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米韓軍トップ経験者が提言「北朝鮮は苦境にある。今こそ一括取引して中国から引き離せ」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
(提供:barks/イメージマート)

 韓国軍と在韓米軍を束ねて北朝鮮に向き合う米韓連合司令部の元トップが7月、米外交誌に「北朝鮮との一括妥結」というタイトルの論文を書いた。北朝鮮が経済的苦境に陥っている現状を「平和へのチャンス」ととらえるよう求め、北朝鮮に対する中国の影響力を低減しながら北朝鮮を米韓側に引き込むための「四つのステップ」を提案している。

◇「北朝鮮は米国との対話機会を失わないようにしている」

 論文は、ブルックス氏(2016年4月~18年11月に在韓米軍司令官。米韓連合軍司令官、国連軍司令官も兼務)と任浩永(イム・ホヨン)氏(2016年9月~17年8月に米韓連合軍司令部副司令官)が共同で、米外交誌フォーリン・アフェアーズに寄稿した。以下はその抜粋だ。

 論文は「朝鮮半島では変化が起きている」との現状認識から始まる。北朝鮮の最優先課題は、瀕死の状態にある経済を復活させることであり、今年1月の朝鮮労働党大会で、金正恩(キム・ジョンウン)総書記は経済・軍事政策の根幹を大きく変えた、としている。また最近は米国に対する攻撃的な言行が少ないことから「金総書記は、米国との対話の機会を失わないよう軍事面では慎重を期している。米国は将来、北朝鮮の経済的安全保障を請け負うことになるかもしれないためだ」と分析する。

 こうした変化は「バイデン米大統領や文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領にとってチャンス」としたうえで「(北朝鮮が)非核化を進展させ、中国に対する依存度を低め、韓国の支援を得て米国主導の自由主義的国際秩序に組み込まれるなら、その見返りに北朝鮮の根本的な安全保障上の懸念、とりわけ経済での安全保障に関する懸念を解決する、ということを目指すべきだ」と促している。

 その際には「米韓両国のリーダーは、その後の中国による経済的な威圧に備えて、具体策を講じる必要がある」とも指摘している。

◇四つのステップ

 さらに論文には、北朝鮮を国際社会に導くための四つのステップが記されている。現状では、四つとも実現に向けたハードルは非常に高い。朝鮮半島情勢が好転した場合に、米韓双方が目指すべき理想的な姿を描いたものと解釈できるだろう。

《第1ステップ》

 北朝鮮が建設的対話に応じる意思を示せば、米韓は人道的・医療的支援という形で迅速な経済支援をすべきだ、と主張する。また軍事面では最初の目標として「緊張を緩和し、紛争のリスクを軽減すると確約すること」を挙げる。

 その例として挙げるのが、朝鮮戦争(1950~53年)の終結宣言。これによって朝鮮半島情勢に根本的な変化がもたらされ、「金総書記が、米韓に対する自らの国内的な言い回しを転換するきっかけになる」と読む。その結果「さらなる信頼醸成措置が可能となり、ひいては半島非核化や、北朝鮮が真に求める多面的な安全保障の実現に向けた道筋を開くことになるかもしれない」と推測している。

《第2ステップ》

 次は「北朝鮮との関係を正常化するとともに、中朝関係のバランスを再調整する」ことを掲げ、米韓に「北朝鮮の経済活性化のために大胆な措置を講じるべきだ」と求めている。

 一例として「(米国などの)金融機関が北朝鮮に10年間の無利子融資を提供できるようなインフラ開発基金の設立」を米国が認めれば、北朝鮮経済に対する影響力を中国以外にも拡大できる。また南北の自由貿易協定が締結されれば、その基金を強化できる――ことを挙げている。「このような経済パッケージは北朝鮮の中国への経済的依存度を低下させるのに大いに役立つ」「北朝鮮の非核化進展が示されれば、米韓はこうした経済的利益と交換すべきだ」と強調している。

《第3ステップ》

 次は当事者間での平和条約の締結だ。「核兵器廃棄が検証され、南北両軍が相互に侵攻できなくなった時、休戦協定に代わる恒久的な合意を目指すことができる」と主張する。ただ、そのためには「同盟国が戦略的な熟慮を重ね、北朝鮮側の措置と釣り合いの取れた対応策を取ることが重要だ。それまでは、米韓両国軍が強固な防衛態勢を維持することが必要だ」と念押しする。

《最終ステップ》

 平和条約締結を越え、米韓同盟主導の秩序に北朝鮮を完全に組み込む。韓国は、北朝鮮の主要な貿易・直接投資の提供者として主導権を握る。米国は北朝鮮にとって第2の貿易相手国となり、国際金融の主要な担い手となる。南北の自由貿易協定はインド太平洋での貿易パートナーシップに拡大され、北朝鮮はアジア全域の市場にアクセスできるようになる――と描いている。

◇戦争を経ることなく「受け入れがたい現状」から「よりよい未来」へ

 こうしたステップによって、北東アジアに新たな経済秩序が確立され、何百万人もの生活の質が向上する。軍事的には北朝鮮の国際的義務順守・核兵器廃棄の確認により安全がもたらされ、政治的には、中国の影響力を低減させることができ、新たなパワーバランスを構築できる――などの理想像を語っている。

 一方、中国について「北朝鮮経済のほぼ独占状態を簡単には譲らず、米韓の外交イニシアチブの妨害を図るだろう」と警戒する。また国際社会も「北朝鮮を救うことによって、朝鮮労働党や朝鮮人民軍による現在の仕組み、人権を踏みにじる行為が維持されるかもしれない」と懸念を抱くため、こうした支援に参加する国は限定的だとも指摘している。

 論文には、米韓双方が同盟関係を不断に強化して「北朝鮮やその他の敵対勢力に対する強固な立場を譲ってはならない」などとする確認事項が随所にちりばめられている。また、北朝鮮には過去、核問題で合意しながらもそれを一方的に破棄していた経緯もあり、論文は「米韓両国の指導者は『戦略的熟慮』の方針を取り、相互の信頼関係が構築された場合にのみ、協力関係に進むべきだ。そうすれば北朝鮮が何ら措置を取らないのに見返りだけを得られるという事態を防ぐことができる」と注意喚起もしている。

 最後に論文は米韓の指導者に向けて「再び戦争の試練を経ることなく『受け入れがたい現状』から『よりよい未来』への転換を導くためには、このような多くの困難に立ち向かわなければならない」と締めくくっている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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