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「いくら制裁を加えても北朝鮮は草を食べて生きながらえる」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
軍需工場を視察する金総書記=労働新聞キャプチャー

 北朝鮮が今年に入ってミサイル実験を繰り返すなか、米国側ではバイデン政権の対北朝鮮政策を懸念する声が出ている。制裁強化にも動じることなく、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は兵器開発を加速させ、そのターゲットが米国であることをあからさまにしている。それでも米国側で問題解決に向けた熱意は高くなく、「バイデン政権はこの危機を回避できるのか」という懸念さえ持ち上がっている。

◇北朝鮮

 北朝鮮は今月だけで6回のミサイル実験を強行した。今月19日の朝鮮労働党政治局会議では、核・大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験のモラトリアム(一時停止)の終了に再び言及し、国内向けに「米国との長期的な対立」に備えるよう呼びかけている。北朝鮮の技術者は兵器開発を加速させ、多様な兵器を持てば持つほど、国内での金総書記の評価は引き上げられる。

 北朝鮮の目的は、緊張を高めて米国を交渉の場に引っ張り出し、米韓合同軍事演習の中止や制裁緩和などで譲歩させることだ。現状では核・ICBM実験の兆候は見られない。ただ、いずれかのタイミングで北朝鮮が対米交渉に見切りをつけてモラトリアムを本当に終了させ、金総書記が明らかにしていた「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画」に沿ってICBM開発を進めて、その能力を誇示することになるだろう。

 一方、北朝鮮の経済が厳しい状況に置かれているのは間違いない。これに新型コロナウイルス感染対策による国境封鎖が追い打ちをかけ、経済状況の悪化はさらに進んでいると考えられる。それでも、ミサイル発射を繰り返して米国を軍事的に圧迫する。さらに制裁を受け、それでも発射を強行している。

 韓国・延世大学のジョン・デルリー(John Delury)教授は米紙ニューヨーク・タイムズの取材にこんな意見を述べている。

「北朝鮮は深く孤立した閉鎖経済だ。いくら制裁を加えても、この2年間で新型コロナウイルスが作り出したような圧力は生まれない。北朝鮮が物乞いをして『われわれの武器を持っていけ、そして援助をしてくれ』と言うと思うか? 北朝鮮の人たちは草を食べるだろう」

◇米国

 北朝鮮の核問題をめぐる過去の交渉では、米国や関係国は北朝鮮と一定程度、妥協することで、核開発のプロセスを遅らせたり、一時的に停止させたりしてきた。だが、今の米国にはこうした交渉に対する熱意がほとんど感じられない。

 ニューヨーク・タイムズは「バイデン政権は北朝鮮問題を後回しにすることで満足している」と表現する。対北朝鮮外交で役割を果たすはずの駐韓米国大使が指名されないまま約1年がたった。北朝鮮担当特別代表のソン・キム氏は駐インドネシア大使を兼任しており、対北朝鮮交渉は「非常勤」だ。

 北朝鮮のミサイル発射に対し、米国は制裁のさらなる強化を打ち出した。ただ同紙が「バイデン政権は、ワシントンの脚本にある使い古されたページに目を通した」と表現するなど、実効性を疑問視する声が相次ぐ。この試みも中国とロシアの反対によって阻止され、金総書記は財務省の制裁強化にも動じず、ミサイル発射を加速させた。

 バイデン政権は今、国内外の課題に押しつぶされ、外交面では中国やアフガニスタン、ウクライナ、イランなどへの対応で手がいっぱいだ。北朝鮮の短距離弾道ミサイルという「低強度のシグナル」であれば、事実上、放置せざるを得ない状況のようにもみえる。

 米国務省のプライス報道官は25日、対北朝鮮政策について問われ、「われわれは北朝鮮を敵視しているわけではない。われわれは対話にも外交にも前向きだ。それが、朝鮮半島の完全な非核化という包括的な目標に到達するための最も効果的な手段であると考えている」と原則的な立場を繰り返すにとどまっている。

◇中国

 中国は北京冬季五輪を間近に控え、北朝鮮がミサイル発射を繰り返す事態を憂慮しているとみられる。ただ北朝鮮が「自衛」を前面に押し出しているのに加え、米中対立が深刻化する状況では、北朝鮮ミサイルに懸念を抱いていても、公に指摘するようなことはない。

 米中対立が長期化する中で、朝鮮半島における「緩衝地帯」としての北朝鮮の役割はこれまで以上に重要なものになっている。北朝鮮が米韓に近づくという状況は望ましくなく、北朝鮮の経済難がさらに深刻化して国境を接する場所に破綻国家ができることも回避しなければならない。

 この理由から、中国としては、制裁や新型コロナによる国境封鎖という難局にさらされる北朝鮮を維持していく必要がある。一定期間、米国主導の制裁には賛同せず、北朝鮮の短距離弾道ミサイルの発射には目をつぶり、支援も続けていくと考えられる。

 ただ、北朝鮮が核・ICBM実験を再開すれば、状況は変わってくる。米国が強硬姿勢に転じて、朝鮮半島での軍事的プレゼンスを高めることになるため、中国の立場も微妙にならざるを得ない。中国としては台湾海峡を見据えて、自国の沿岸近くを航行する米空母の数を増やしたくない。

 北朝鮮にとって中国は最大の支援国であり、貿易相手国だ。中国のメンツをつぶさないよう北朝鮮は神経を使っているようにもみえる。ただ、中国に従順であるわけではない。今後も北朝鮮は自国に有利な立ち位置を探るため、米中間でしたたかな動きをみせるだろう。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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