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イルカは金正恩氏「人民愛」の象徴? それとも軍事目的?――北朝鮮の海に向けられる微妙な眼差し

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮・南浦付近の衛星写真に関するUSNIの解説=USNIサイトよりキャプチャー

 北朝鮮・南浦港の海軍基地一帯で飼育されているイルカについて、米海軍協会(USNI)が今月、「北朝鮮が軍事目的で飼育・訓練している」との分析を発表した。北朝鮮でイルカといえば、平壌・綾羅(ルンラ)人民遊園地のイルカ館が有名。同館でのショーに使うイルカの訓練を海軍が受け持ってきたという経緯があり、北朝鮮指導部がイルカの高い能力に目をつけて「海軍現代化計画」に組み込んだ可能性もある。

◇海軍現代化計画の一部か

 USNIの発表(11月12日)によると、2015年10月に撮影された南浦港一帯の衛星写真をUSNIが分析したところ、石炭積み込み用桟橋と造船所との間の海上に、動物の囲いと推定される構造物が確認された。16年10月の衛星写真では、イルカの飼育場とみられる建物も見つかったという。

 最近撮影された衛星写真からは、北朝鮮が軍事目的でイルカを訓練している様子がうかがえるといい、USNIは「(イルカの軍事利用は)金正恩朝鮮労働党委員長の体制下で進められる海軍現代化計画の一部とみられる」と指摘している。

 USNIによると、イルカのような海棲哺乳類は、訓練を積めば、機雷や、使用済みの訓練用魚雷など、海底にある物体を見つけて拾い上げることができるようになるそうだ。敵のダイバーも検知できるため、破壊工作から海軍基地を守るためにも利用されるという。

 イルカやアザラシのスピード、機敏さ、暗く濁った水の中でモノを見る能力は人間をはるかに上回っているため、米国やロシアの海軍は軍事向けに訓練するプログラムを運用している。

◇ショー

 平壌のイルカ館は12年7月に開業した。金委員長は当時、「人民愛にあふれる指導者」というイメージづくりを図り、それまで北朝鮮になかった娯楽施設を次々に建設して「わが党の人民への贈り物」と表現していた。

 韓国紙の朝鮮日報(14年11月2日)によると、野生のイルカは捕獲が禁じられているため、北朝鮮当局は外国からイルカ数十匹を輸入。イルカ飼育用の海水を黄海から引き込むため、南浦―平壌間を結ぶ50kmに鋳鉄管を埋設したともいわれる。遊園地開発とあわせて11億8000万ドル(1224億円ほど)の巨額の外貨が投じられたそうだ。

 朝鮮総連機関紙・朝鮮新報は12年8月、イルカ館に関する記事を掲載している。イルカショーの観覧ホールは1492人収容で、公演は約20分。当時、イルカ館で飼育されていたのは全8頭で、うち4頭がショーに出演していた。

 朝鮮中央テレビの映像を見ると、調教師の合図に沿って、イルカが数頭シンクロしながら水面を飛び跳ね、空中で回転している。水中に浮いたボールをサッカーゴールに“シュート”し、観客から大きな歓声が上がっていた。

 金委員長の狙い通り、イルカは平壌市民の人気者になったようだ。

◇スパルタ教育?

 ただ、北朝鮮でのイルカ飼育・訓練には困難がつきまとっているようだ。

 先述の朝鮮日報によると、14年ごろ、遊園地からイルカが突然姿を消し、市民の間で「スパルタ教育にイルカが耐えられず、大量死した」という噂が流れたという。

 同じころ、筆者も北朝鮮側関係者から次のような話を聞いたことがある。

「(北)朝鮮にはイルカを育て上げる技術はない。だからイルカはすべてイタリア生まれ。イタリアで訓練され、送られてきたものだ。

 元帥様(金委員長)は『世界で開催されているようなイルカショーを人民に見せてやれ』と指示なさったが、自前でそれをやるのは難しい。

 海軍には『後継のイルカは自前で育てよ』という指示が出されている。野生のイルカを捕まえて訓練しようとしたが、ノウハウがないものだから、すべて死んでしまったらしい」

 北朝鮮が最近、新型コロナウイルス感染拡大の脅威にさらされているのは間違いない。イルカ館の取り扱いにも変更が生じているかもしれない。米ランド研究所の軍事専門家は自由アジア放送(RFA)の取材に「ショーのために訓練されたイルカを軍事目的にも活用している可能性がある」との見解を示している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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