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米国に上から目線「現状ではシンガポールのようなチャンス与えない」健在だった北朝鮮“したたか”実務者

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
迎えを待つ崔善姫氏=平壌国際空港で2005年9月、筆者撮影

 北朝鮮で対米関係の実務を取り仕切る崔善姫(チェ・ソニ)第1外務次官が17日付で談話を発表し、米国から接触を試みる動きがあった点を認めながらも「敵視政策が撤回されなければ無視し続ける」と従来の立場を繰り返した。談話はバイデン政権発足前後の動きを全般的に批判しており、対北朝鮮政策の立案作業を進める同政権に揺さぶりをかけた。

◇引き続き対米担当

 崔次官は2018~19年の米朝首脳会談で実務交渉を担当していた。だが米朝対話は不調に終わり、米国の独立記念日だった昨年7月4日に「米国とは向き合う必要はない」という談話を発表して以後、公の場から姿を消していた。今年1月に開かれた朝鮮労働党大会では党中央委員から委員候補に降格されていた。だが今回の談話によって、崔善姫氏が第1外務次官の職に留まり、対米実務も引き続き取り仕切っている点が確認された。

 米国に関する談話は、対米・対南を総括する金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長が15日付で発表したばかり。崔次官の談話は、金与正氏の言及を具体化した内容になっている。

◇対米原則的立場

 米国が2月中旬以後、ニューヨーク・チャンネル(国連代表部を通じた連絡ルート)など複数のルートで北朝鮮側への接触を試みている状況を、崔次官も認めたうえで、次のような追加情報を発信した。

「最近でも、複数ルートからのメールやショートメッセージで接触を求めてきた。米韓合同軍事演習の開始前日(7日)夜にも、第3国を通じて、接触に応じるよう要請するメッセージを送ってきた」

 そのうえで「米国の敵視政策が撤回されない限り、いかなる接触・対話にも応じない」という原則的立場を表明して、米側の働きかけを現状では無視する姿勢を強調した。

◇バイデン政権の動向批判

 談話はバイデン政権発足前後の米政府の動きを次々に批判している。

 米国は過去、北朝鮮への一定の配慮から、非核化の対象を「朝鮮半島」としてきた。だがバイデン政権になって「北朝鮮の非核化」と表現するようになり、北朝鮮側には「一方的な軍縮を求められている」と受け止められている。談話は「ヒステリックな『北朝鮮脅威』説」「無鉄砲に言い触らす『完全な非核化』」と反発している。

 また、ブリンケン国務長官が日本滞在中の記者会見で「北朝鮮政策は追加の圧力が必要なのか外交的な道が有効なのか検討している」と述べた点も「詭弁を並べ立てた」と見立てた。

 さらに▽国務省や財務省などは昨年9月、北朝鮮の弾道ミサイル関連調達に関する注意報を国際社会に向けて出したこと▽司法省が北朝鮮ハッカー3人をサイバー攻撃で訴追したこと▽米海軍の弾道ミサイル追跡艦などが朝鮮半島に集結した事態――などを列挙したうえで「米国の新政権が最初から良くないことだけを選んで実行するのを、いちいち記録して見守る」と述べ、米国の動きをけん制している。

◇米国に改めて「強対強」「善対善」

 一方、米朝対話に応じる条件として、崔次官は「悪い癖から直して初めから態度を変えるべきだ」と指摘し、雰囲気の醸成が必要である点を強調した。

 それがなければ「シンガポールやハノイでのような(金正恩総書記との首脳会談の)機会を2度と与えない」「米国がよく使う制裁といういたずらも、われわれは喜んで受けてやる」と、上から目線で自国の立場を語っている。

 最後に、金総書記が党大会で表明した「強対強」「善対善」原則(米国が強硬姿勢なら自らも強硬姿勢で、軟化すれば自らも軟化する)に改めて言及して締めくくり、米側の動向を見極めながら次の行動を取るという考えを示した。

 米国からの報道では、北朝鮮が近い将来、挑発行為に打って出るのでは、という観測が出ている。短距離ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射再開に加え、具体性や切迫感は乏しいものの大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射を始める可能性にも言及されている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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