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S-400防空システムの40N6迎撃ミサイルは対弾道ミサイル迎撃用ではなく対AWACS追い払い用

JSF軍事/生き物ライター
RT(ロシア国営メディア)よりアルジェリア向け40N6E(40Н6Е)ミサイル

 ロシア軍のS-400防空システムは48N6系や9M96系など複数種類の迎撃ミサイルを運用することができますが、長年詳細が分からず謎に包まれていたのが40N6ミサイルでした。

  • 英語:40N6(40N6E)
  • 露語:40Н6(40Н6Е)

 長い間このミサイルは弾道ミサイル防衛システムと推測されており、ロシア紙の報道でも何度か以下のような性能数値が掲載されていました。

40N6(輸出名称:40N6E)の初期推測値

  • 射程:400km
  • 高度:185km

 高度185kmは空力操舵が利かない宇宙空間です。サイドスラスターなど他の制御機構を装備していないと機動ができません。ここから40N6は大気圏外と大気圏内をどちらでも機動できる画期的な性能の迎撃ミサイルと目されていました。もしこの性能を達成できるなら極超音速兵器の迎撃も可能です。ロシアは一体どのような技術を用いているのかずっと注目されていました。

 しかしこれは正しい情報ではありませんでした。

 2018年にモスクワのクビンカで開催された国際兵器展示会「アルミヤ2018」で40N6Eの説明ボードが展示され、初めて公式に性能の数値が判明しました。実機や模型はなく説明ボードのみでしたが、其処に描かれていた40N6Eのイラストは既存の48N6系とよく似た形状で、迎撃高度は30km。大気圏内専用ミサイルだったのです。

参考外部記事bmpd:Характеристики зенитной управляемой ракеты большой дальности 40Н6 「長距離対空誘導ミサイル40N6の特徴」、2018年8月24日

40N6(輸出名称:40N6E)の公式数値 

  • 射程:380km
  • 高度:30km

 従来のS-400防空システムが使用する長距離地対空ミサイルは48N6系になりますが、射程は150~250kmです。40N6系はその2倍近い射程になります。

  • 48N6E 射程150km
  • 48N6E2 射程200km
  • 48N6E3 射程250km
  • 40N6E 射程380km

 形状が48N6と酷似した40N6は1段式ミサイルのままですが、劇的な射程増を達成するために弾頭重量の軽量化や固体燃料推進剤の増量などの方法を取っていると考えられます。

 40N6が長射程化した理由と使い方については2つの大きな理由が思い付きます。

  1. 対巡航ミサイル(低高度目標への長距離超地平線射撃)
  2. 対早期警戒機(高高度目標への長距離射撃)

対巡航ミサイル超地平線射撃(可能性・小)

 地球は丸いので遠くの目標は地平線の下の陰に隠れてしまい、地上からのレーダーでは見えなくなります。そこで空中に居る早期警戒機のレーダー情報と防空システムをデータリンクし、地平線の向こうに居る空中目標を迎撃する方法が超地平線射撃です。これはアメリカ軍の新型艦対空ミサイル「SM-6」でも計画されている方法です。

 ただしこの方法は自軍が航空優勢を確保していることが条件です。早期警戒機を前方に出しても敵戦闘機に襲われないように、味方戦闘機が周囲を飛び回っている状況が要求されます。アメリカ軍のように自軍が航空優勢を取る自信がある場合や(SM-6の場合は空母の戦闘機の援護がある)、敵戦闘機が出て来ない後方で敵巡航ミサイルが飛んで来るような条件での運用が前提になります。

 するとロシア軍の想定では使い難い機能です。相手が強力なアメリカ軍だと航空優勢の確保は困難ですし、ロシア空軍の早期警戒機の保有数は多くなく、S-400防空システムとの連係もあまり想定していないでしょう。

 仮にS-400防空システムと40N6迎撃ミサイルに超地平線射撃能力があったとしても、ロシア軍は積極的に使う方針ではない、使える状況は限られてしまうということになりそうです。

対早期警戒機への長距離射撃(可能性・大)

 すると40N6迎撃ミサイルの主目標は何か。それは遠い距離に居る高高度を飛ぶ目標です。つまりAWACSなどの早期警戒機やグローバルホークなどの高高度大型無人偵察機、E-8ジョイントスターズのような大型対地偵察機などです。

 戦闘機ならば低い高度を飛べば長距離の防空システムからは地平線の陰に入って見えなくなります。しかし前述の早期警戒機などは戦場を広く見渡すために高高度を飛ぶ必要があります。40N6はこれらを追い払う目的の兵器なのではないでしょうか。自軍が航空優勢を取っていれば戦闘機で追い払いに行けばよいのですが、航空優勢を奪えない場合はどうしたらよいか。地対空ミサイルで追い払おうという考え方です。

 実際にアルミヤ2018での40N6Eの説明ボードには迎撃目標6種類が掲載されていましたが、早期警戒機が目標の中に入っています。(参考外部記事bmpdを参照)

  • 有人航空機
  • 無人航空機
  • 精密誘導兵器とその運搬兵器(巡航ミサイルと発射母機の意味)
  • 航空機早期検出機(AWACSなどの対航空機用の早期警戒機の意味)
  • 4800m/sまでの速度の準中距離弾道ミサイルと中距離弾道ミサイル
  • 極超音速巡航ミサイル

 有人航空機や無人航空機が迎撃目標なのは当たり前の話です。巡航ミサイルの迎撃もそうでしょう。弾道ミサイルの迎撃については40N6系は最大迎撃高度30kmである以上、48N6系と大差がありません。サイドスラスターなどの新装備があれば別ですが無いのです、長射程化で推進剤を増やさないといけないのにサイドスラスター用の容積を確保できません。

 すると他の地対空ミサイルに無い40N6独自の迎撃目標は早期警戒機になります。これこそが40N6系の迎撃ミサイルの存在目的なのでしょう。

 なお40N6は極超音速巡航ミサイル(HCM)を迎撃可能とありますが、極超音速滑空ミサイル(HGV)を迎撃可能とは記されていません。高度40~60kmを飛んで来る極超音速滑空ミサイルが相手では迎撃高度30kmの40N6では対処不能です。

 極超音速巡航ミサイルは高度30km前後を飛んで来るのでぎりぎり対処可能と宣伝ボードに書いたと思われますが誇大広告に近く、この高度では空気密度が薄く空力操舵の利きは極端に悪くなるので厳しいでしょう(高速で動く小さな目標に当てる精密な誘導が難しい)。40N6系では極超音速巡航ミサイルの中間段階での迎撃はやはり困難の筈です。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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