Yahoo!ニュース

すっきりしない「北朝鮮ミサイル発射」情報の出方――北朝鮮と日米韓の神経戦の見えにくさ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
マレーシアの北朝鮮大使館に掲げられる旗(写真:ロイター/アフロ)

 米国の高級紙ワシントンポスト(WP)が日本時間24日早朝に「北朝鮮がミサイル発射」と報じ、米韓メディアが一斉に追加情報を流した。北朝鮮のミサイル発射はこれまで実施直後に、主に韓国発で第一報が伝えられ、その翌日に北朝鮮が「答え合わせ」をすることがほとんどだった。だが今回は米国の対北朝鮮政策づくりが最終段階に入っているのを勘案して、北朝鮮を含む関係国が“沈黙”するという異例の情報戦となったようだ。

◇海岸防御用の短距離巡航ミサイル?

 WPは事情通の話として「北朝鮮が先週末、韓国と合同軍事演習を進めるワシントンを非難したあと、複数の短距離ミサイルを発射した」と伝え、「バイデン米大統領に対する北朝鮮の金正恩総書記の初めての直接的な挑戦」と位置づけた。

 この報道を受け、堰を切ったように米国発で関連情報が相次いだ。

「通常の軍事活動であり、弾道ミサイル技術使用の発射を禁じた国連安全保障理事会の制裁対象にはならない」

「巡航ミサイルとみられる」

「今回の発射は“低い段階”にある」

「米政府は、オースティン国防長官の訪韓(17日)を前に北朝鮮がミサイルを発射するのではないかと懸念していた」

 バイデン大統領の発言も伝えられる。

「大統領は『(北朝鮮側の対応により)何も大きく変わっていないことがわかった』とコメントした」

「大統領はまだ『北朝鮮との対話が開かれている』という立場」

 さらに大統領府は「対北朝鮮政策の最終調整のため、サリバン大統領補佐官が来週ワシントンで、日米韓の安全保障担当高官による協議を開く」と発表した。

 WP報道を受け、他国でも報道が相次いだ。

 保守系有力紙の朝鮮日報は軍消息筋の話として「北朝鮮が21日、黄海で巡航ミサイル2発を発射した」と伝えた。「韓国軍が情報をとらえた」と強調するとともに「北朝鮮のミサイル発射が海外メディアを通じて確認されたのは異例」として、文在寅(ムン・ジェイン)政権が情報発信をしなかったことへの不満をにじませた。

 仏AFP通信は核不拡散問題の専門家ジェフリー・ルイス氏の話として「海岸防御用の短距離巡航ミサイルである可能性がある。そうならば米韓軍事演習に対するかなり穏やかな反応だ」との見解を伝えた。

◇「米国の軍事行動を抑制」

 今回のミサイル試射は、米国が北朝鮮に向け、非核化に向けた対話を呼びかけたものの、北朝鮮がそれを無視するなかで強行された。

 北朝鮮は、今月の米韓合同軍事演習や、ブリンケン国務長官とオースティン国防長官の日韓訪問に苛立ちを募らせるとともに、北朝鮮実業家がマレーシアから米国に引き渡されたことに強く反発してきた。対米政策を統括する金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長や実務を取り仕切る崔善姫(チェ・ソニ)第1外務次官が相次いで談話を出して対米強硬姿勢をあらわにしてきたという流れもある。

 北朝鮮は軍事力強化に向けた動きを見せることで、対北朝鮮政策の仕上げ段階にあるバイデン政権を圧迫しているようだ。

 トランプ前政権との対話が続いている間にも大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術を向上させ、昨年10月の軍事パレードで新型ICBMを表に出した。ミサイル試射の兆候は米国防総省が数週間前からとらえて警告してきた。また北西部の寧辺(ニョンビョン)核施設での動きが活発化している様子も衛星画像により確認されている。

 ヴァンヘルク米北方軍司令官は16日、米上院軍事委員会聴聞会に提出した書面で「金正恩政権は、核で武装したICBMで米国本土を脅かすことができる能力を実証する実験で、驚くべき成功を収めている。これらの兵器が米国の軍事行動を抑制し、政権の生存を保障するために必要だと信じている」と証言している。

 北朝鮮側は、米国が譲歩しない限り、軍事力が日ごとに高まる様子を見せつけることで、バイデン政権を揺さぶり、北朝鮮に対して強硬路線を取らないようクギを刺しているようだ。

◇6カ国協議

 今回の北朝鮮ミサイル発射を韓国側が速報しないのは異例といえる。北朝鮮側も国営報道機関を通してミサイル試射の詳細を発表し、技術力の向上を誇示することが多かった。バイデン政権の対北朝鮮政策づくりが大詰め段階であり、状況を管理するためにも短距離ミサイルであれば発射情報を公表しないと日米韓の情報当局が申し合わせていたのではないか。

 一方、WP報道で触れられたのが、北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議だ。中国を議長国に北朝鮮と日米韓露が参加する枠組みで、2008年を最後に開かれていない。

 WPは「日韓両政府の関係者がバイデン政権に、6カ国協議再開には反対するよう助言している」と伝えたうえ「北朝鮮と直接対話することが最も生産的であると米国側に伝え、米国側もそれを真剣に受け止めた」とした。

 6カ国協議が開催されていたころと比べれば▽中国が積極的な役割を果たすことにあまり興味を示さなくなっている▽日本と韓国は同じ部屋に座ることさえ困難な状態にある▽ロシアは米国の民主主義を損なっているため、米国と積極的な役割を果たすことは難しくなっている――などの分析を伝え、6カ国の枠組みの難しさをあえて強調している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事