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「オーストラリアがでっち上げの容疑で中国メディア記者を摘発」と伝える共産党系「環球時報」報道の真偽

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国当局に拘束された豪キャスターの成蕾氏=Facebookより筆者キャプチャー

 オーストラリア諜報当局者が「でっち上げ」容疑で現地駐在の中国メディア記者の自宅に押し入り、通信機器などを押収した――中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」が9日、こんな「特ダネ」記事を伝えた。「豪は『報道の自由』を標榜しているが、現実は異なる」との論理を展開しているものの、事実関係の詳細は記されていない。豪側は、自国キャスター拘束など中国による豪メディアへの圧力を繰り返し発信しており、今回の「特ダネ」は中国側の対抗措置という色合いが濃い。

◇「スパイ容疑をでっち上げ」

 環球時報が報じたのは「オーストラリアの諜報関係者が最近、豪州駐在の中国メディアの記者宅に押し入り、長時間、尋問した後、コンピューターや携帯電話などを押収した。記者にこの捜索について報道しないよう求められた」とする内容だ。

 記事では「専門家」と称する人物が環球時報記者に対し、豪当局が同国の「反スパイ法及び外国干渉防止法」に関連して容疑をでっち上げた▽豪駐在の中国メディアと記者の合法的な権利を横暴にも侵害した▽中豪間の通常の交流に干渉して両国関係を害した――と主張し、「これは深刻な政治事件だった」と主張した。

 ただ、発生日時や場所、どのメディアが「被害」を受けたのか記されていない。この「中国メディア」が中国側にとって敏感な組織なのか、あるいは事実関係そのものがあやふやなのか、という疑念を抱かせる。

 中国側は自国に駐在する豪メディア関係者への圧力を強めている。

 国営中央テレビの豪国籍キャスター、成蕾(チェン・レイ)氏を拘束し、のちにその理由を「中国の国家安全に危害を与える犯罪活動に従事した疑い」(8日・趙立堅外務省副報道局長)と明らかにした。(参考資料:オーストラリア女性キャスターは中国の安全を危険にさらした??――中国がまたも仕掛ける“人質外交”)

 さらに中国駐在の豪メディア記者2人に対しても、中国当局は今月3日、出国禁止を告げ、「国家安全保障上の問題」を理由に聴取に応じるよう求めた。豪紙によると、2人は成蕾氏に対する調査の参考人聴取を要請されたといい、駐中国大使らが同伴するなかで中国国家安全省の聴取を受けたという。その後、2人は中国から逃れた。

◇「国家安全」をめぐり、非難の応酬

 中豪間では近年、「国家安全」をめぐり、非難の応酬が繰り返されてきた。

 豪メディア大手ナイン系列メディアが昨年11月下旬に報じた内容が、豪国内で衝撃を持って受け止められた。

 豪総選挙(昨年5月)に与党・自由党党員で高級車ディーラーの中国系男性(当時32歳)がメルボルン郊外の選挙区から立候補しようとした。ただ男性がある段階で、豪治安情報局(ASIO)に接触して「中国側からスパイになるよう打診された」と明かした。ほどなくして、その男性は選挙前の同年3月、ホテルの一室で死亡しているのが見つかった。

 同メディアは▽中国の情報機関が男性の立候補を企てた▽情報機関関係者とみられる実業家が男性に選挙資金として100万豪ドル(7719万円程度)の提供を申し出ていた▽男性の死因は不明――などの情報も伝えている。

 男性が与党の国会議員に当選すれば、政府関連の情報をいち早く知る立場となり、中国側は男性の情報をもとに多様な工作活動を展開できる。こうした背景もあり、ASIOのバージェス長官が異例の声明を発表し、「敵対的な外国の諜報活動は、我々の国と安全保障に脅威をもたらしている」と非難した。

 また、香港、台湾、豪で中国のスパイ活動に関与していた20代男性が昨年5月、観光ビザで豪に入国し、スパイ活動に関する膨大な情報を豪当局に提供し、亡命を求めた。

 ナイン系列メディアによると、男性は香港で、大学や報道機関に浸透するなど、民主派の運動を妨害するための諜報活動に関与した。また中国批判の本を売ってきた「銅鑼湾書店」関係者の失踪事件(15年)にもかかわったという。台湾には韓国人になりすまして潜入し、18年の地方選や19年の総統選に絡んだ工作活動を展開した。

 男性は豪メディアに亡命の理由を「帰国すれば命はない」と述べていた。

 こうした豪側報道に対し、中国政府は強烈に反発し、「うそは1000回繰り返しても、うそのままだ」(耿爽・外務省副報道局長)と全面否定している。

 豪では17年、中国寄りの発言をしていた最大野党・労働党の上院議員が、中国共産党と関係がある不動産デベロッパー幹部から政治献金を受け取っていたことも問題化している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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