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金与正氏が「矛盾している」と批判する文在寅氏の二つの発言――視線の先には米国への次なる挑発か

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
党総会に出席する金与正氏(中央)。向かって右側に玄松月氏=北朝鮮公式報道より

 北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党宣伝扇動部副部長が30日朝、朝鮮中央通信を通して韓国を批判する談話を発表した。名指しは避けながらも文在寅(ムン・ジェイン)大統領の発言の「矛盾点」を指摘する形で、自国の正当性を強弁している。北朝鮮側は最近、米韓との対決姿勢をあらわにしており、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)実験など、次の挑発行為を示唆しているように読み取ることができる。

◇宣伝扇動部所属

 朝鮮中央通信は今回、金与正氏の発言を伝える際、タイトルに「朝鮮労働党中央委員会宣伝扇動部 金与正副部長 談話発表」と記し、公式報道としては初めて、党での所属部署を明記した。

 金与正氏については、平昌(ピョンチャン)五輪開会式への出席のため2018年2月9日に訪韓した際、「党第1副部長」との肩書が公式に伝えられ、この時には「宣伝扇動部」と考えられていた。19年12月の党中央委総会で「党第1副部長」に改めて任命され、この際には、所属変更の可能性が指摘された。昨年6月には「対南事業を総括する第1副部長」と伝えられ、韓国側は「金与正氏が組織指導部を掌握している」として「組織指導部第1副部長」と判断していた。だが、今年1月の党大会で副部長に降格され、併せて宣伝扇動部に部署が変わったようだ。

 宣伝扇動部は北朝鮮のプロパガンダを取り仕切る組織で、副部長には元人気歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏もいる。先月の党中央委総会では、金与正氏と並んで座っている姿が写し出されている。

◇韓国と北朝鮮のミサイル試験「同じ次元のもの」

 談話で金与正氏は文大統領のふたつの演説を取り上げて問題視している。

 一つ目は今月26日、京畿道平沢市の海軍第2艦隊司令部で開かれた「西海(黄海)の守護の日」記念式での発言。

「昨日の北韓(北朝鮮)によるミサイルの発射に、国民みなさんの懸念が大きいということをよく知っています。今は、南、北、米のいずれも対話を続けるために努力すべき時です。対話の雰囲気に困難を与えるのは決して、好ましいことではありません」

 もう一つは、昨年7月23日、韓国・国防科学研究所を視察した際に文大統領が語った言葉だ。

「巨大なミサイルの威容とともに海上の目標物を一寸の誤差もなく正確に打撃する様子を見て、心が温まりました。世界最高レベルの正確度と強力な破壊力を備えた最先端戦略兵器を見て、実に心強くなります。今や韓半島(朝鮮半島)の平和を守るのに十分な射程と世界最大レベルの弾頭重量を備えた弾道ミサイルを開発するに至りました」

 この二つの発言を金与正氏は「矛盾している」と解釈している。

「北南が同じ国防科学研究所で実施した弾道ミサイル発射実験なのに、自分たちのものは半島の平和と対話のためであり、われわれのものは南の同胞の懸念をかき立て、対話の雰囲気に困難を与える。決して好ましくないと言っている」

 そのうえで、北朝鮮の弾道ミサイル発射を「国連決議違反」「国際社会に対する威嚇」と批判する米国に、韓国が「不思議にもよく似ている」との見方を示したうえ、韓国を“米国産オウム”と独自の表現で揶揄した。

◇近く挑発行為も

 国連安保理は、韓国には弾道ミサイル試射を禁止していない。だが北朝鮮については、国際社会の警告を振り切る形で核・弾道ミサイル実験を繰り返してきた経緯があるため、「安保理決議違反」としている。

 北朝鮮はこの状況に不満を抱いており、金与正氏としても、韓国と北朝鮮のミサイル試射を「同じレベルの行為」と強弁することで、自国の行為を「正当な自衛権行使」と印象づける狙いがあるようだ。

 今回の北朝鮮の弾道ミサイル発射に関連し、バイデン大統領は25日の就任後初の記者会見で、北朝鮮が緊張を高める場合、相応の対応に出ると警告した。北朝鮮側はこれに反発して、金正恩(キム・ジョンウン)総書記に次ぐ軍序列2位の李炳哲(リ・ビョンチョル)党書記(軍需工業担当)が「米国は良くないことに直面するかもしれない」と威嚇している。

 今週後半には首都ワシントンで日米韓の安全保障担当者による会議が開かれ、北朝鮮に向き合う3カ国の姿勢が確認される。北朝鮮はこうした動きに不満を募らせており、SLBM試射や「人工衛星打ち上げ」名目での長距離弾道ミサイル試射などを強行するのではという懸念も出ている。

 金総書記は1月の党大会で、原子力潜水艦や軍事偵察衛星などの開発を急ぐ考えを示している。李炳哲氏の談話は「引き続き最も徹底して圧倒的な軍事力を育む」と強調し、最新兵器の実験など軍事力向上を見せつけるためのデモンストレーションを予告している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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