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【ロングインタビュー(2)】練習再開の「あずしん」、高橋大輔から勇気をもらい激戦時代へ

野口美恵スポーツライター
全日本選手権フリーダンスで演技する田中&西山組(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【ロングインタビュー(1)】全日本2位の翌日、怪我で手術。強運も不運も味方に「あずしん」練習再開

 日本アイスダンス界は、かつてない激戦時代を迎えている。北京五輪団体メダリストの小松原夫妻組と、「うたまさ」こと吉田唄菜(20)&森田真沙也(20)組、そして「あずしん」こと田中梓沙(18)&西山真瑚(21)組の3組が、全日本選手権で互角の戦いを見せ、世界選手権の代表は“異例”の保留に。しかしその翌日に田中選手が負傷し、田中&西山組はエキシビションを欠場した。怪我の状況、世界選手権の選考、そして日本アイスダンスの未来――。モントリオールで練習を再開した2人から、今の思いを聞いた。

――昨年12月の全日本選手権では、結成わずか8ヶ月で銀メダル。しかも世界選手権の派遣は、3組がきっ抗し、審議保留となりました。

田中梓沙 全日本選手権で決まると思っていたので、すごく驚きました。

西山真瑚 自分たちにもまだチャンスをいただけたと思って、もっと頑張ろうと思いました。

――直後に怪我をしてしまいましたが、掴んだチャンスは活かせそうですか?

田中 2月の四大陸選手権も諦めずに目指すつもりで、モントリオールに戻ってきました。今はスケーティングがメインでダンスとしての技術的な練習が出来ていないので、大会2週間前からは、手も組んで練習したいと思います。

練習を共にする現世界王者のチョック&ベイツ組
練習を共にする現世界王者のチョック&ベイツ組写真:ロイター/アフロ

聖地モントリオールで、憧れのダンサーから刺激「幸せな日々」

――お二人はアイスダンスの聖地ともいわれる「Ice Academy of Montreal(通称I.AM)」で練習されています。小松原夫妻組や、ジュニアの岸本彩良&田村篤彦組も共に切磋琢磨していますね。

西山 本当に素晴らしい環境です。世界王者のマディソン・チョック&エヴァン・ベイツ組と練習を一緒にさせていただく機会が多く、とにかく圧倒的。2人の演技が始まったら壁際に張り付いて見とれちゃいます。カナダ、リトアニア、イギリス、各国のトップ選手がいて、チームごとに個性が違うんです。全員がお手本になりますし、色んなトップ選手の例があることで、自分達がどの選手をより目標にしたらいいのかを考えることも出来て、本当に面白いです。

田中 世界トップのアイスダンサーが集まっているクラブだというのはキャシー(リード)先生からもお聞きしていたんですが、昨年5月に来て、本当にびっくりしました。木下アカデミーはシングル選手が切磋琢磨する環境でとても刺激的だったのですが、同じようにアイスダンサーの方々から刺激をいただける環境で、すごく恵まれていると思います。

――西山選手は、トロントのクリケットクラブ(Toronto Cricket Skating & Curling Club)から移籍しましたが、環境は変わりましたか?

西山 クリケットクラブはシングルがすごく強いクラブだったので、これからはアイスダンスに専念するということでモントリオールに移籍しました。アイスダンスでは世界で一番環境が良いと言われる場所で、自分をもっと強くしたい、アイスダンスで上を目指したいなと思って来ました。

――お二人、それぞれが憧れのアイスダンサーは?

田中 私は以前、初めてアイスダンスをテレビで見た時に、イタリアのアンナ・カッペリーニ&ルカ・ラノッテさんのカップルがすごく綺麗だなあと思ったのが、今でも一番印象に残っています。

西山 僕はモントリオールに移る前から見ていた中では、シブタニ兄妹です。アイスダンスは欧米の競技というイメージがある中で、アジア系の選手として初めてオリンピックの表彰台に乗り、世界の超トップで活躍しました。勇気をもらったカップルです。

またモントリオールで一番参考にしているのは、カナダのマージョリー・ラジョイ&ザカリー・ラガさん。ザカリーさんは身長172cmで僕と同じくらいなのですが、滑っていてすごく大きく見えるんです。それに表現面でも、リズムダンスがマイケル・ジャクソン、フリーは綺麗な曲で、幅広いジャンルを多彩に表現しているので、いつも見て研究しています。

――モントリオールでの生活はいかがですか?

田中 言葉の面も含めて、真瑚君にかなりお世話になっています。1月に戻ってからは雪がすごいのですが、私は雪が好きなので積もっているのを見ると歩きたくなります(笑)。毎日マイナス10度くらいで寒くて、リンクと家の往復しかしていないけれど、そのためにここに来たので、すごく幸せなことだと思ってます。

西山 平日は3時間半のオンアイス練習と、週2回のオフアイストレーニングで、かなり追い込んではいます。土日はずっと家にいて寝ておかないとエネルギー不足になるくらいです。

田中 シングルの時はもっと長時間滑っていたんですが、アイスダンスは3時間半でもかなりしんどいです。私にとっては成長し続けなければならない1年なので、とにかく頑張っています。

2023年国別対抗戦で現役最後の演技をする村元&高橋組
2023年国別対抗戦で現役最後の演技をする村元&高橋組写真:西村尚己/アフロスポーツ

村元&高橋組と小松原組の対決から、3組が激戦の時代へ

――今季の全日本選手権は、3組の激戦。日本アイスダンス界は、大きな変革期を迎えていると思いますが、その肌感はありますか?

西山 やはり2019年に高橋大輔さんがアイスダンス転向を発表されたことが、日本スケート界にとっても僕にとっても衝撃でした。しかもわずか3年で、アイスダンス界の世界トップ10に食い込むところまで実力をつけたのは、さすがです。一方の小松原組も、「オリンピックに出るんだ」という強い気持ちで練習を積み重ねて、成長されました。一緒に練習していた僕は、その日々を目の前で見て、アイスダンスにかける思いをひしひしと感じ、大きな刺激を受けました。2つのカップルの激戦の時期を見て、僕自身もすごく考えさせられた3年間があって、今季を迎えているという気持ちです。

田中 私はまだアイスダンスは1年目ですが、小松原選手達がオリンピックの団体戦でメダルを獲った演技を見て凄いと思いましたし、(個人戦の)リズムダンスでもあの大舞台で自信を持って挑まれている姿を見ていたので、ただただ尊敬しています。

――村元&高橋組は昨季に引退されましたが、2人が日本アイスダンス界に残したものを、どう受け継いでいきたいですか?

西山 村元さんはアイスダンスで元々活躍されていて、大輔さんはシングル界の超トップスケーター。2人が組んだらどれくらい上まで行けるんだろうと、注目していました。四大陸選手権では表彰台に乗り、世界選手権も10位に迫ったことで、「日本人でもこのアイスダンスという世界で、トップに近づけるチャンスがあるんだ」ということを示してくれました。自分たちも上を目指して、次は世界の10位入りという歴史を残したいという夢を持つことが出来ました。

田中 高橋さんがシングルから転向した1年目の2020年の全日本選手権の演技を見て、すごく衝撃を受けたのを覚えています。転向してこんなにすぐに2人で滑りを合わせられる、ということにまず驚いて。あと、村元さんがシングル時代からスケーティングや表現が好きな選手だったので、アイスダンスになって更に素敵になっている姿を見て、影響を受けました。

シングルでも滑りを高く評価されてきた西山選手
シングルでも滑りを高く評価されてきた西山選手写真:森田直樹/アフロスポーツ

「大輔さんは、シングルの技術もアイスダンスに落とし込めることを体現した」

――高橋さんは転向後すぐに国際大会で活躍されていましたが、同じくシングルからの転向組として参考になることはありますか?

西山 転向してわずか3年でアイスダンス界のトップに食い込んだ姿は刺激になりました。シングルで培ってきた技術も、ちゃんと練習すればアイスダンスにも落とし込めるんだ、トップに食い込むことが可能なんだ、というのを体現してくださったと思います。シングル時代の実力は大輔さんとは違うものの、自分なりにシングルで培ってきた経験はあるので、それをアイスダンスに落とし込んでいけばいいんだ、と思うことが出来ました。

――シングルの技術や能力がアイスダンスに活かせるというのは、勇気になりますね。それぞれシングル時代の自分の強みは何だったと思いますか。

西山 僕自身は、シングルの時は有り難いことに、スケーティング技術や表現力、あと『綺麗に動ける選手だよね』と評価していただいていました。周りのアドバイスを聞いて、自分の強みはスケーティングの伸びや体の動かし方にあるのかなと思ってやってきました。それを活かしやすいプログラムをアイスダンスでも持ってくることが、自分の強みを一番活かせるのかなと思っています。

田中 私はシングルの頃、『スケーティングがうまいね』と言われたことはありましたが、当時は全然自信がありませんでした。濱田美栄先生からは『ジャンプだけじゃトップに行けないよ』と言われていて、先生がスケーティングも全力で教えてくださっていたのが良かったと思います。つま先をもっと綺麗に伸ばすとかフリーレッグを伸ばすとか、小さい頃から細かい部分に気を配るよう努力してきたつもりなので、それがアイスダンスに繋がっていけばいいなと思っています。

全日本選手権RDでは、スピード感と一体感のある演技が光った
全日本選手権RDでは、スピード感と一体感のある演技が光った写真:森田直樹/アフロスポーツ

「今季はチャレンジャー、来季は日本アイスダンス界を引っ張る存在に」

――シングル時代の技術をアイスダンスに繋げたという点では、今季の全日本選手権は、リズムダンスのPCSが7.29~7.61点、フリーダンスは7.68~7.82点。滑りそのものを高評価された印象でした。

西山 PCSを評価してもらえたのは本当に嬉しいことでした。11月のゴールデンスピン杯の後に、スケーティングスキルにフォーカスして練習した成果も出たと思います。今季は新参者のチャレンジャーという気持ちで挑みましたが、来季は上を目指して、日本アイスダンス界を引っ張っていく存在になれたらいいなという目標が出来ました。

田中 私はアイスダンスの点数についてはまだ分かっていませんでしたが、真瑚君から「PCSが高いのは凄いことなんだよ」と言われて、そうなんだ、と(笑)。西日本選手権やゴールデンスピン杯の後、スケーティング強化に取り組んできたことが評価されたと思い、嬉しかったです。

――今季そして、今後の目標は?

田中 今季はとにかくアイスダンスを経験する1年。来季からは、順位も視野に入れながら目指していく立場になっていくとは思いますが、今は成長することだけに集中しています。

西山 今季ここまでは、僕達が考えていたよりも良い成績を残すことが出来て、良いシーズンを過ごせています。来季は、まずは全日本選手権優勝が目標。そして次の年以降に向けて、技術面も伸ばしていこうと思っています。

――ありがとうございました。(2024年1月13日、オンラインにてインタビュー)

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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