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ロシアのウクライナ侵攻のタイミング、やはり中国は察知していたのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
習主席とオンラインで会談するプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)

 ロシアによるウクライナ侵攻時期について、中国が事前に察知していた可能性が報じられ、波紋を広げている。2008年の北京夏季五輪開会式の直前、ロシアのグルジア(ジョージア)侵攻のニュースが飛び込んで祝賀ムードが台無しにされた経緯があり、今回の冬季五輪に際してはこうした事態を避けるよう、クギを刺していたという解釈になる。

◇「米情報機関の調査・評価は正確」

 ロシアの動向をめぐり、米国と中国でどのようなやり取りがあったのか、その一端を、米紙ニューヨーク・タイムズが紹介している。同紙は「ロシアのウクライナ侵攻計画に対する米国の情報機関の調査・評価は概ね正確だった」とみる。

 米国は昨年秋から、主に同盟国やパートナー国と情報を共有し、侵攻計画をやめるようロシアに圧力をかけるキャンペーンを始めた。昨年11月2日には米中央情報局(CIA)のバーンズ長官がバイデン大統領の要請を受けてモスクワに飛び、ロシアのパトルシェフ連邦安全保障会議書記と会談。米国側の情報を突きつけたという。さらにバイデン大統領は同月16日(北京時間)、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席とオンライン形式で会談している。

 数日後、米国側はウクライナ周辺のロシア軍増強に関する情報を中国側に提示して、プーチン大統領を説得して撤退させようと考えた。中国の王毅(Wang Yi)国務委員兼外相や秦剛(Qin Gang)駐米大使との会談を持つとともに、北大西洋条約機構(NATO)とも情報を共有した。

 その後、米高官は「中国がロシアに『米国が不和の種をまこうとしている』『中国はロシアの計画を妨げようとしない』と伝えた」とする情報を入手したという。

◇「中国は侵攻に懐疑的」

 米情報当局は、今年2月10日前後にロシアが最終的な準備を進めている様子に触れていた。同盟国の諜報機関が傍受した通信から「ロシアの上級指揮官が会議のために集められている」と知った。これを「攻撃開始の重要な決定」と判断する国もあったという。

 サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が11日の段階で、北京冬季五輪終了(20日)前に、ロシアが侵攻する可能性があるという「信頼できる予測がある」と警告したのは、この情報の一部だった。

 ロシアが侵攻する数時間前、首都ワシントンで米高官と秦剛大使の会談が開かれた。これを含めて計6回、米中で高官による会談が持たれ、その時、「中国側はプーチン氏がウクライナに侵攻することに懐疑的な見方を示した」(米政府高官)という。

 五輪は20日閉会し、その翌日、プーチン氏はウクライナ東部の親ロシア派支配地域の独立を一方的に承認し、ロシア軍の進駐を指示。24日未明、ウクライナ侵攻を開始した。

 この日、中国外務省の華春瑩(Hua Chunying)報道局長は「本日、ロシア側がウクライナ東部での特別軍事作戦を発表し、ロシア国防省は、自国軍がミサイル攻撃、空爆、砲撃をしないと発表した」と述べた。だがロシア側のこの“約束”は当初から虚偽だったことになる。

◇中露首脳は37回会談

 中露はここ数年、外交、経済、軍事面での結びつきを強めている。習主席は昨年12月15日にオンラインでプーチン氏と対話した際、両者の会談は2013年以降で37回に上ると明らかにしている。

 習主席は2月4日の五輪開会式前にプーチン氏と会談し、共同声明を発表した。そこには「NATOの継続的な拡大に反対」「真の民主主義の促進を望むすべての国々と手を結ぶ用意がある」などと記されている。NATOや欧州の安全保障に関連して、中国が明確にロシア側に立つと表明したため、米欧に強い警戒心を抱かせていた。

 ニューヨーク・タイムズの取材に応じたバイデン政権高官と欧州高官によると、西側情報機関の報告書に、中国高官が2月上旬、ロシア高官に、五輪終了前のウクライナ侵攻は避けるよう伝えた、と記されているという。報告書は、中国当局者がプーチン氏の戦争計画や意図について、ある程度知っていたと推測できる、とみている。ただ、報告書に書かれた「高官」が首脳レベルかどうかはっきりしない。

 つまり、中国がロシアに、ウクライナを侵攻するなら五輪終了後にしてほしいと持ち掛けたということなのか――。在米中国大使館の劉鵬宇(Liu Pengyu)報道官は同紙の取材に「そうした主張は根拠のない憶測であり、中国への責任転嫁、中傷を意図している」と批判したそうだ。

 だが、五輪期間中に侵攻が始まらなかったことに、中国側への配慮は一切なかったのだろうか。米欧政府関係者は同紙の取材に「単なる偶然とは考えにくい」との見解を示している。

 14年前の2008年8月、同じ北京で夏季五輪が開会する直前、プーチン首相(当時)が北京にいたにもかかわらず、ロシアのグルジア侵攻のニュースが飛び込んだ。五輪開会式は胡錦濤(Hu Jintao)国家主席(同)の晴れ舞台だったにもかかわらず、国際社会の話題はグルジア侵攻が中心となり、中国のメンツが完全につぶされた前例があるためだ。

 ロシアによる侵攻後、習主席はプーチン氏との電話会談(2月25日)で「ウクライナ東部の情勢が劇的に変化し、国際社会に大きな懸念を抱かせている」「交渉による問題解決を支持」と要請する一方、「すべての国の主権と領土保全を尊重し、国連憲章の目的と原則を順守するという中国の基本的立場は一貫している」とあいまいな表現を使った。

 翌日の王毅外相は、習主席の発言を補足するように「主権と領土保全の尊重」は「ウクライナ問題にも同様に当てはまる」と強調しつつ、ロシアの要求を真剣に受け止めよ▽すべての関係者が自制せよ▽安保理決議は状況をさらにエスカレートさせるため反対――などと、ロシア側に配慮した立場を明らかにしている。中国に、西側諸国が望むような「ロシアへの影響力行使」を期待しても、現状では叶えられそうにないようだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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