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やはり気になる「台本にない」胡錦濤氏の退場――本当に「深刻な健康問題」なのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
習近平氏(左端)の書類を取ろうとする胡錦濤氏(中央)=聯合新聞網キャプチャー

 中国共産党大会の閉幕式(22日、北京・人民大会堂)という高度に台本化されたイベントで、胡錦濤(Hu Jintao)前総書記(前国家主席)が唐突に退場するというハプニングが起きた。習近平(Xi Jinping)総書記(国家主席)への忠誠合戦が繰り広げられた大会であるゆえ、不満げな表情を浮かべて退席を渋ったようにみえる前任者の姿は“慎重に振り付けられた政治劇”であるはずの党大会に影を落とした。

◇「自分の席を離れる」ことへの戸惑い

 外国メディアがとらえた映像をもとに、当時の様子を振り返ってみる。

 人民大会堂のひな壇には習近平氏の向かって右側に胡錦濤氏、その右側に栗戦書(Li Zhanshu)全国人民代表大会常務委員長(国会議長)、さらに王滬寧(Wang Huning)党政治局常務委員が座っていた。習近平氏の左側は李克強(Li Keqiang)首相と汪洋(Wang Yang)全国政治協商会議主席だった。

 問題の場面は、党中央委員の選出を終え、メディアが入場を許可された直後だった。

 胡錦濤氏が習近平氏の机の上に置かれていた会議資料を取ろうとして、何か言いたげな表情を浮かべる。その会議資料を、習近平氏がとっさに手で押さえ、スタッフが制止する様子が映し出されている。

 胡錦濤氏の背後からスタッフが何やら話しかけ、それを栗戦書氏が眺め、王滬寧氏がのぞき込む。習近平氏も気にかけている様子だ。胡錦濤氏の席に置かれていた書類を栗戦書氏がスタッフに手渡す。胡錦濤氏はしばらく席を立とうとしなかった。

 スタッフに促され、胡錦濤氏が立ち上がる。栗戦書氏もつられるように席を立とうとするが、王滬寧氏に上着を引っ張られる。

 胡錦濤氏は静止したまま、何か言いたそうな表情になる。その後、ようやく歩き出し、習近平氏に向かって何か話す。習近平氏が軽く首を縦に振る。胡錦濤氏は“弟子”の李克強氏の肩を軽く叩いて退場した――。

◇体調不良か

 映像だけでは実際に何が起きたのかわからない。

 若いスタッフが、胡錦濤氏に近づき、腕の下に手を伸ばして立ち上がらせようとし、それに胡錦濤氏が抵抗しているようにも見える。

 胡錦濤氏が習近平氏の近くにあった会議資料に手を伸ばしたのは、習近平氏の資料を自分のものと勘違いした可能性もある。

 見方によっては「旧時代を代表する指導者を排除する象徴的場面」にも「今年12月で80歳となる胡錦濤氏が深刻な健康問題を抱えていることを示す場面」にも見える。

 異例の退席について党から説明はなく、中国メディアも報じていない。中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」でも関連情報は見当たらない。

 ただ各国のメディアで憶測ばかりが飛び交うのを懸念してか、中国国営新華社は早い段階で公式ツイッター(英語)を使い、胡錦濤氏について「会議中に体調が悪くなり、スタッフが会場の隣の部屋で休ませた。今は、だいぶ良くなった」と伝えていた。

 胡錦濤氏の突然の退任が「政治的な粛清」を意味すると結論づけるのは困難だ。おそらく、予期せぬ個人的な理由によるものである可能性が高いようだ。原因が判明するまでに数週間、数カ月、あるいはさらに長い時間がかかる可能性がある。

◇胡錦濤氏と習近平氏で「異なる中国」

 胡錦濤氏の政権運営は習近平氏とは全く異なっていた。集団指導体制や政治局常務委員会の各派閥のバランスを重視し、新しいアイデアに開放的で、包容力のある中国だったように感じる。胡錦濤氏のリーダーシップを疑問視する声はあったものの、10年間の政権運営によって、中国経済は大きく成長を遂げ、中国は国際的な評価を重視するようになったといえる。

 一方、習近平氏は集団指導体制ではなく、自身は「核心」として、権力の絶対化を図る。また、中国は他国の評価をほとんど気にしていないように映っている。

 中国共産党は23日午前、中央委員会による第1回総会(1中全会)を開き、習近平氏による異例の3期目指導部が始まった。最高指導部を構成する政治局常務委員には習近平氏の側近や腹心と呼ばれる人物が次々に抜擢され、胡錦濤氏に連なる李克強氏らは引退となった。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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