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「ズボンのまたぐらを放すことができない」――北朝鮮・金与正氏の想像を絶する汚い表現は誰が書いたのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
韓国のテレビ画面に映し出される金与正氏(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の実妹、金与正・党第1副部長の名前で今月17日に出された長文談話は、罵詈雑言で埋め尽くされ、北朝鮮の威圧的な対南姿勢が強調されている。韓国はおろか国際社会から「悪役」扱いされるような言葉を多用し、注目を集めるのは常とう手段だ。しかし、国際社会のイメージを悪化させるような言行を繰り返せば、それを好転させることは容易ではなく、北朝鮮はさらなる苦境に立たされる。

◇「毒舌準備チーム」?

 北朝鮮は金委員長による独裁体制維持を最重要課題とするため、対外政策は強硬姿勢となり、国際社会との摩擦が多い。このため体制は常に外部からの脅威を感じており、その脅威を克服することが体制維持には不可欠となっている。

「北朝鮮は国が小さく、韓国のようにインターネットを通して世界に波及力のあるニュースを発信するようなことはできない。だが『毒舌のような言葉』を使えば、メディアを通じて、韓国のみならず、全世界でそれらを広めることができる。波及力を極大化させるため、最も極端な表現を使う」

 北朝鮮の元駐英公使で韓国の国会議員を務める太永浩氏は今月18日、韓国SBSテレビのインタビューでこう解説した。

 北朝鮮外務省など各部署には、専門的に声明文などを書くチームがある。そこが金王朝に対する美辞麗句から「言葉のテロ」とも表現される激しい内容まで、多様な文章を作成するという。

 今回、金与正氏名義で発表された長文談話について、太永浩氏は「A4判6ページに達する文章であり、金与正氏本人が書くのは物理的に不可能だ」との認識を示したうえ、次のようなプロセスを経ていると指摘する。

「金与正氏が『文在寅大統領の発言を全面的に攻撃するような文章を書くように』などと方向性を提示する。部下たちがそれに沿って文章を作成し、最終的に金与正氏が読む。もちろん金委員長も確認しているだろう」

 これに従えば、長文談話は金与正氏の執筆ではないが、本人の承認を経た文章ということになる。

 文章作成スタッフが激しい表現を使うことから、太永浩氏は彼らを「毒舌準備チーム」と呼ぶ。ただ、そうした名称の組織が存在するわけではなく、太永浩氏による独自のネーミングのようだ。

 太永浩氏は平壌国際関係大学の学生時代、「文章の書き方」という科目があったという。授業の中で「敵を攻撃するような文章を書く時、『仇の心臓にペンを刺す』という心情で文章を書く」という訓練をしていたという。手帳にあらゆる表現をメモして「用語集」とし、必要に応じてそこから適した表現を取り出して文章に使うそうだ。

◇かつての立場表明

 ちなみに金与正氏の談話なども通常、プロパガンダを担当する朝鮮労働党宣伝扇動部を経由して国営朝鮮中央通信などを通じて発表される。

 先代の金正日総書記の時代、北朝鮮の立場表明には一定の順序があった。まず朝鮮中央通信や党機関紙・労働新聞などで、さほど名の知られていない個人の名前を使った論評を数本発表して関係国の反応を確認する。相手側に動きがみられない場合、同じような内容の文章を、今度は「北朝鮮外務省報道官が朝鮮中央通信の質問に答える」という形式の記事にして出す。その後は「外務省報道官談話」「外務省声明」「委任による外務省声明」と形式が引き上げられ、最後は「政府声明」という形式で“最後通牒”を突き付けて行動に移すというパターンだった。

 最近はこの流れにとらわれない形で立場表明をしており、金与正氏や党統一戦線部報道官、朝鮮中央通信報道文、党統一戦線部長、外務省米国担当局長、朝鮮人民軍総参謀部公開報道――などが随時発信されている。

 党宣伝扇動部は、体制のプロパガンダのほか最高指導者の偶像化作業を担当し、党組織指導部と並ぶ「2大核心部署」と位置付けられる。金与正氏も一時、この宣伝扇動部の第1副部長という立場で対外発信に関わっていたようだ。

 韓国統一省の資料によると、宣伝扇動部は、宣伝活動の統括・指導▽思想教育や出版物の取り扱い・検閲――などを主な任務とする。

 朝鮮中央通信や労働新聞などの主要メディア、労働党出版社や朝鮮芸術映画撮影所、朝鮮記録映画撮影所、万寿台創作社など、主な文学芸術機関団体もすべて宣伝扇動部の管理下にある。

 地方組織にも「宣伝部」というものがあり、党宣伝扇動部の指揮を受けて、地域住民の体制宣伝と思想教育を担当している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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