Yahoo!ニュース

阿蘇山の噴火前に行っていた降灰予報

饒村曜気象予報士
阿蘇中岳の第一火口(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

阿蘇山噴火

 熊本県の阿蘇山で平成31年(2019年)4月16日18時32分、噴火が発生しました。

 噴火したのは阿蘇山中岳の第一火口(タイトル画像参照)で、噴煙の高さは200メートルに達しました。

 阿蘇山が噴火するのは平成28年(2016年)10月8日以来、約2年半ぶりですが、噴火の規模としてはごく小さく、噴火警戒レベルは、平成31年(2019年)4月14日(日)以降に発表されているレベル2のままでした。

 レベル2は、5段階ある噴火警戒レベルの下から2つめ、「火山周辺規制」です(図1)。

図1 噴火警戒レベルとキーワード
図1 噴火警戒レベルとキーワード

 このレベル2が発表されているときは、住民等は普段の生活ができますが、登山者や入山者は火口周辺への立ち入り規制等が行われます。

阿蘇山の降灰予報

 阿蘇山が噴火する1時間半前、4月16日17時に気象庁は阿蘇山の「降灰予報(定時)」を発表しています(図2)。

図2 阿蘇山の「降灰予報(定時)」の一部(4月16日18時から17日12時)
図2 阿蘇山の「降灰予報(定時)」の一部(4月16日18時から17日12時)

 この「降灰予報(定時)」というのは、噴火の可能性が高い火山について、もしも今日、噴火が起こるとしたら、この範囲に降灰や小さな噴石があるということを、定期的に知らせる情報です。

 実際に噴火が起きているわけではありませんので、18時間先までに噴火が発生し、想定した高さまで噴煙が上昇したと仮定して、降灰の範囲や小さな噴石の落下範囲を計算したものです。

 今回の阿蘇山噴火では、想定した高度まで噴煙が上がっていませんので、この時の火山灰は予想ほど遠くに広がっていませんが、まず火山灰は北に流れることが想定でき、素早い初動体制を作るのに役立ちます。

 降灰予報には、「噴火予報(定時)」のほか、「降灰予報(速報)」と「降灰予報(詳細)」があります。

 降灰の予測計算には時間がかかるため、噴火発生後に計算を開始したのでは、噴火後すぐに降り始める火山灰や小さな噴石への対応に間に合いません。

 そこであらかじめ、噴火時刻や噴火規模(噴煙高)について複数のパターンで降灰予測計算を行い、計算結果を蓄積しておくという方法で、噴火発生後5~10分程度で「降灰予報(速報)」が、噴火発生後20~30分程度で「降灰予報(詳細)」が発表になります。

 阿蘇山の噴火では、「降灰予報(速報)」が発表になっていませんが、平成31年(2019年)4月13日11時20分に桜島が噴火し、噴煙が火口縁の上空2200メートルまであがりましたので、これを使って、気象庁地震火山部では、11時41分に「降灰予報(速報)」を発表しています(図3)。

図3 桜島の降灰予報(速報)(4月13日11時41分発表)の一部
図3 桜島の降灰予報(速報)(4月13日11時41分発表)の一部

 この図の少量の降灰とは、降灰の量が0.1ミリ未満で、火山灰が降っているのがようやくわかり地面にうっすら積もる程度です(やや多量の降灰は0.1~1ミリ、多量の降灰は1ミリ以上)。

「火山灰」と「小さな噴石」

 気象庁が発表する情報のなかに、「火山灰」と「小さな噴石」という言葉がよく出てきます。

 「火山灰」は、噴火によって火口から放出される固形物のうち、比較的細かいもの(直径2ミリ未満)で、風によって火口から離れた広い範囲に拡散します。

 これに対して、直径数センチ程度の、風の影響を受けて遠方まで流されて降る噴石のことを「小さな噴石」、概ね20~30センチ以上の、風の影響をほとんど受けずに弾道を描いて飛散する噴石を「大きな噴石」としています。

 大きな噴石は、噴火とともに飛散し、避難までの時間的猶予がほとんどなく、防災は困難ですが、火山周辺の現象です。

 小さな噴石や火山灰は、風によって遠くまで運ばれますので、被害範囲は広がりますが、対応をとる時間的猶予もあります。

降灰予報の先駆けは桜島

 気象庁が火山灰による被害を防止・軽減するための情報を最初に発表したのは、昭和58年(1983年)9月です。

 鹿児島地方気象台が、天気予報サービス電話(177)で、鹿児島上空の高層風の実況値を発表したのが最初です。

 桜島の噴煙は、桜島上空の風は東風なら西のほうに、西風なら東のほうに流されますので、風向がわかるだけでも、「洗濯物を外に干せない可能性が高い場所に住んでいる」ということがわかります。

 当時の鹿児島地方気象台長は、昭和59年(1984年)に気象庁を定年退職し、その後、テレビで気象キャスターとして活躍した倉嶋厚さんでした。

 桜島周辺に住んでいる人には好評で、各テレビ局が天気予報番組の中で放送するようになり、鹿児島上空の高層風の実況地の提供から予想値の提供へと進んでいます。

 降灰予報は、平成21年(2009年)の浅間山噴火、平成23年(2011年)の霧島山新燃岳の噴火活動、近年の桜島の噴火などをへて、具体的な降灰の量の予測まで、情報の拡充が進んでいます。

 気象庁は、気象だけでなく、地震、火山、海洋など、自然現象をすべて網羅している官庁で、世界的には珍しい組織です。

 しかし、火山と気象の情報を組み合わせて火山灰予報を行うなど、違う分野が協力して高度な防災情報を発表するときには、一つの組織という強みが生きています。

図1、図2、図3の出典:気象庁ホームページをもとに著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

饒村曜の最近の記事