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「新型コロナ発生源は米国」と責任転嫁する中国政府公認ラップ曲の、あり得ない歌詞

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
「天府事変」が制作した動画=網易ビデオより筆者キャプチャー

 中国は最近、新型コロナウイルスについて「発生源は米国」という憶測をさかんに発信している。政府高官にとどまらず、若者のラップグループまでも「米国流出説」を歌に乗せて拡散させている。米国側が中国・武漢ウイルス研究所からの流出説も踏まえた独自調査結果を公表するのを前に、中国側は対抗姿勢を鮮明にし、プロパガンダを強化している。

◇WHOに新型コロナで「米国に対する調査」要求

 中国側が最近、繰り返し発信しているのは、米メリーランド州フォート・デトリックにある「米陸軍感染症医学研究所」(USAMRIID)に関する“疑惑”だ。

 外務省の汪文斌(Wang Wenbin)副報道局長は23日の定例記者会見で、USAMRIIDについて「2019年秋の新型コロナ発生前に重大な安全事故が発生し、米疾病対策センター(CDC)によって(一時的に)閉鎖された」と改めて指摘した。

 また、米国を「ウイルス研究において最も能力の高い国」「世界のコロナウイルス研究の最大の資金提供者であり実施者でもある」と位置づけ、「米ノースカロライナ大のラルフ・バリック教授は早い段階でコロナウイルスの合成・改造能力を持っていた」と強調した。

 そのうえで「米国が実験室からの流出説にこだわるなら、世界保健機関(WHO)はまずフォート・デトリックとノースカロライナ大に行き、調査すべきだ」と求めた。

 25日の定例記者会見でも汪氏はこの問題に言及し、中国・駐ジュネーブ国際機関代表部の陳旭(Chen Xu)大使がWHOに、新型コロナについてUSAMRIIDと同大を調査するよう要求したことを明らかにした。この際、中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」が中国版LINE「微信(WeChat)」上で募ったとする2500万人以上のオンライン署名も提出したとした。

 USAMRIIDは、生物・化学兵器による攻撃からの防御や、公衆衛生に対する脅威について研究する機関。公式ウェブサイトによると、炭疽菌やボツリヌス中毒、ペスト、エボラ出血熱などに対する多様なワクチンの開発を手掛けている。米国で2001年、炭疽菌事件が発覚した際、犯行に使われた「Ames株」が作られた施設として報じられていた。

 現在は最先端研究を象徴するフォート・デトリックだが、「1950~60年代には米政府の暗黒実験の中心地だった」(米政治サイト「ポリティコ」2019年9月15日)と暗い過去を背負う場所でもある。古くは、フォート・デトリックの研究者が旧日本軍の秘密研究機関「731部隊」隊長の石井四郎・軍医陸軍中将から細菌兵器などの研究データの提供を受けたと、1990年前後に報じられたこともある。

◇「パンデミックの責任問われることへの不安」

 中国政府の米国追及の動きに合わせるように、中国の愛国的なヒップホップグループ「天府(Tianfu)事変」が最近、中国政府の主張を歌ったラップ曲を公開した。その動画を再生すると、米議会での審議の場面が映し出され、「典型的な政治的操作」という文字が重なる。

 サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)やサキ大統領報道官が記者会見で中国に向けて「オリジナルデータ」「透明性」と求める場面にかわり、その直後に米国の研究者らしき人物の姿を浮かび上がらせて、次のような字幕を記す。

「なぜなら、私は知っている」「強制しているのは、別の発生源を辿ることだと」「あなたがたが求めている結果のために」「そのことを私より知っている人はいないから」

 この字幕の直後、「フォート・デトリック」の文字が浮かび上がる。さらに「(フォート・デトリックへの調査が)なぜ制限されているのか」という問いかけに続き、次のような字幕が記される。

「彼らはナチスの医師や、731部隊の戦犯を雇ったことがある。人体実験も手掛けた。裏では悪魔のどのような駆け引きがあったのか?」

「研究室からどれだけの陰謀が生まれたのか。札をぶら下げた死体はいくつあったのか」

「あなたが隠していること。フォート・デトリックへの扉を開け」

 中国共産党の機関や国営メディアはこぞってこの曲を宣伝し、「戦狼外交」で知られる趙立堅(Zhao Lijian)外務省副報道局長もツイッターで「この歌は我々の心を歌っている」と投稿している。

 中国側の動きについて、米紙ニューヨーク・タイムズは「中国政府は“新型コロナの真の発生源は米国かもしれない”という根拠のない説を流し、中国での発生源調査の動きに反発している。昨年から始まったこのデマキャンペーンは、世界で何百万人もの死者を出したパンデミックの責任を問われることへの不安を反映していて、ここ数週間でボリュームアップしている」と論じている。

◇愛国的なラップ歌う国家主義的活動

 ラップ曲を公開した「天府事変」は、1990年代生まれの若者4人が2015年10月、四川省成都を拠点に結成したグループ。中国政府と密接な関わりがあるとされ、愛国的なラップを歌う国家主義的な活動で知られている。

 たとえば、同グループの「紅色力量(Force of Red)」の歌詞は次のようになっている。

「中国はひとつだけ。香港や台北は同志」

「遠く離れ、振る舞いを忘れてしまった。犬だって感謝の鳴き声で帰ってくることを知っている」

 これは台湾の蔡英文政権を批判する内容であり、動画は中国のネット上で広く拡散した。

 グループが作った「這就是中国(This is China)」は中国共産主義青年団(共青団)系の音楽スタジオが制作を支援したといわれる。

「知っての通り、中国は発展途上国だ。人口が多く、管理していくのがとても難しい。第二次世界大戦後、中国は瓦礫の山に故郷を再建した」

 このプロパガンダの曲が2016年、ネット上で話題になると、人民日報は「制作責任者」の話として「現在、海外の人たちは、中国の発展に非常に興味を持っている。海外の人たちに中国の本当の姿を知ってもらいたいという思いがある」という文章を掲載し、曲の浸透を後押ししている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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