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ウクライナに供与されるF-16戦闘機に期待されること

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ空軍より、2011年のセーフスカイズ演習でウクライナに飛来したF-16

 5月19日から始まっていたG7広島サミットにウクライナのゼレンスキー大統領が急きょ訪問するという驚きの展開となり、アメリカのバイデン大統領はF-16戦闘機の供与の容認を伝達しています。現在NATOの幾つかの国では戦闘機の更新で古くなったF-16を退役させて新型のF-35を調達している最中であり、ちょうど引退したばかりの余剰のF-16が多数あるので、これを直ぐにでもウクライナに提供することが可能です。

 戦闘機は非常に高価なので現役で使っている機材を気軽に出すというわけにもいきません。F-16を提供しようという声が大きかったのは、十分な性能を持ち余っていて数が出せる西側の戦闘機がまさにこれだったからです。

お互いに航空優勢を確保できていない戦場

 2022年2月24日から始まったロシア-ウクライナ戦争は「航空戦力で圧倒していた筈のロシアが航空優勢の確保に失敗した」という予想外の展開で推移しています。これはウクライナ側の防空システムが適切な陣地転換を行いながら生き残り戦い続けたので、ロシア側は防空網制圧に失敗し、戦闘機が地対空ミサイルによって多数撃墜されて損害があまりに多くなり、脅威を避けるように活動が抑制された結果です。

 戦闘機同士の空中戦で拮抗したのではなく、防空システムの地対空ミサイルが空を支配しています。

 ただしこれは逆にウクライナ側の戦闘機にも言える話で、ロシア防空システムの脅威を避けるように飛ばざるを得ない状態です。またそもそも投入可能な戦闘機の数が10倍近くロシア側が多いので、もともとの空中においても劣勢です。それでも「お互いの地対空ミサイルが怖くてお互いに航空優勢が取れていない」という状況を利用して、圧倒的に劣勢な航空戦力でも殲滅されずに生き残って戦い続けることができています。

 この状況では戦闘機は防空システムの射程圏内ではレーダーに探知され難いように超低空を飛行することを強いられます。高空を飛ぶ場合は防空システムの射程圏外からの攻撃(射程の長い空対地ミサイルや滑空爆弾によるスタンドオフ攻撃)によって発射母機の安全を確保して戦わなければなりません。

 この状況はレーダーに捉え難いステルス戦闘機ならば簡単に引っ繰り返せる可能性があります。しかしロシア空軍は新型ステルス戦闘機「Su-57」の量産ができておらず、少数の投入では戦局に影響が無く、墜落機が出たら鹵獲されて技術が解析されてしまうリスクばかりで、前線にはほとんど出て来ていません。

 アメリカ側もステルス戦闘機「F-35」の保有数の余裕はあっても鹵獲されてしまうリスクを恐れてウクライナ供与は考えてもいないようです。ウクライナ側もF-35の供与は無理があると自覚しており、西側製の戦闘機で数が多く最も供与しやすいF-16を望んだ形となっています。

F-16で航空優勢が確保できるわけではない

 既に説明した通りステルス戦闘機のF-35ならば文字通りのゲームチェンジャーとなり得ますが、非ステルス戦闘機のF-16ではそのような劇的な効果は期待できません。ウクライナ空軍の戦闘機パイロットの数には限りがあるので、供与できる戦闘機の数は現段階から近い将来では数十機程度が限界になるでしょう。敵のロシア戦闘機は数百機が前線付近に出て来る可能性があるので、空中戦では劣勢のままです。敵防空網制圧もこの数では完遂することなど望めません。

 つまりF-16が供与されても空の戦いの根本的な状況は変わりません。

 それでもウクライナ側がF-16の供与を望んでいるのは、空の戦いを少しでも改善させて戦い続ける必要があるためです。防空システムの地対空ミサイルだけではカバーしきれないところを戦闘機で埋める必要があります。

F-16に期待されていること

  1. 敵戦闘機の行動の抑制
  2. 各種誘導兵器での対地攻撃

敵戦闘機を牽制しスタンドオフ攻撃を抑止する

 敵戦闘機の行動は既に説明した通り防空システムの地対空ミサイルで抑制されていますが、対抗策として防空システムの射程圏外からの戦闘機による長距離攻撃(射程の長い空対地ミサイルや滑空爆弾によるスタンドオフ攻撃)が行われています。

 このスタンドオフ攻撃に対抗する手段は2つ方法があり、1つは長射程防空システム(パトリオットPAC-2やSAMP/Tなど)を前進配備して相手の射程を更に上回ることです。しかし長射程防空システムは非常に高価でウクライナに供与されている数が少なく、配備できる場所は限られています。ロシア側はどのあたりにウクライナの長射程防空システムが居るのか推定しやすく、それ以外の場所では戦闘機の行動は抑制し難くなります。

 もう1つの方法は味方戦闘機で敵戦闘機の行動を妨害することです。戦闘機ならば移動展開は容易で何処にでも現れて敵の行動を牽制し抑制することが可能です。しかしこれは敵の防空システムや戦闘機の脅威外から攻撃可能な長射程の空対空ミサイルが無いと味方戦闘機の損害が増えてしまいます。

 そして長射程の空対空ミサイルはロシア空軍にはありますが(R-33やR-37)、ウクライナ空軍にはありません。このギャップを少しでも埋めるために西側製の長射程の空対空ミサイル(AIM-120Dやミーティア)が必要になります。空対空ミサイルの有効射程はミサイルのみの性能では決まらず、発射母機の火器管制レーダーの性能も重要になります。仮にウクライナ空軍の東側製戦闘機に西側製の空対空ミサイルを改造で実装しても、レーダーの性能が低ければ意味が薄くなります。

 そこで西側製戦闘機を西側製空対空ミサイルごと供与して欲しいという要求です。F-16ならばAIM-120D(最大有効射程160km)が運用できます。ただしF-16ならば全てが最新型のAIM-120Dを運用できるというわけではなく、対応改修された機体でないと運用できません。それでも1世代前のAIM-120C(最大有効射程100km)であっても、ウクライナ空軍の保有する東側製空対空ミサイルの2倍近い最大有効射程を発揮することが可能です。

 なおロシア側はR-37空対空ミサイルの最新型「R-37M」が最大有効射程400kmという非常に長大な射程を有しており、これに匹敵する西側の空対空ミサイルはありません。ただしこれはAWACS(早期警戒管制機)のような大型機を想定した数字なので、戦闘機のような小型機を相手にした場合はこの最大有効射程は発揮できません。発射母機の戦闘機のレーダーは小型目標が相手だと探知距離がもっと短くなってしまうので、R-37Mの性能を全て発揮することは出来なくなります。このことにより戦闘機による空対空戦闘では射程の差が縮まります。

 つまり戦闘機の空対空戦闘の場合、たとえF-16をウクライナに供与しても数の面でも質の面でも劇的に有利になるわけではなく、現状の航空戦力では圧倒的な不利な状況を大きく改善する(劣勢のままではあるがかなり戦えるようになる)という効果が期待されています。

 F-16を供与できても数十機が限度である以上、敵機を空中で圧倒して航空優勢を一気に奪取するようなゲームチェンジはできません。最前線ではゲリラ的な散発的な出撃が中心になるのは従来のままです。それでも敵戦闘機の自由な行動を妨害することは可能です。味方の空中の戦闘機と地上の防空システムを組み合わせて戦い続ければ、敵に航空優勢を握らせない状態を維持することが可能となるでしょう。

各種誘導兵器での対地攻撃

 実はウクライナの使用している旧ソ連製の東側戦闘機は、運用できる対地攻撃用の誘導兵器がほとんどありません。無誘導爆弾、無誘導ロケット弾、射程の短い空対地ミサイルが中心です。このため長距離スタンドオフ攻撃ができないので、仕方なく超低空で突撃して無誘導ロケット弾を斜め上に向かって発射して遠隔攻撃するという戦法を取っています。

攻撃機や攻撃ヘリがロケット弾を「斜め上」に発射して遠隔攻撃する戦法

 ウクライナ軍とロシア軍の双方のSu-25攻撃機や攻撃ヘリが無誘導ロケット弾の斜め上発射による遠隔攻撃を行っていますが、この攻撃方法は命中精度が著しく低く、発射母機が撃墜され難いのですが有効な攻撃方法とは言えません。

 ロシア軍は射程の長い空対地ミサイルと滑空爆弾を持っていますが、在庫数が満足に無いのか投入数は低調です。誘導兵器は高価になるので十分な数が用意できていなかったのでしょう。

 ウクライナ軍はアメリカから「AGM-88対レーダーミサイル」や「JDAM-ER滑空誘導爆弾」、イギリスから「ストームシャドウ巡航ミサイル」の供与を受けて東側戦闘機を改造して搭載するという荒業を実施していますが、簡易な改造なのでAGM-88は全性能を発揮できず、そもそも対レーダーミサイルなのでレーダー相手にしか使えません。ストームシャドウは供与数が少ない(高価でイギリスの保有数が少ない)という状況です。

 F-16戦闘機ならば運用できる空対地用の誘導兵器の種類が非常に豊富です。誘導爆弾、滑空爆弾、空対地ミサイル、対レーダーミサイル、巡航ミサイル、更には対艦ミサイルも運用可能です。取れる戦術の幅が一気に広がります。

 効果の低いSu-25の超低空飛行からの無誘導ロケット弾の斜め上発射による遠隔攻撃を行うよりは、F-16の超低空飛行からの滑空誘導爆弾のトス爆撃(上昇しながら斜め上に放り投げる爆撃法)による遠隔攻撃の方が有効でしょう。既に東側戦闘機で使っているAGM-88対レーダーミサイルやJDAM-ER滑空誘導爆弾も、F-16で使用したほうが本来の性能を発揮できます。

 また供与されるかはまだ分かりませんが、F-16はJASSM巡航ミサイルも運用できます。JASSM-ER(射程1000km)は射程が長過ぎて供与し難いのですが、初期型の無印JASSM(射程370km)ならばストームシャドウ(射程560km)が供与された今ならば出しやすい状況です。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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