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【ロングインタビュー(1)】全日本2位の翌日、怪我で手術。強運も不運も味方に「あずしん」練習再開

野口美恵スポーツライター
全日本選手権のリズムダンスで演技する田中&西山組(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 強運も不運もすべて味方につけていこう――。2人からはそんなオーラが溢れている。アイスダンス結成8ヶ月にして全日本選手権銀メダルを掴んだ田中梓沙(18)&西山真瑚組(21)。世界選手権への可能性を残したものの、試合翌朝の練習で田中選手が負傷し緊急手術に。怪我の状況は、そして描く未来は――。モントリオールで練習を再開した2人から、思いを聞いた。

――まずは何より、田中選手の怪我が心配ですが、どのような状況でしょうか。

田中梓沙 12月25日のエキシビションの朝練習で、西山選手のエッジに私の左手が当たってしまったんです。親指の2本の腱が切れかけていて、長野県の病院で緊急手術しました。すぐに練習再開するかどうか迷ったのですが、幸い、手の怪我だけですし、2月の四大陸選手権には間に合うかもしれないと思い直して、モントリオールでやれる練習はやろう、ということになりました。

西山真瑚 1月1日にはモントリオールに戻って、四大陸に向けて、どんな状況でも対応できればと考えました。1月中旬に抜糸して、1月下旬にはギプスも取れます。それまでは基礎スケーティングをしっかりやってスケートスキルを伸ばそうと切り替えています。

木下アカデミーのシングル有望選手からアイスダンスへ

――四大陸選手権に向けて頑張っていると聞いて安心しました。それでは昨年5月の結成の経緯から伺いたいです。田中選手は木下アカデミーに所属し、シングル時代は全日本ジュニアで5位に入るなどホープ選手。スピードとなめらかさのある滑りが魅力でした。どんなきっかけでアイスダンスに転向したのでしょう。

田中 私はシングルの頃、木下アカデミー内でキャシー・リード先生から基礎スケーティングを教わっていました。そして高校生の時に怪我をした時期に、楽しむための感覚でパターンダンスなども習ったことで、アイスダンスに興味が湧いていきました。チーム内にアイスダンスの選手もいて頑張る姿を見ていたので、私もアイスダンスで世界の大会に出てみたいな、と思うようになったのが大きなきっかけです。

――アイスダンスを組む前のお互いの印象は?

西山 2019年のジュニアGP大会で、僕はアイスダンスとして、梓沙ちゃんはシングルで、一緒に派遣されているんです。その時に彼女のスケートを見て「すごく上手な子がいるな」と思っていました。

田中 私はアイスダンスには詳しくない時期でしたが、ジュニアGPに一緒に出ていた河辺愛菜ちゃんから「今、注目されているアイスダンスの子が出てるんだよ」と言われて、吉田唄菜&西山選手組の演技を見ました。その時は、「2人で合わせて滑るなんて、すごい。私は出来ないわ〜」なんて言ってました。

ジュニアのシングル選手時代の田中選手
ジュニアのシングル選手時代の田中選手写真:西村尚己/アフロスポーツ

「一度も男の子と組んだことがないとは思えない」田中の滑りに驚く

――昨年5月にアイスダンスに転向して、戸惑いはありましたか?

田中 まずシングルとアイスダンスではスケート靴が違うこと、そして1人で自由に踊っていたのが2人になることで「自分は他の人に合わせられるんだろうか」と心配でした。でもモントリオールに来て、初めて組んで滑ってみた時に「ああ、一人じゃなくても滑れるんだな」と素直に思ったんです。不安は一気に無くなりました。「相手に合わせるんだ」と意識しなくても滑れることが分かって、ホッとして。真瑚君が上手なのでカバーしてもらっていたんだと思いますが(笑)

西山 僕の第一印象は『一度も男の子と組んだことがないとは思えない』でした。もちろんキャシー先生からアイスダンスのイロハは伝授されていたんだと思いますが、初めて滑った日から、アイスダンスの初心者っぽさがなかったんです。それに僕自身も1年ぶりに2人で組むので慣れている状態ではなくて、相手に合わせたわけでは無いんですよ。本当に、最初から違和感が無かったです。

――アイスダンスやペアの方々から「相性が良い」という言葉を聞くことがありますが、どういった部分で滑りの相性は生まれるのでしょうか。

西山 僕もこれまで色々な選手とトライアウトさせていただいてきましたが、とても上手な方でも、滑りの呼吸が一緒じゃないな、と感じることがあるんです。僕の恩師の樋口豊先生は『エッジを倒す角度が同じ』『ワンプッシュでグッと伸びる時の長さやパワーが同じ』だと、見ている側にとっても自然だとおっしゃいます。そういった部分で、梓沙ちゃんとは違和感がありませんでした。

――相性の良さもあると思いますが、5月に組んで、9月にはカナダの地域大会に出場。かなりの短期間で仕上げてきました。

田中 5月にモントリオールに行ってから、すぐにプログラムの曲を決めて振り付けをして。アイスダンスの基礎練習をする暇もなく、プログラムをこなしながらダンスを学んでいくという感じでした。

西山 6月の終わりに梓沙ちゃんの左肩甲骨にヒビが入り1ヶ月半休んだので、その空白もあるなか9月のモントリオールの試合に持って行きました。彼女の実力とポテンシャル、そして先生方の指導のお陰だと思います。

――リズムダンスは『マリオブラザーズ』で、フリーダンスは『ジゼル』。マリオは、美しいスケーティングが持ち味のお二人にとっては、意外な選曲でした。

西山 ロマン・アグノエル先生がこの曲を持ってきた時はビックリしたんですけれど、僕にとっても梓沙ちゃんにとっても、新しい自分たちを開拓する意味でチャレンジしてみようと思いました。振り付けを作った時も、練習している時もすごく楽しく演技できるので、この曲にして良かったなと思います。

西日本選手権で国内戦デビュー
西日本選手権で国内戦デビュー写真:松尾/アフロスポーツ

9月の初戦で手応え「お互いのことを信頼しあって試合が出来る」

――9月の初戦は、172.98点で、2組中1位。手応えはいかがでしたか?

田中 初めての大会を経験できることが、とにかく楽しみでした。シングルの試合だと『とにかくジャンプに集中しないと』とピリピリするんですが、集中とか緊張とかは関係なく、最初から最後まで楽しんだ試合でした。滑り切って、自分の中で『アイスダンスでも頑張れるかも』と思えたことが大きかったです。

西山 先生方からは、チームとして初めての試合なので『とにかく楽しんで』『大会で感じることをぜんぶ経験してこい』と言われました。試合本番になった時に、梓沙ちゃんはどういう状態になるのか、自分もどういう感じになるのか。そしたら2人とも楽しんで演技が出来て『ああ、お互いのことを信頼しあって試合が出来るんだ』と、感じられて自信になる試合でした。結成から短期間で、想像以上の高い点数で評価してもらえたことも手応えを感じました。

――試合では、やはり経験者の西山選手が頼れる存在になるのでしょうか?

西山 いえ、普段の練習でもそんなに僕がお兄さんとして引っ張るという感じではないんです。2人とも『試合前に人が変わっちゃう』みたいなことはなかったですね。

田中 試合前には必ずお互いに『緊張している?』と確認するのは、ルーティンになりました。ただお互いのことを確認し合うだけなんですけど、安心します。

西山 お互いが『緊張してるよ』と答えあっても、『一人ではない』というのを共有できるので心強いなと思いました。

――その後、西日本選手権で国内戦デビューを果たして2位、ゴールデンスピン杯にも派遣され、12月の全日本選手権を迎えました。

西山 西日本選手権は日本でのお披露目で、国際大会派遣への選考もかかる試合で、緊張感のあるなかで自分達のパフォーマンスを披露できた、ということが自信になりました。

田中 アイスダンスを始めた頃は、ルールやステップの名前すら分かっていませんでした。先生方から指導していただくなかで、頭で理解していても思ったように動けなかったのが、ある程度自分で「こういう感じかな」というのが分かってきて、成長を感じていました。

スピード感ある演技を見せた全日本選手権のRD
スピード感ある演技を見せた全日本選手権のRD写真:西村尚己/アフロスポーツ

全日本選手権RDで首位「スピードが合ったほうがマリオ感がある」

――全日本選手権のリズムダンス『マリオブラザーズ』では、首位発進。見事な演技でした。

田中 全日本選手権という大舞台で、自分は少しミスがあったんですが、それ以外はよく滑れましたし、たくさんのお客さんが見ている中で良い演技ができて「ああ、良かった!」と思いました。

西山 まず、滑っていて物凄く楽しかったです。手拍子からもパワーをもらって、自分たちのエネルギーに繋がったと思います。曲のテンポが速いので付いていくのが精一杯になるんですが、スピード感があるほうがマリオ感を出せると思うので、曲の勢いに乗ってスピードを出すように意識して練習してきました。色々な方から「良いね」と言ってもらえて、この曲にチャレンジして良かったなと思いました。

――首位発進となったあと、気持ちの切り替えは?

田中 この試合で世界選手権の1組が選ばれることは頭の端っこにはあったんですが、求めすぎてもダメだと思っていました。狙いすぎずに、自分達が出せることを出し切れば結果はついてくる、いつも通りの演技をしよう、ということを話し合いました。

西山 先生方からも「この位置にいることは凄いから、誇りに思って。だけど、フリーはフリーだから自分達の仕事に集中して」と言われました。

――フリーダンスは、後半ちょっと乱れるシーンはあったものの、綺麗にまとめました。

田中 あんなミスは練習でしたことがなかったのでビックリしました。最後のあたりなので、緊張で固くなったというよりは、油断したな〜という感じです。

西山 後半にさしかかって、みなさん手拍子もしてくださって「本当に気持ちいいな〜」と思って滑っているシーンだったので、まさに油断だったと感じています。でもこのフリーダンスは、曲を選んでいる段階から「このプログラムは自分たちの良い所を存分に出せる、強みになるプログラムになる」と感じていましたし、本当にのびのびと僕達らしく演技できたと思います。

【ロングインタビュー(2)】練習再開の「あずしん」、高橋大輔から勇気をもらい激戦時代へ

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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