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中国からエスケープの香港市民をごっそり受け入れ「香港モデル再現」という大胆な新都市計画

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
香港での国安法施行により、大勢の香港市民の“漂流”が懸念される(写真:ロイター/アフロ)

 香港での国家安全維持法(国安法)施行によって“漂流”する香港市民の避難先として、香港の不動産王が欧州に、香港をモデルにした新都市の建設計画を打ち上げた。香港市民5万人を受け入れ、広東語の学校も設立するプランだが、受け入れ側の反応は鈍く、道のりは険しいようだ。

◇逃げ場の新都市

 香港では国安法導入によって民主派への締め付けが強化され、大勢の市民の脱出が予測されている。

アイバン・コー氏=英ガーディアン紙より筆者キャプチャー
アイバン・コー氏=英ガーディアン紙より筆者キャプチャー

 英ガーディアン紙(7月28日電子版)などの情報を総合すると、この事態を受け、香港の不動産王で投資会社「ビクトリア・ハーバー・グループ」創業者のアイバン・コー氏が「香港市民の移住先」の検討を始め、その候補地としてアイルランドに注目。英領北アイルランドとの国境に近いダンドークとドロヘダの間にある6カ所の田園地帯に関心を寄せている。

アイルランドのダンドークとドロヘダの位置関係(グーグルマップを筆者が加工)
アイルランドのダンドークとドロヘダの位置関係(グーグルマップを筆者が加工)

 コー氏は、アイルランドを目指す理由として▽法人税が安い▽製造業とバイオメディカル企業が非常に強い▽大手テクノロジー企業の欧州本部がある――などを挙げて「アイルランドは全体としてとても良い」と見立てている。

 新都市名を「ネクストポリス」とし、香港から50万人を受け入れ、市の半分の地域に住んでもらい、そこには広東語の学校も設立するとした。残りの半分は地元住民に割り当てるとしている。新住民は地元企業に融合する流れになるため、新都市は受け入れ側にも利益をもたらすと見込んでいる。

 ただアイルランド政府の反応は鈍い。

 同国外務省報道官はガーディアンの取材に「新都市建設のために交渉した」と認めたものの、「アイルランド当局者が昨年後半、そのアイデアをもちかけられたあと、否定的な反応を示した」と伝えた。そのうえで「アイルランドに関する、現実的で役に立つ案内を提供したあと、それ以上対処していない」と述べるにとどめている。

 その後、コー氏はガーディアンに「“香港モデル”の再現は適切でなかった。したがってプランを変更した」と語り、「香港人による自治」案は「香港人が隔離されている」とみなされるとの懸念から断念▽受け入れ人数も5万人と大幅縮小――とした。

 今年2月にアイルランド政府との会議が予定されていたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う渡航制限のために延期された。コー氏は、新型コロナ対策の状況を見極めながら、今年中にも代表団を率いて候補地を調査し、地元住民と新都市案を議論するという。

 香港の人口は約750万人。このうちの移住希望者の数は不明だが、国安法に対する住民投票と位置付けられた民主派の立法会予備選(7月12日)に参加した「約60万人」という数字が、ひとつの目安になりそうだ。

◇「北京への不満」もなくなる?

 コー氏は何十年にもわたって不動産開発に携わり、香港では「急進的な不動産の大物」と表現されている。

 英紙デーリー・テレグラフ(電子版)に対し、コー氏は新都市計画について「香港を離れる人たちに『選択肢』を提供したい」と述べるとともに「彼らが、民主的で、自由で、自らのライフスタイルを続け、キャリアを発展させ、家庭を築く、ということを続けられるようにしたい」と語っている。

 コー氏の会社は既に、その「選択肢」を求めて各国の情勢を調査している。西側諸国の4つの政府と協議中で、その最上位にいるのがアイルランド。他は明らかにしていない。

「ビクトリア・ハーバー・グループ」は、香港と米シリコンバレー双方の投資家から資金を調達済みとしており、2021年にはプロジェクトを始めたいという。

 コー氏の側近は「優れた香港人の集団は投資と雇用をもたらす。彼らを抱え込めば、ホスト国にもより良い未来をもたらす」と強調する。

 中国側の反応が気がかりだが、コー氏や側近は独自の観点からその懸念を一蹴している。

「おそらく新都市は、これからの香港に住みたいと思わない人、つまり抗議行動に加わった人たちのものになる。そういう人たちが香港を去るのだから(香港で)中国政府に対する不満はなくなるかもしれない」

「(香港からの)頭脳や資本の流出という心配はある。だが中国には14億人がいるので、いかに大勢が香港を離れても、その“空室”はすぐに埋まるだろう」

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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