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米中外交トップ会談、長すぎる発言を打ち切られ、焦った中国側が口にした言葉

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
険しい表情で米国側に抗議する楊潔篪氏=中国側投稿のYouTube動画より

 米アラスカ州アンカレジで現地時間18、19両日に開かれた米中外交のトップ会談で、中国側は記者団を前にした冒頭発言で、米国側の4倍の時間を費やして自国の主張を展開した。習近平指導部の視線を強く意識してか、楊潔篪(Yang Jiechi)共産党政治局員の強硬姿勢は際立っており、印象操作に腐心した様子がうかがえる。

◇アンカレジという場所

 会談場所は米国の首都ワシントンでも中国の首都・北京でもない、米国アラスカ州の中心都市アンカレジだった。

 米国側が訪中すれば、米側が関係改善を焦っていると受け止められかねない。首都ワシントンに中国高官を招くというムードもない。中国側にも全く同じ事情がある。このためワシントンと北京から直線距離でそれぞれ約5500km、約6400kmという、大雑把に“中間地点”と言えるアンカレジが選ばれた。

 中国側にとっては「米側に呼びつけられる」形になるものの“中間地点”ならば、その意味合いは薄まる。加えて、アラスカは米本土とはカナダを挟んで飛び地になっており政治的感度は高くない▽現地駐在の外国メディアは少なく報道陣の動きをコントロールできる――などの事情も考慮したようだ。

 米中双方とも現在のこう着状態の早期打開を望んでおり、今回の協議をその足掛かりにしたいと考えてきた。

 バイデン米政権は、新疆ウイグル自治区や香港、台湾、東シナ海・南シナ海で威圧的な行動を取り続ける中国に対し、同盟国などと連携して最大限の警戒を払っている。中国側の意図を直接確認するためにも、早期の高官協議開催を必要としていた。バイデン政権にとって重要課題である気候変動対策で、中国の協力がどこまで可能か見極めたいという思惑もあるようだ。

 習近平指導部としてもトランプ政権時代に「新冷戦」といわれるほどに悪化した米中関係の改善に向けた糸口を探りたいところ。ただ、新疆や香港、台湾、南シナ海を中国は「核心的利益」とし、この問題では譲歩しない姿勢を鮮明にしている。また今協議に先立って日本と開いた外務・防衛の閣僚協議「2プラス2」で、日米が中国の海洋進出や人権問題に懸念を示したことに中国が強い警戒感を示していたという状況でもあった。

◇異例の冒頭発言1時間10分

 それが如実に表れたのが、初日(18日)の冒頭発言だった。

 会場では米中双方が通訳を含め各7人で向き合い、米側の中央にはブリンケン国務長官とサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、中国側は楊氏と王毅(Wang Yi)国務委員兼外相が座った。発言には逐次通訳がついた。

 最初に、ホスト役のブリンケン氏が短い挨拶をした際、その中に「新疆や香港、台湾、米国に対するサイバー攻撃、同盟国への経済的威圧についても話し合いたい。これらは世界の安定を維持する『ルールに基づく秩序』を脅かしている」と中国批判の文言を盛り込んだ。

 これを聞いた楊氏は硬い表情になってマスクを外し、発言要領とみられる手元の文書にほとんど目を落とさないまま、大きめの声で淀みなく反論を展開した。

「新疆、チベット、台湾は中国から切り離すことのできない領土であり、米国の内政干渉には断固として反対し、毅然とした行動を取る」

「サイバー攻撃を仕掛ける能力・配備できる技術でいえば、米国はチャンピオンだ。この問題で他国に責任を転嫁できない」

 楊氏は終始、視線をブリンケンの方向にやりながら通訳込みで35分ほど、演説のように言葉を並べた。楊氏は通訳経験があるほど英語力は高く、通訳者に対しても時折、英語表現について指示を出していた。

 中国側の発言は王毅氏も含めて米側の4倍の長さになった。その間、米側は頻繁にメモのやり取りを繰り返していた。

 王毅氏の発言が終わり、代表取材団が退室しようとしたところ、米側がそのまま留まるよう指示。ブリンケン、サリバン両氏が追加で発言した。これに楊氏はさらに苛立ち、発言を重ねる。

「(米国は)強者の立場から中国を見下ろしたいのか」

「我々は米国側が必要な外交的な礼儀作法に従うものだと思っていた。もし中国側と適切に交渉したいなら、必要な礼儀作法に沿って正しいことをせよ」

 双方の冒頭発言だけで1時間10分以上を費やした。楊氏はテレビカメラの存在を強く意識しており、自身の着実な働きぶりを習指導部にアピールしているかのような印象を受けた。

◇「なぜ記者の存在を恐れるのか?」

 中国側から投稿されたとみられる冒頭発言の動画には、楊氏が声を荒げて抗議する場面があった。

「なぜ記者の存在を恐れるのか? あなた方は民主主義について話しているのではないのか?」

「米国は2回発言したので、中国側にも2回分の権利を与えるべきだ」

 この場面について、北京紙の新京報は「王毅氏が発言している間、米側はメモをやり取りしていた。中国側は引き続き意見を述べたいと考えていたのに、米側は記者に退席を求めた」とし、この時、楊氏が上記の言葉を発して「米側に理詰めで反論した」と解説している。

 冒頭発言に関連して中国外務省の趙立堅(Zhao Lijian)副報道局長は19日の定例記者会見で「米側が発言時間についての事前の取り決めを守らなかったためであり、先に挑発したのは米側だ」と主張している。

 ほかにも、新京報は冒頭発言で中国側が多くの“金言”を伝えたと一方的に論じている。

「米国には上から目線で中国と話す資格はない」(楊氏)

「米側が中国の内政に干渉する覇権主義的な慣行を完全に放棄するよう求める」(王毅氏)

 北京大学国際関係学院の王勇(Wang Yong)教授は同紙の取材に「(こうした状況を踏まえれば)米国は、もはや慇懃無礼で、『教師のような立場』を取ることはできない。中国と対等に向き合うべきだ」と主張した。

 米国は▽日本やオーストラリア、インドの民主主義国と外交・安全保障協力体制「QUAD」推進▽日本や韓国と「2プラス2」開催▽ブリンケン氏は23~24日の北大西洋条約機構(NATO)外相理事会に出席▽その後は欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長やボレル外交安全保障上級代表とも会談――など、同盟の修復を進めつつ、対中政策での連携強化を図っている。

 この“包囲網”に中国側は危機感を抱き、「米国の価値観は国際社会の価値観ではない」「米国の発言は国際世論ではない」「米国など一部の国が作ったルールは国際的なルールではない」などとメディアを通してアピールしている。この主張を後押しするため、米国と対立するロシアや北朝鮮、イランを含む計17の国・地域を束ねて「覇権主義・米国に反対する国々」のグループを発足させる動きを活発化させている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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