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新型コロナ報告書は「中国の公式見解の鵜呑み」か「米国が中国に嫉妬してWHOに圧力かけたもの」か

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
WHO国際調査団の報告書の一部=筆者キャプチャー

 世界保健機関(WHO)が3月30日に発表した新型コロナウイルスの発生源に関する報告書をめぐり、米中で激しい舌戦が繰り広げられた。一方で、今回の報告書は「これからなされるべき複雑な研究の表面をこすったに過ぎない」(WHO国際調査団メンバー)とされ、発生源特定には数年、数十年はかかるとの見方もある。

◇WHO国際調査の結果

 WHO国際調査団は専門家34人(中国17人、国外17人)で構成。新型コロナ感染が始まった中国湖北省武漢で1月14日~2月10日に調査し、華南海鮮卸売市場や中国科学院武漢ウイルス研究所などを訪れた。報告書は調査終了直後に発表される予定だったが、米中の対立により遅れていた。

 新型コロナがいかにして人間に広がったのかについて、報告書は

(1)動物から中間宿主を経由して感染

(2)動物からの直接感染

(3)冷凍食品による外部からの持ち込み

(4)武漢ウイルス研究所からの流出

 ――という四つの仮説の妥当性を検証した。

 報告書は(1)を「可能性が高い~非常に高い」と分類して最有力視した。(2)は、コウモリとの接触が多い人からコウモリのコロナウイルスに対する抗体が見つかっていることなどを理由に「可能性はある~高い」として2番目と位置づけた。

 中国側が強く主張していた(3)は「可能性はある」とされた。輸入した冷凍製品の包装の外面から新型コロナが見つかった例があるため、低温に耐える可能性は排除できないという。ただ冷凍食品そのものが発生源になったという証拠はないため3番目となった。

 米国が主張した(4)は、新型コロナが確認された2019年12月以前に、類似のウイルスを扱っていた研究所がないことなどを理由に「極めて可能性が低い」となった。

◇14カ国が懸念

 日米韓のほか、英国、オーストラリア、カナダ、チェコ、デンマーク、エストニア、イスラエル、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、スロベニアの14カ国は30日、共同声明を出して「調査実施が大幅に遅れ、完全なオリジナルのデータおよび検体へのアクセスが欠如していた」と懸念を示した。

 関係各国の批判は「中国が情報開示に消極的だった」点に集中している。

 中国は新型コロナ感染拡大から約1年もWHOの本格的な現地調査を認めず、感染者の生データを提供するのを大部分で拒んできたという。

 米紙ニューヨーク・タイムズは「報告書で使われたデータは、すべて中国の科学者から提供されたもの」と指摘し、「中国政府は、ある程度のアクセスと協力を認めながらも、調査を自分たちの都合のいいように曲げようとする姿勢を繰り返している」と批判している。

 報告書が「可能性が低い」とした武漢ウイルス研究所からの流出についても、米フレッド・ハッチンソン癌研究センターの進化生物学者、ジェシー・ブルーム氏は同紙に「報告書には流出の可能性を否定する理由は見当たらない」と疑問視している。

 また、同紙は「国際調査団は中国の公式見解を鵜呑みにし、研究所職員の主張を十分に調査していないのではないか」との声も伝えている。

◇「中国以外の場所に調査対象を移すべきだ」

 一方、中国側は報告書の内容を評価する立場だ。中国外務省は30日、公式サイトで「新型コロナウイルス発生源調査に参加した内外の専門家らが示した科学的、勤勉、専門性を高く評価する」と表明した。

 透明性の欠如という批判について、同省の趙立堅(Zhao Lijian)副報道局長は報告書発表前の29日の段階で「(調査は)すべて国際調査団の要求に沿って手配したものだ」「必要な元データも一つ一つ提示した」「専門家たちは中国側の開放性は『予想外だった』と評価している」と反論している。

 国営新華社通信によると、中国の専門家グループ責任者である梁万年(Liang Wangnian)清華大教授は「中国での新型コロナ追跡は、世界的な調査の一部であり、第一歩である」と強調し、中国以外の場所も調査対象にすべきだと主張した。

 中国の本音を書くといわれる共産党機関紙・人民日報系「環球時報」の胡錫進編集長は中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で、14カ国の共同声明を「米国が起草し、米国が最もコントロールできる13カ国が手を取り合って作ったもの」と揶揄しながら、次のような独自の見解を記している。

「米国は、新型コロナとの世界的な戦いにうまく対応している中国に嫉妬し、攻撃するだけでなく“監督”であるWHOにも圧力をかけている」

「中国が新型コロナを最初に発見し、ピンポイントで特定し、最も速いスピードで封じ込めたことに留意しなければならない」

◇「さらなるデータと研究が必要」

 米紙ワシントン・ポストによると、国際調査団を率いるデンマークのピーター・ベン・エンバレク博士は30日の記者会見で「我々は、これからなされるべき複雑な研究の表面をこすったに過ぎない」との認識を示した。研究チームの複数のメンバーも、新型コロナ発生源を特定するには、数十年とは言わないまでも数年はかかることが多い、と強調している。

 報告書は結局、新型コロナの人間への感染がいつどこで起こり、いかに広まっていったかには踏み込めなかった。

 WHOのテドロス事務局長は加盟国への説明会(30日)で「まだ、すべての仮説は残っている」「より確かな結論を出すためには、さらなるデータと研究が必要であり、さらに専門家を派遣する用意がある」と述べ、追加調査の意向を明らかにした。

 その項目として、報告書は▽中国だけでなく東南アジアの野生動物や家畜の検査▽農場から武漢の市場までの経路を詳細に追跡するため、農業従事者や配送員らに対する広範な聞き取りや血液検査――などを提示している。

 ただ、ニューヨーク・タイムズは「WHOの調査を何度も妨害してきた中国が協力するかどうかは不明である」と先行きを危惧している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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