Yahoo!ニュース

中国のトップエコノミストが台湾関連で漏らした本音

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国の習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 中国政府系の上級エコノミストが最近、「米国がロシアに向けたような制裁を中国に科すなら、台湾積体電路製造(TSMC)を手中に収めるよう中国当局に提言した」と明らかにし、波紋を呼んでいる。米中対立が激化するなか、中国が台湾の半導体産業を「重要な戦略的資産」とみなしていることを示すもので、注目される発言だ。

◇「米国や西側諸国が言うことを恐れる必要はない」

 発言の主は中国国際経済交流センター(国家発展改革委員会所管)エコノミストの陳文玲氏。

 中国のネットメディア「観察者網」(7日)によると、陳氏は5月30日に中国人民大学重陽金融研究院が主催した講演で米中関係の現状について意見を表明したという。

 その中で陳氏は「バイデン米政権は中国を最も重要な戦略的競争相手とみなしており、ブリンケン国務長官は中国が最も深刻な長期的・戦略的競争相手だと言っている。インド太平洋経済枠組み(IPEF)や日米豪印4カ国の枠組み(Quad)、米英豪の安全保障協力の枠組み(AUKUS)などを展開し、一部の国に(米中の)どちらかを選ぶよう迫り、サプライチェーン(供給網)や貿易、技術面での脱中国化を図っている」と批判した。

 そのうえで「米国による封じ込め・弾圧に対し、中国は短期的な対応と長期的な戦略的準備の両方を進める必要がある」と主張し、重要政策の一つとして次のような見解を示した。

「米国と西側諸国がロシアに向けたような破壊的な制裁を中国に科すならば、産業チェーンやサプライチェーンを再構築するという意味で、台湾を取り戻さなければならない。もともと中国のものであったTSMCを、中国の手中に収めなければならない」

 また陳氏は「(TSMCが)米国に6つの工場を設置するために移動を加速させている。その目的を達成させてはならない」とも強調した。

 さらに陳氏は「この計画を早期に打ち立てて、設計すべきだ。米国や西側諸国がわれわれについて言うことを恐れる必要はない。彼らはわれわれの言うことを決して真剣に受け止めない。彼らが言うのは、自分たちに利益をもたらすと思うことだけだ」と非難を繰り返した。

◇技術面の自給自足

 先端半導体の生産は、TSMCや韓国・サムスン電子など、台湾と韓国のメーカーで世界シェアの約7割を占める。特にTSMCは世界最大の受託半導体メーカーであり、世界のファウンドリー(製造受託企業)市場の50%以上を占める。同社の顧客には米アップルやインテルなどが含まれる。

 陳氏の発言は、こうした台湾の半導体産業が、中国にとっての「重要な戦略的資産」と位置付けられている点を明確に示すものだ。

 米ブルームバーグ通信(7日)によると、トランプ米政権時代には中国のハイテク企業の排除策が推進され、通信機器最大手・華為技術(ファーウェイ)傘下の海思半導体(ハイシリコン)や半導体受託生産の中国最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)などのメーカーが、より高度なウエハー製造技術に移行するための「長期的な取り組み」を妨げられているという。この状況を克服するため、習近平(Xi Jinping)国家主席は経済担当の劉鶴(Liu He)副首相に、国内の半導体メーカーが技術面での自給自足を実現するよう指示している。

◇IPEFで中国締め出し

 ハイテク分野を中心とするサプライチェーンから中国を締め出す動きが加速し、世界はデカップリング(分断)の方向に進んでいる。

 バイデン大統領が5月の訪日に合わせて設立を表明したIPEFは、TSMCとサムスン電子を中国から切り離す狙いがあるといわれる。当面はIPEFへの台湾の参加は見送られたが、今後、何らかの形で関与が図られるのは間違いない。

 バイデン政権は次世代のネットワーク構築に際し、そこに取り込む外国企業を「民主主義で高度の技術力を持つ国の企業」に限定し、中国企業の排除を狙っている。

 一方で、中国は巨大な経済力を持ち、IPEFのメンバー国との経済的つながりも深い。「中国排除」を前面に押し出した途端、躊躇するメンバー国も少なくない。また中国側がデカップリングを仕掛ける可能性もあり、先行きは混とんとしている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事