらやスクール水着を装着させ、胸部にあるタブレットに女性の胸を映し出し、操作によっては露出させたり、触ったりできるものである。ペッパイちゃんは、胸部を触られると「らめぇぇぇぇ」と言ったり、腕を頭の後ろにまわして腰を振ったり、なんともあられもない反応をする。そしてお触りし過ぎると、目を赤く光らせて、触った「犯人」を撮影、自動的にTwitterに投稿する。「【速報】乳首搭載ロボ「ペッパイちゃん」のおっぱいが何者かに触られる事案が発生しました。犯人の特徴は、いかにも変態です。証拠写真はこちら。」という文面とともに。「セクハラ事案生成ロボ」なのだそうだ。

ペッパイちゃんに対する批判としては、個人を特定できる画像をTwitterに投稿することに対するものもあったが、圧倒的に多かったのは、「セクハラ(性暴力)を笑いの対象とするな」というものだった。確かに、女性アーティストのこれまでのインタビュー内容を読んでみると、ペッパイちゃんを制作した理由を「ペッパーのタブレットの位置が、いかにも『あれ』だったので」「Pepperの胸のタブレット、どう考えても卑猥なポジションに見えないですか!? ここにおっぱい表示して、さわるとビクンビクンするみたいなのやりたいです!」と語っていたりするので、「エロ=笑い」の延長で「セクハラ=エンタメ」としてしまったと取られても仕方ない。

「セクハラ」という言葉を持って女性がアートを制作したと聞いて、「セクハラという行為をシニカルに批判する」目的のものだと最初は想像したのだが、どうやらそういう目的ではなく、単純にロボットの体を借りてセクハラ行為を楽しく行ってみるということだったようだ。通報機能があるとはいえ、これもエンタメの一環のように見える。彼女の文章を読んでも「セクハラ・インターフェース(SI)」という活動内容がどういうものなのかイマイチわからなかったのだが、「こんな感じのおじさんの持つセクハラ感をガジェットにした、SIをつくろう!」というインタビュー上でのコメントなどから読み取るに、最新テクノロジーでセクハラを表現してみようという意図だったのではないか。

とても無邪気な発想だと思う。私はテクノロジーへの興味は薄いが、もし何らかのきっかけでそういったものに触れる機会があったら、日本のエロ文化に魅せられていた初期段階で、そういった制作活動をしていたかもしれない。テクノロジー云々は別としても、当時ならセクハラをエロと同一視していたかもしれない。

だが残念なことに、エロは笑えてもセクハラは笑えないし、公共の場で鑑賞して楽しめるものでもない。なぜならセクシャルハラスメントは性的嫌がらせであり、性暴力だからだ。「性」がついているからエロであると捉える人もいるのだろうが、単なるエロとは異なり、それは被害者のいる「暴力」だ。セクハラを表現することは、暴力を表現することだ。セクハラを表現することが悪であり、タブーだとはまったく思わないが、セクハラを暴力だと認識していない人がセクハラを表現することは非常に危険なことだ

たとえば子どものロボットを叩き続けて反応を観察する「いじめ生成ロボ」というものがあったとしよう。女性の胸を触り続けて反応を観察する「セクハラ事案生成ロボ」と「いじめ生成ロボ」は、人間がロボットに暴力を振るうアートとという意味で全く同じだ。Twitter上で、「セクハラ事案生成ロボ」について、「このロボを見てマジで傷つく人がいるのか」というような内容のツイートを見かけたが、それが「いじめ生成ロボ」と根本的に同質であることを説明しても、「マジで傷つく人がいる」ことを理解できないだろうか。ましてや、フラッシュバックに悩む性犯罪被害者は少なくない。昨日も、「言うことを聞け」などといって部下の女性の服を脱がすなどの行為を行っていた市職員が強制わいせつで逮捕されたニュースが報じられたが、こういった性被害に遭った人たちが、胸部部分を脱がされ、触られる「セクハラ事案生成ロボ」を見て「体が震えた」「過去の被害がフラッシュバックした」と訴えたとしても、私は「ロボットへの行為なのに現実と区別ついてなさすぎwww」「そんなトラウマを持つのはごく少数の人たちだけだから大げさwww」などとは決して言えない。とはいえ繰り返すが、性暴力の表現で傷つく人がいるからそれを全て規制しろ、などとは思わない。怖いのは、そういった表現が誰かを傷つけることがあるということに対して無自覚な人の無邪気さだ。その無邪気さは表現者自身の首を絞めることになる。

また、セクハラと笑いの関係については考えなければいけないことがもう一つある。それは、セクハラの被害者は、ときとして「セクハラぐらい、笑ってやり過ごせ」というプレッシャーを受けるということだ。いじめ加害者がいじめを楽しんで行うのと同じように、セクハラは加害者にとっては「笑えるもの」だし、ときには「笑ってごまかせるもの」だ。被害者にとっては決してそうではないのだが、加害者は被害者に対しても「笑って軽く受け流す(もしくは笑って受け入れる)」ことを求める。被害者が怒ると、「“こんなことぐらいで”怒らないでよ」と、怒る被害者を笑う。

以前の記事で自分が受けた電車内痴漢やそれ以外の性被害について書いた。その中のひとつに、高校生だった頃、自宅の玄関前で痴漢に遭った、というものがある。自宅前で話しかけられ、「この人の前で鍵を開けてはいけない」と思ったので(そのとき、家には誰もいなかった)、とりあえず話を聞いていたら、急に胸を触られて「いくらなの?」と言われたのだ。私が身構えると、男性は笑いながら「本気にならないでよ」と言って去って行った。被害を受けた方が拒絶をしても、加害側はなぜか「え、なんで怒ってるの? 本気だと思った?」と被害者を笑うことができる。

「こんなことを本気にしてるの?」「こんなことぐらいで怒るの?」という嘲笑は、ペッパイちゃんをTwitter上で批判した人たちにも向けられた。性犯罪被害者が怒ると笑われるのと同じく、性暴力表現に怒ると笑われることがあるのである。

私がこの記事を書いているのはペッパイちゃんの制作者を批判したいからではない。セクハラを性暴力だと認識していない全ての人に対して、セクハラは性暴力だと言いたいから書いた。「そんなの当たり前じゃないか」と言う人もいるだろうが、残念ながらそう認識できている人ばかりではない。以前、自分が受けた痴漢被害を性暴力だと認識していない女性が多いということをテーマに「痴漢は性暴力に入りますか?」という記事を書いたが、セクハラにしても痴漢にしても、言葉の響きが軽いからなのか、加害者も被害者もそれを「性暴力」だと思っていないことがある。ペッパイちゃんを批判した人たちの多くは、性的な表現が不快だとか規制したいとかいう単純な話はしていないのではないか。彼ら彼女らは、いかに無自覚に性暴力(もしくは暴力)を行う人が多いかということを知っているだけだ。または、性暴力を受けた被害者が被害を訴えても、加害者や周囲からたやすく「笑い」に変えられることを知っているだけだ。「勘違いだ」「本気にしたの?」「このぐらいのことで」「冗談なのに」といった言葉を使って(たとえば男児の性被害は最も見過ごされやすく、また「笑い」の対象にされやすいもののひとつだ)。

以前、「弱者は女性だけじゃない! 女性専用車両の不思議」という記事を書いたコンサルタントの女性は、文末で痴漢被害に遭った女性たちに向けてなのか、「本当に生産的なのは、私は被害者だと延々ということではなく、男性と恊働しながら何かを提案する活動です」と書いた。恐らくこのコンサルタントの女性は、被害者だと言えない被害者や、被害を訴えても何のサポートも受けられなかった被害者がどれだけいるかを知らないのだろう。被害者自身、「そのぐらい大したことじゃない」という声につられて、自分の被害を認識していないことがある。痴漢被害に遭った子どもが、同じく痴漢やセクハラの被害に遭い続けた母から「大したことじゃないでしょ?」と言われた例を知っている。つい先日も人気タレントが「女性専用車両はブスばっかり」と言ったが、自衛をしようとしたら自意識過剰だと言われかねない風潮すらある。そんな中で自分の身に起こった被害を訴え続けるというしんどいことは、なかなかできることではない。

私は自分の受けた性犯罪被害を、今のところ「延々と言って」いきたいと思っているし、同じようにする人を支援したい。それは同情を引きたいとか、「最強の弱者」になりたいからではなく、性犯罪被害への理解がまだ足りないと思うからだ。痴漢やセクハラを性暴力だと認識していない人がまだいるという事実がそれを示している。性犯罪被害者への理解の先に、性犯罪被害者へのサポートがあり、性犯罪被害の抑止があると思っている。

性犯罪被害に関する記事を書くようになってから、「自分も実は被害に遭った」「家族が被害に遭った」という連絡が頻繁に来るようになった。「痴漢は性暴力ということを知った日。」というネット上の文章もその一つだ。知らない人から来ることもあるし、旧来の知人から突然それを明かされることも何度かあった。見えているつもりで見えていない現実がすぐそばにあることを、その都度思い知らされる。性犯罪をフィクションでしか知らない人や、性犯罪のニュースを見ても「自分とは関係ない世界のこと」と思える人も多いのかもしれないが、私にとって性犯罪被害は、ごく身近な、どこにでもあるものだ。

視点が違えば見えるものは違う。これまでの経験が異なれば、見える景色は異なる。性暴力の被害者が被害に遭った経験を消すことはできないのだから、「そんなことでフラッシュバックを起こすな、考え過ぎだから考え方を変えろ」というのは無理な話だ。全てのセクハラは性暴力であり、その行為を笑えるのは加害者だけであり、被害者や傍観者に対して「笑えるでしょ?」「笑ってすませられるでしょ?」と言うことはもうすでに性暴力への加担だということを知ってもらいたい。

※ペッパイちゃん制作者の女性は、8日の深夜にTwitter上で、ペッパイちゃんに対する批判の意図を綴っていた漫画家の中村珍さんに対して、批判の一部を受け止めると取れる発言をしている。書いたもので無自覚に人を傷つけてしまった失敗は、私も過去に経験している。自分がたまたま性犯罪被害について少し調べているからこの件について偉そうなことを書けるだけで、今後誰かを傷つけるような表現をしないという自信はない(もちろん重々気を付けるけれども)。公の場で発信している人は多かれ少なかれ、そういう失敗をしていると思う。私のような一介のライターが、華々しい活躍をしている彼女に対してこんなことを言うのはおこがましいが、どうか冷静に批判を受け止め、これからも頑張って活動を続けてほしい。

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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