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予想された北朝鮮の東京五輪・パラ不参加「新型コロナから選手を保護するため」という大義名分

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
先月開かれた北朝鮮五輪委員会総会=「朝鮮体育」より筆者キャプチャー

 北朝鮮体育省が運営する「朝鮮体育」は5日付で、同国五輪委員会総会(先月25日開催)で7月の東京五輪に北朝鮮選手団を派遣しない方針を決めたと伝えた。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)から選手を保護するためとしている。総会での決定から約2週間後に「五輪不参加」を公表した形で、何らかのタイミングを計った可能性がある。

◇「視線の先は北京冬季五輪」か

「朝鮮体育」は、先月25日に平壌(ピョンヤン)で開かれた北朝鮮五輪委員会総会の様子を伝えるなかで、最後の項目に「五輪委は総会で、新型コロナウイルス感染症による世界的な保健危機状況から選手を保護するため、委員の提案により第32回五輪競技大会(東京五輪)に参加しないことに討議、決定した」と伝えた。

 総会開催そのものは先月26日に朝鮮中央通信が報じており、今回「朝鮮体育」が伝えた内容の大半が既報だ。北朝鮮側は東京五輪不参加という決定事項を伏せたままにして、何らかのタイミングを見計らって公表した可能性がある。

 五輪委総会開催が最初に伝えられた際、真意がはっきりしなかったため、メディアの中には「ミステリー会議」と揶揄するところもあった。ただ、その段階で、北朝鮮の東京五輪参加については疑問視する声が多く聞かれた。

「北朝鮮をめぐる情勢が緊張しつつあるうえ、新型コロナ対策による国境封鎖の状態が続いているため、北朝鮮が東京に選手団を派遣することは想像しにくい」

「北朝鮮の視線は来年2月4日開会の北京冬季五輪・パラリンピックに向けられている。したがって総会では、北京五輪参加を視野に選手や応援団の予防接種などについて話し合った可能性がある」

 東京五輪・パラをめぐっては、韓国などでかつて「スポーツ外交が展開されるため、南北関係改善に向けた貴重な機会になる」との期待感もあった。特に韓国側には2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪・パラの際、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の実妹、金与正(キム・ヨジョン)氏ら北朝鮮代表団が訪韓して、その後、北朝鮮をめぐる国際情勢が大きく改善された記憶が新しい。だが現状では、19年2月の米朝首脳会談以後、米韓と北朝鮮との距離は開くばかりで、日朝関係も好転に向かう気配はない。

◇「スポーツ先進国入りを果たすべきだ」

 今回の北朝鮮五輪委総会は、20年の活動総括と21年の活動方向について討議した。金総書記が1月の党大会で「わが国のスポーツ先進国入りを果たすべきだ」と指示したことを受け、スポーツ部門における課題、その解決方法について話し合ったとされる。

 そこには「新5カ年計画の期間、国際競技でメダルの獲得数を持続的に増やして、尊厳あるわが国家の栄誉をいっそう輝かせる」との方針も掲げられており、スポーツを通じて国威発揚を進める方針を改めて確認している。

 金総書記はスポーツに強いこだわりがある。

 最高指導者になった翌年(2012年)10月の段階で「第32回オリンピック競技大会(東京五輪)前までの約8年間に闘争を立ち上げ、どんな方法を使ってでも、わが国のスポーツを新しい境地に引き上げよ」と指示してきた。

 米プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手デニス・ロッドマン氏を北朝鮮に繰り返し招待し、スポーツ関連の公開活動もその後、4倍にも増やした。アントニオ猪木参院議員(当時)や日本体育大学の学生らを招くなど、スポーツ交流を活発化させた。

 スポーツの競技力を高めて国際大会で次々に金メダルを取る。国歌斉唱・国旗掲揚によって国際社会に「北朝鮮=強国」を誇示し、国威を発揚する――こんな青写真を金総書記は描いてきた。

 ただ北朝鮮はいま、新型コロナ感染防止を最優先課題に掲げ、大人数の出入国を認める状況にはない。加えて、最近の弾道ミサイル試射により、国際社会の北朝鮮に向けるまなざしは、平昌五輪・パラの時のように友好的なものではない。こうした事情もあって北朝鮮としては「東京五輪での国威発揚」という計画を見送ったものと考えられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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