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「北朝鮮がYouTubeで乱数放送/工作員に指示」は新しい手口なのかフェイク情報なのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
平壌放送のYouTubeチャンネルとされるページ=筆者キャプチャー

 北朝鮮が最近、平壌放送(ラジオ)のYouTubeチャンネルを使って工作員に向けた「乱数放送」をアップした――。複数の韓国メディアがこう報じて話題になっている。「北朝鮮による初めての試み」との意味づけから「デジタル時代、本当にこのアナログな手段で工作員に指示を伝えているのか」という疑問、「チャンネルそのものが平壌放送のなりすまし」との指摘まで出て、議論は広がりをみせている。

◇日本人拉致実行犯も使う

 乱数放送とは、ラジオなどを通して数字の羅列をひたすら読み上げるもの。ラジオが普及し始めた第1次世界大戦(1914~18年)のころから使われるようになったという。北朝鮮でも数十年前から、日本や韓国などに潜伏する工作員に指示を出す際にこの方法が使われていた。

 筆者はかつて、日本人拉致の実行犯、辛光洙(シン・ガンス)容疑者と1970年代に同居していた在日朝鮮人女性から次のような話を聞いたことがある。

「辛は毎晩のようにラジオを聞き、何やらメモを取っていました。ヘッドフォンの音声を聞かせてもらうと、朝鮮語の数字ばかり聞こえてきました」

 辛容疑者が聞いていたのは平壌放送だった。

 北朝鮮の乱数放送では、5桁の数字を1組にしたものが読み上げられ、工作員はそれを書き取って、あらかじめ与えられた書物を使って別の数字に変換。さらに所持している乱数表で、文字に置き換えて指令を受け取っていたといわれる。

◇いったん中断、16年後に再開

 2000年に金大中大統領(当時)と金正日総書記(金正恩朝鮮労働党委員長の父親)による南北首脳会談が開かれ、関係改善が進んだのを受けて北朝鮮は乱数放送を中断。だがその後、関係が再び悪化し、北朝鮮は16年6月に再開した。

 最近、平壌放送を使って伝えられるものは、数字の羅列ではなく、「通信大学」の課題を装ったものになっている。

 例えば、今年3月13日未明の放送は「地質探査隊員らのための遠隔教育大学『情報技術基礎』科目復習問題」という形式を取っている。北朝鮮のスパイ映画「名もなき英雄たち」の主題歌を流したあと、アナウンサーが「ただ今から、地質探査隊員らのための遠隔教育大学情報技術基礎科目復習問題を知らせる。529ページ29番、159ページ100番……」などと「ページ」「番号」を読み上げている。アナウンサーが無機質に数字だけを読み上げるため、放送全体に不気味さが漂っている。

 ただ、21世紀のデジタル時代に、北朝鮮が本当に「工作員の任務伝達」のためにアナログ方式である乱数放送を使っているか疑問視する意見もある。韓国の専門家によると、最近は北朝鮮当局が工作員に指令を出す際、「ステガノグラフィー」(秘密情報を映像やオーディオファイルに埋め込む技術)を使っているという。したがって乱数放送の目的は任務伝達ではなく、南北間の緊張をあおるための心理戦の一環というわけだ。

◇平壌放送の「なりすまし」?

 さて「平壌放送」のものとされるYouTubeアカウントに8月29日アップされた1分5秒の動画では、アナウンサーが「今から719探査隊員たちに向けた遠隔教育大学『情報技術基礎』復習課題をお知らせします」と述べたあと、「564ページ23番」「694ページ20番」などと続けている。

 韓国メディアが「北朝鮮がYouTubeを通じて乱数放送を流したのは初めて」と伝えて話題になると、動画は削除された。香港に拠点を置くニュースサイト「香港01」は「ネットユーザーが保存し、再びYouTubeにアップした」として動画を掲載している。

 ところが、このアカウント自体が北朝鮮と無関係なものだとの分析が出てきた。

 北朝鮮の情報技術に関する専門メディア「ノースコリア・テック」運営者であるマーティン・ウィリアムス氏は30日、北朝鮮専門サイト「NKニュース」に対して「チャンネルは北朝鮮当局が運営するものではなく、メキシコで作られた偽物。最近になって『平壌放送』と改名された」と指摘している。

 同ニュースによると、ウェブ上に「北朝鮮の公式チャンネル」と主張するものが多数存在するが、実際には北朝鮮の公式サイトでコピーしたコンテンツを再投稿している「なりすまし」にすぎないという。今回の動画についても「平壌放送の公式ウェブサイトとこのチャンネルはリンクしておらず、動画の音声も明らかに平壌放送から録音されたものだ」としている。

 また、韓国紙・朝鮮日報などは、問題の動画が、韓国の保守系青年団体「全大協」が昨年、YouTubeにアップしていた「フェイク乱数放送」と内容が同じだとも伝えている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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