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BTS発言に目くじらを立てた中国共産党――習近平氏が許せなかったものとは?

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
「TODAY SHOW」に出演するBTS(防弾少年団)(写真:Splash/アフロ)

 朝鮮戦争(1950~53)をめぐる韓国・男性音楽グループ「BTS(防弾少年団)」リーダーの短い発言に、中国が敏感に反応し、一時は韓国との間で緊張が走った。この戦争に中国が参戦して今月25日で70年。中国は「国際的アイドル」のひとことに、なぜ目くじらを立てたのか。

◇切り取られたBTSリーダーの発言

 BTSが今月7日、米国非営利団体「コリアソサエティー」の「ヴァン・フリート賞」を受賞した際、リーダーRMさんは「今年は朝鮮戦争70周年であり、私たちは(米韓)両国がともに体験した苦難の歴史と、数多くの男女の犠牲を永遠に記憶しなければならない」と感想を語った。

 これに中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」が12日付記事で反応した。記事は翌日削除されているが、これまでの報道によると「『両国がともに体験した苦難の歴史』という発言が中国ネットユーザーの怒りを買った」「中国人が大きな犠牲を払って米軍を阻んだのに、なぜこれを無視できるのか」「侵略者だった米国の立場だけに合わせた発言」などの表現が並べられ、匿名のファンの反応として「中国人である私はファンクラブをやめようと思う」と伝えたりした。

 中国で「BTS不買運動」の雰囲気が報じられたことで、中国現地でBTSを広告モデルに起用しているサムスン電子や現代自動車といった大手韓国企業が中国向けウェブサイトからBTS関連の広告を削除するなど、自粛ムードも出始めた。

 ところが、BTSには世界各国に熱烈なファンがいて、この中国側の姿勢に強く反発。「偏狭な民族主義」「この傲慢さが中国の実態だ」「中国人の気持ちだけに配慮して韓国人は無視してもいいのか」などと批判が渦巻き、逆に中国包囲網ができる勢いとなった。

 これに驚いた中国側は、反中世論の国際的な広がりを懸念して、“あくまでも中国のネットユーザーの声であり、主要メディアや外務省の立場とは必ずしも一致しない”という立場を取るようになった。結局、環球時報は記事を削除し、中国外務省もBTS発言に関する論評を避け、鎮静化を図った。

◇朝鮮戦争の定説と「抗米援朝」運動

 ここで、朝鮮半島に関する経緯を定説に基づいて振り返ってみたい。

 1950年6月25日未明、金日成(のちに国家主席)率いる北朝鮮が、韓国との暫定的な境界線だった北緯38度線を越えて武力侵攻したことで始まり、3日間でソウルが占領された。事態を深刻にとらえた米国が国連安保理決議を取り付け、16カ国による国連軍(韓国軍も統合)として参戦、9月には「仁川上陸作戦」の成功でソウルを奪還した。その後、国連軍は逆に38度線を越え、北朝鮮打倒による半島統一を目指して中朝国境の鴨緑江まで迫った。

 金日成から救援を求められたソ連(当時)のスターリンが中国の毛沢東に「志願兵を結成しての出兵」を提案。10月19日、約40万人の中国人民志願軍が鴨緑江を越えて朝鮮半島に入り、同25日から戦闘を始めた。

 米国はこの時期、朝鮮半島だけでなく、戦争拡大防止を名目に、台湾海峡に第7艦隊を派遣していた。台湾問題への介入に踏み切った形で、中国側が強く反発していたという背景もある。

 中国が表向き「志願軍」の名称を使ったのは、正規軍(人民解放軍)を投入すれば米国との全面戦争に発展し、戦線が中国領土まで拡大するのではないかと恐れたためだ。このため「正規軍ではなく、人民による志願軍の参戦」という体裁を取ったが、実際には正規軍だった。

 戦線は51年春から38度線付近で膠着状態となった。53年7月27日には休戦協定が結ばれ、便宜的な休戦ラインとして38度線付近に軍事境界線が敷かれ、今に至っている。

 ただ平和協定は実現せず、朝鮮半島は形式的には現在も戦争状態にある。この戦争によって米中関係の長期にわたる深刻な対立が始まり、冷戦が世界的に拡散していった――という流れだ。

 中国では、朝鮮戦争において自国が関与した部分を「抗米援朝」(米国に対抗して北朝鮮を助けるという意味)と呼んでいる。

 中国検索最大手・百度の「Baidu百科」は朝鮮戦争開始について「金日成は朝鮮半島の武力統一を望んだ」「毛沢東は金日成の半島統一計画に同意したが、スケジュールは北朝鮮から知らされていなかった」と記し、開戦時に北朝鮮側と意思疎通が図られていなかった点を強調している。

 また中国参戦の経緯は「北朝鮮が窮地に立たされ、中国の治安が深刻な危機に瀕したため、中国共産党中央委員会と毛沢東同志は、朝鮮労働党・北朝鮮政府の要請と中国人民の意向に応じて、中国人民志願軍の結成を決めた」(人民解放軍公式ウェブサイト)とされている。

 戦争当時、中国国内で「抗米援朝」は大衆運動となり、「烈属軍属(革命烈士の遺族や現役軍人の家族)優待」「武器献金」「増産節約」などが展開された。当時は中国の建国(1949年10月)から間もない時期であり、国家の建設を促進した運動としての位置づけもある。

◇習近平氏「帝国主義の侵略者が強制したもの」

 中国は「抗米援朝」の節目の年に大々的に行事を開いている。特に「抗米」に重きを置いて、米国と戦った歴史を称え、誇示することで、共産党を中心とした国内の団結を図っている。

 60年を記念した2010年10月の行事では、当時国家副主席だった習近平氏が「この戦争は、帝国主義の侵略者が中国人民に強制したものだ」「平和を守り、侵略に対抗するための正義の戦争」「偉大な勝利」と発言した。当時の中国外務省報道局長は習近平氏の発言を「中国政府の定論」と表現した。

 この時、韓国側は強い不快感を示し、▽戦争は北朝鮮の南侵によって始まったものであり、「帝国主義の侵略者が中国人民に強制した戦争」ではない▽国連決議によって国連軍が構成されており、米国はその一員として参戦している――などと反論していた。

 70年となる今年の式典は北京・人民大会堂で23日開かれ、今回は国家主席として習近平氏が約40分間にわたって演説した。

 習近平氏は「当時、米国との国力差は極めて大きかったが、中国と北朝鮮は無敵だった伝説の米軍を破った」とする歴史観を前面に押し出した。「偉大な事業を推進するには、中国共産党による指導を堅持し、党をさらに強固で力強いものにしていかなければならない」として、党を中心とした結束を呼びかけた。

 トランプ米政権の名指しは避けながらも「現在の世界では、いかなる一国主義、保護主義、極端な利己主義も全く通用しない。いかなる恫喝、封鎖、最大限の圧力の手段も全く通用しない」と批判。台湾情勢についても「いかなる勢力であろうと、祖国の神聖な領土を侵犯し、分裂させることは決して許さない。このような深刻な状況が起きれば、中国人民は間違いなく正面から打撃を加えるだろう」と述べ、台湾独立の動きや、台湾との関係を強める米国をけん制した。

 行事を前に人民解放軍機関紙・解放軍報は「(抗米援朝戦争は)中国人の言うことが重要である、という最も深い印象を米国人に残した」(21日付)と主張していた。この考えが、「国際的アイドル」の発言を切り取って非難する論理の根底にあるのは間違いない。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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