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中国に行く時、知っておきたい「どんな個人情報が狙われるのか」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ライトアップされた天安門と公安当局の車両=2015年1月、筆者撮影

 米紙ニューヨーク・タイムズは今月21日付で、中国の監視技術に関する独自取材の結果を伝えた。同紙記者が1年以上かけ、10万件を超える中国政府の入札書類を調べた力作だ。そこには、中国の公安当局が▽顔認識技術に基づき一般市民から声紋を収集している▽スマートフォンの追跡装置はどこにでもある▽世界最大級のDNAデータベースを構築している――などと記されており、「中国の個人情報収集の野望は、これまで知られていた以上に広範囲に及んでいる」と結論づけている。

◇顔認識カメラ

 世界にある監視カメラは約10億台。その半分以上が中国にある――同紙はこんな専門家の推測を紹介している。だが、それらがどのように使用され、何をとらえ、どれだけのデータをつくり上げているのか、測るのは至難の業だ。

 同紙によると、中国公安当局は、顔認識カメラによって収集できるデータ量を最大化するため、戦略的に場所を選んでいるという。

 同紙が中国政府の入札書類を入手して分析したところ、公安当局は、食事や旅行、買い物、娯楽など、市民が集まりやすい場所に監視カメラを設置したい、と要請している。これにとどまらず、市民の住宅からカラオケ、ラウンジ、ホテルといった私的な空間にも顔認識カメラを設置したいと求めていたという。

 具体的には、福建省福州市の公安当局がターゲットにしたのは、米ウィンダムワールドワイドが国際展開しているホテルチェーン「Days Inn」のフランチャイズ店。ロビーでのカメラ設置を要求したという。ホテル側は同紙に対し「そのカメラには顔認識機能がなく、公安当局のネットワークに映像を送り込むようなこともしていない」と説明している。

 同市公安当局は、米マリオット・インターナショナル運営の「シェラトンホテル」内に設置されたカメラへのアクセスも要求したという。マリオット側は同紙に「2019年に地元政府が監視カメラの映像を要求した」「地元の規制を順守している」と明らかにしている。

 これらのカメラによって撮影された画像は、人種や性別などがわかる強力な分析ソフトウェアに送られ、中国政府のサーバーに保存される。福建省の資料によると、当局は常に25億枚の顔の画像を保存していると推定されているそうだ。

◇スマホの追跡

 中国の公安当局は、スマホの追跡装置を使用して、市民の動きからデジタルライフまで把握しているという。

 一般に「WiFiスニッファー」「IMSIキャッチャー」などの追跡装置を使えば、ネットワークに接続された機器によって送受信されるすべての信号やデータを傍受できる。場合によっては、個人情報を収集することも可能性だそうだ。

 北京での2017年の入札文書には、公安当局がこうした装置を使用して、中国のソーシャルメディアのアプリから、ユーザーのアカウントに関する情報を引き出すことを望んでいる、と記されているという。

 あるケースでは、広東省内の公安当局は、スマホに搭載された「ウイグル語から中国語への辞書アプリ」を感知できるようにするため、追跡装置を購入したという。このアプリがあれば、スマホの持ち主が、少数民族のウイグル族である可能性が高いためだ。

 同紙によると、この7年間で中国当局がこの技術を劇的に拡大させ、現在、中国本土の31の省・自治区のすべてで使用されているという。

◇生体情報

 同紙は「中国では(市民の)DNAや虹彩(眼球の色がついている部分)、声紋が、犯罪の有無とは関係なく、無差別に収集されている」と指摘する。

 公安当局は、顔認識カメラに取り付けた録音機で声紋の採取を始めているという。広東省中山市の入札書類には「カメラの周囲半径300フィート(約91メートル)以上の距離でも音声を録音できる機器が欲しい」と記されていた。

 その声紋をソフトウェアで解析してデータベースに追加し、顔認識と組み合わせることで、ターゲットをより早く特定できるようになるという。

 中国当局は「犯罪者追跡」の名目で装置を購入し、大規模な虹彩スキャンとDNAデータベースのシステムの構築を進めている。最大3000万人の虹彩サンプルを保持できる「虹彩データベース」は2017年ごろ、新疆ウイグル自治区に構築されたという。

 男性のDNAサンプルも広く収集しているという。Y染色体は変異が少なく受け継がれるため、公安当局がある男性のY-DNAプロファイルを入手すれば、その家族の父系数世代分のプロファイルを入手することに相当するというわけだ。

 同紙の分析によると、2022年までに31省・自治区のうち、少なくとも25省・自治区でそのようなデータベースが構築されていることが示されているという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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